文字数 652文字

 高雄は張り合いができるとじつに多弁だった。高雄が余計な質問をしないだけに、ちょっと見上げられたくらいで、予定を前倒ししなければいけないような気持ちにかられた。
「明日の十時になってから出かけようか」
 崇宏はバラ園の開花情報を表示させてスマートフォンを見せた。二人とも明け方から起きていた。夜気が漂う六時に、花の香りに包まれながら散策できたら、最高に気持ちいいだろうと思ったが、そのバラ園は九時まで閉園していた。
 今日一日何も予定はないが、高雄を風呂に入れたのは昨晩だった。急いては損をする、だ。近頃は一日が二日くらいに感じた。
 崇宏は、高雄の食事と薬、夜の一連の流れと平行して、自分の歯磨きをした。それから間髪を置かずにシャワーを浴び、寝間をのぞいてすぐに眠ることで、普段の進行から時間をずらすことに成功した。高雄が万全の状態を目指して、〝便意のないトイレ〟に奮闘した挙句、とんでもない後始末に直面する予感がしていたからだ。崇宏はいつもと同じ三時間で目を覚まし、足音を忍ばせて座敷を横切った。
 高雄が便座に座っていきんでいるところを、まんまと現行犯で押さえることができた。荷物や着ていく服を準備するように、あらかじめ人差し指でかき出しておこうというのだ。崇宏は、冷静に「おじいさん」とだけ呼びかけ、その汚れた右手をつかんた。高雄はなにやら得体の知れない光を目に宿していた。しかし、それはすぐに消えたし、時間も十分にあった。崇宏は、夜のうちに風呂場で髭をそっておいたから、出かける前も慌てることはなかった。
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