第7湯 山の麓のハイジ=ブランコ宅

文字数 3,790文字

《おい。どうする、出て行ったぞ? 追うか?》
《いや。必要ない、今日はこのまま帰り、あの方に報告をしょう》
《オーケェ。それにしても収穫があったな、今回は》

「? どうかしたのか、ハイジくん」

 出る手前で立ち止まっていたハイジにルターが彼と同じ方向へと顔を向けた。しかし、それをハイジの手が止めたかと思えば「ブランコさんと呼べ」と額をデコピンで弾いて歩き出した。
「っつっだ! おいおいおい! ハイジくんっ、痛いじゃないか! これはどういった意味でしたんだ?? あー~~もぅ! 地味に痛いじゃないか! ったく!」
 痛みに額を抑えるルターを無視してハイジは無言で歩き出した。
 アンヌとサイン会からここに至るときまで追跡者が在ったのを知っている。誰の差し金かも察している。それを他に知られてはハイジも困る。だからこそ気づかれないように、気づいていない振りをする。だが、少し立ち止まって確認をしてしまったことに、ハイジもやってしまったとは思った。しかし、それに気づいたのはルターだけで。
「全く。どいつもこいつも、面倒な奴らだ」
 ふぅと小さく息を吐き宙を見上げた。
 とてもきれいな夕暮れ時。薄い月の姿もある。
「オレなんかただのクズだぞ?」
「クズって自覚はあるんだな。自身の性格を見つめられるとは思いもしなかった。すごいじゃないかクズなのにクズとしっかりと分かってて。クズにしろいいところもあるのかもしれないな」
 背後からのムカつく言葉を無視して、
「叔母さん。これからどこに行く気なんだ? オレは家に帰りたいんだ――」
「貴方の家に行ってご家族を迎えに行った後に私の屋敷に案内をします。そこで、ご家族の皆様を育児育成し貴方の帰りを首長くいい結果が出るまでお待ちします。当然よね。それに何か問題はあるのかしら?」
「ないよ」
「よかったわ」
 アンヌはにっかりと微笑み「ほら。早く、こちらに乗って頂戴」と【機械魔石動車(バシャ)】が店前に着いた。
「何から何まで準備周到で気色が悪ィったらないな」
「嫌味はいいですから。乗って頂戴な」とアンヌがハイジの背中を押した。
 【機械魔石車】は王族や貴族、属の金持ちのみが足として使える移動時に使うものだ。外見からは想像もつかない広さがあり運転席に誰もおらずにチェイスのようなホログラムが運転兼案内役と担い務めていた。もちろん、ハイジにとって初めての経験である。
「凄いな」
「これがすごいっていうのか? へぇ」
 関心するハイジの後ろで首を傾げるルターの声に、ハイジは身体を翻して彼の胸元を蹴飛ばして地面へと落とした。想像を絶する展開には、ルターも受け身もとれないまま地面目掛けて、真っ逆さまに落ちてしまう。ずっしゃっと音が鳴った。だがルターも勢いよく起き上がり、顔を左右に大きく振る。
「何をするんだよ! ハイジくんっ!」
「魔人なんだろう? 自力で走ったらどうだ? 浮くってのでもいいんじゃないのか? やれよ。魔人なんだろう?? 人間の真似事なんかする必要はないんじゃないのか? 人間ぶって乗って来るんじゃない、くそ野郎」
「自己紹介のときに訊いていないのか!? 僕は今、人形の中にいるんだ! 魔人としての機能は今までのようには出来ないしっ、ほぼほぼ人間に近い状況で――おい!」
 っへ! と吐き捨てて、改めて車内へと足を踏み入れた。
 ふわふわで座りやすい座席。窓から見える街の姿。
「反吐が出るな」
 初めてでもない感情が沸いて出る。
 自身なんかが知らなくてもいい世界を魅せられることと慣れることは、正直避けたいっという心境だ。元に戻ったときになんら変わらずに生活をするために。

 ヴァミュール暦167年。ベン4世が統治するミュリソ王国。
 世界は【魔石】で循環し活性している。
 昔、魔法界と人間界は一つであったが。仲違いをし戦争間近となった局面から魔法界側が人間界から撤退し完全独立を一方的に宣言してから167年。
 人間王ヴァミュールが人間界を構築し立て直し、以来――魔法界とは外交もない。
 人間界に残ったのは人類では扱えない魔石という宝だった。
 魔石の研究に尽力したのが開発王の異名を持ったバッカル博士。
 天使や悪魔、魔人などを召喚をも可能だったというバッカル博士は人智を超えた知識を持ってして、人類が魔石を扱えるように研究をし続けた。彼の死後、助手で養子のカール博士が魔石の可能性を切り開き人類は《魔法使い》へと進化を遂げたのである。だが、人類は魔石に興味がなかったため、職業と軍事などという使用となった。さながら人類は、魔法界との傷を深く負い魔石を嫌悪したのであった。人の手のない進化を拒絶し、バッカル博士とカール博士の功績は今の時代では知らない世代が多い。カール博士の最期の助手が――チェイス=ブランコである。

《魔石が嫌いか? 坊主は》
「坊主って、……嫌いなんかじゃないさ」
《なら。少しは愉しんでもいいんじゃないのか》
「