第9話 その6

文字数 423文字

 長男の伯父が口を横に広げて見回した。何か言うつもりだろうと思って待ち受けたが、そう見えただけだった。つづいて恵が入ってきた。恵は急に回れ右をして、伯母の一人に自分の携帯電話を押しつけると、ようやく安心した様子で親の傍らに立った。「車に置いてきたんやって」恵はこんなことがあるたびに、伯母たちを自分の車に乗せて送り迎えをしたし、連絡事項や忘れ物にまで気を配った。最近では、親が仕事にいけないときに、恵が代役として店に出ることも増えていた。結婚と出産も経験していた。崇宏は恵がいくらか晩婚だったことも知っていた。気後れなど寸分も見られなかった。明確な意図をもって、無為に過ごしている者との間に、一線を引いていた。それはこんなふうに告げているようだった。けっして何もかもが望みどおりに手に入るわけではないと――ひとりでに流れこむ財産と、頼まずとも味方してくれる側近をもちながら、なにより不器量な容貌をしていること、それこそがある種の真理をついていた。
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