第19湯 女王陛下の懺悔① 子どもと妹たち

文字数 3,438文字

 サマンサ女王陛下の寝室の空気も灯りも、何もかもが重く暗かった。
 その中で年老いた《ただの女》が懺悔のように言葉を紡いでいく。

 いや。それは本人が告げたように《遺言》でもあった。

 ◆※

 あたしにはアンヌの他に兄や弟、母親違いで私生児の妹がいたの。王冠も国も、兄や弟が継ぐとばかり思って、負けず嫌いと勉強も自衛も、何もかも完璧に覚えたわ。物覚えのいいあたしに、父王様もお母様も、男であればと何度嘆いたことでしょう。そのこともあってか居辛くなってしまった兄と弟たちがこぞって戦地や民間人に行ったりなったり、行方不明や死亡の報せが瞬く間と起こって、気がつけばあたしは玉座なんかよりも戦いに身を投じてしまって、当時の将軍にも恋焦がれてしまって。結果、才能が秀でていた妹のアンヌが女王陛下と玉座に収まっていたわ。

 そして、その戦いで将軍が討ち死にをして逃亡したあたしはチェイスと出会って人生そのものが、一変してしまったのよ。
 彼という存在があたしの人生が大きく方向転換が行われてしまった。

 この後のことは歴史で知っているだろうし割合するわね。

 アンヌとチェイスが結婚をして玉座に座ったあたしは、式へと招待されてしまって行かざるを得ない状況だったから行ったわ。そして、チェイスの兄であるワイズと初対面をした。チェイスに似た風貌でも、雰囲気、そのものが違う(ワイズ)だというのに、ただ一度と関係を持ってしまったことは、今も後悔をしているわ。

 ただ、そのおかげでワイズからチェイスの日常と生活の情報を金で買うことが出来たのだから、決して関係自体が失敗とは言えない、ただ一度の火遊びだったわね。収穫は大きかったもの。

 アンヌは三人の子どもを育み、ワイズも結婚をして2人の子持ちになっていた。幸せを見れば見る程にあたしの中に憎悪の蟠りが増していって、寂しく、辛く、悲しいものになっていく人生の中で、唯一の救いであり光りは――一周りと歳の離れた腹違いの妹たちだったわ。

《ダリオ》《ルーカス》《ジョリーン》《ノラ》《レイモンド》

 あたしとは30歳以上も歳が離れた妹たち。王族の血を濃く継ぐ子どもたちよ。顔こそ、誰が見ても国王である父王と瓜二つの顔で、似た風貌だもの。疑う人間なんかいる訳もなくて、事実も口も閉ざされたわ。ダリオが一番、遥か昔の人王と名を馳せた王の肖像画の顔にそっくりだった。
 だというのに私生児というだけで、いい教育もされない彼女たちに資金援助をして教育も服装も、貴族と何ら変わらない令嬢以上に仕立て上げたわ。

『お姉さま。私、私っ……ワイズ先生を慕っております!』
『待って。ワイズ、ワイズ先生と、貴方。今、そうあたしに告げたの?』
『はい! ぉおお奥様がお亡くなりになった、今こそが突きいる隙ではありませんでしょうか!』

《ダリオ》は栄養失調も重なって、他の妹たちよりも幼くて10代にしか見えない大人の女性だったわ。病弱体質で毎日とベッドの上で咳をしているような子で、ワイズに診てもらう内に優しさに触れる内に、恋に落ちてしまっていたみたい。既婚者だと承知の上でよ。
 正気なのかと疑ったわ。薬でも盛られたのかしらってね。
 でも。疑いも杞憂なくらいに、ダリオのワイズへの愛は本物だったわ。

 ハイジを授かったのも、あっという間だったわ。

 ただ、やはりと身体の負担も大きくて一年もよく持ったと長生きをするんじゃないかって思うくらいだったのに、あっけなく翌年には死んでしまったわ。

 ワイズは良くも悪くも、ハイジに愛情を注ぎ始めた。

 傍から見れば《虐待》なのは明らかでした、躾にも目が余るものがあったけれど、一国の女王であるあたしなんかが、教育に口を挟むことなんか出来るはずがなかった。一度でも火遊びをしてしまった相手よ。

 自分の身が可愛かったから。
 火に油を注ぐ真似なんかしたくも、いいえ、出来なかったのよ。

 ワイズの手元に置かれ続けたハイジのことは、あたしもずっと気にかけてはいました。顔は王族の《ダリオ》の面影があって、そのときにあたしは《悪いこと》が閃いてしまった。
 妹たちを巻き込んだ盛大な人生ゲームを。

 恐らく、計画自体は《ハイジの人生を蔑ろ》にしかねないものでも、あたしも理解をした上で決行をすることにしました。

 あたしの復讐のためにはしてもいいことなのだと。

 子どものいないあたしは次期継承者を決めなければならなかった。アンヌには子どもが3人いて、全員があたしの盲目の眷属と化しているし服従関係。親戚だというのに気も抜かない徹底した姿勢から、この子たちに《時期後継者》は向かないのは明らかだと思った。
 なら、ワイズとあたしの可愛い妹の遺児であるハイジはどうだろうか。
 白羽の矢が立った。
 そのことをチェイスに訊いたわ。もちろんアンヌ経緯ではなく直接にね。当たり前でしょう。厭らしい思惑もなく至って普通に《家庭の相談》を持ちかけて面と面向かって話せるんだものね。彼は親切だった。密談はアンヌに内緒で彼の別荘で行いました。

『ハイジを玉座に? あのハイジの奴を、か』
『ダメかしら』
『いや。ハイジをワイズから引き剥がすのがゆるくないぞ。べったり以上のアレだからな。兄貴はハイジの奴を溺愛してやがるぜ?』
『あと数年したら交われなくなるでしょう。歳も歳じゃない』
『その数年での下半身の事情によって親離れと子離れの分岐点になるとは思うが、まだまだ先じゃないか。それにしてもハイジの奴を推すなんて、中々と考えたじゃないか。アルムとペーターもいるのに、どうしてだ?』
『ああ。知りませんでした? ハイジの母親の《ダリオ》はあたしの腹違いの妹。王族の私生児なんですよ。あたしたち王家の血はハイジにも流れているの。ここまで言えば分かってもらえるとおもうのだけど、どうかしら?』
『まさか、お前』
『変なご想像はお止しになって。妹がワイズなんかにベタ惚れしてしまったことは事実なのだから』

 事実にチェイスも納得のいかない顔でしたが、じっくりと考えた末の結論は――

『よし。分かった、ハイジの頭に王冠を乗せようじゃないか、血筋は申し分ない以上、誰も何も言わないだろう。つぅか、言わせないんだろう? 女王陛下様は』

 時期後継者で新国王にハイジを据えることに。玉座を与えることに賛同をしてくれたわ。
 でも、それからの計画には腹違いの妹たちの協力が必然だった。一夜か長くか、彼女たちには将来、ハイジの妻ではなく《子ども》を王族の血を残す為に協力を要請したのです。

 全員に、子どもを産み――ハイジの傍から退くことを念頭に伝えました。
 子どもを身籠り産むまではハイジの傍に出産後は理由をなんにせよ終わらせろ、と伝えました。別れの理由をハイジは知りません。しかし。彼は父親として頑張りました。

 その後、妹たちはあたしの配下で働いていますが、誰一人と再婚はしていません。あたしに言われるがままに服従してハイジから離れた妹たちですが、ハイジの優しさに全員がハイジを愛していました。今もです。よりを戻してもいい、と言えば喜んでこぞって傍に戻るでしょうが、そうも出来ない事情があります。

 ハイジの日常品や写真、子どもたちの様子も事細かに教えて欲しいとのことなので《ハイジ》から教えて貰ってお小遣いを渡して情報を得てから妹たちにも報せています。
 喜び泣き出す妹たちにあたしは何の感情も沸きませんが。人を愛するという感情は、こうも騒々しいのでしょうね。

 ※◆

「身勝手だな」
「そうかしら」
「そうじゃないか」

 ルターがサマンサを責める。
 言葉にアルマも忌々しいと表情を歪めた。

「ワイズの方には伝えたのか」
「何故? どうして伝えなければいけないのかね?」
「報せを受ければ。あの男なら王座に据えられそうなハイジを護り抜いて、自宅監禁も厭わなかっただろう」
「分かっているじゃないか。魔人のくせに、そこまで脳を働かせるなんて、流石はチェイスの教育の賜物と拍手をして差し上げましょうか?」
「アバズレ女っ!」

 怒りに飛び掛かりそうになるルターに「落ち着け! 無礼を働けば、現在の主人であるハイジの奴にも極刑が下るぞ!」とアルマが吠えた。
 あり得そうな言葉にルターも椅子に腰を据え直す。

「すまない。アバズレ女は言い過ぎたな」

 ルターの謝罪に「続きはお聞きになるかい」とサマンサが彼に尋ねた。
 彼女の言葉ににやりとルターの表情も大きく歪む。

「そうする以外にあるのかな」

 
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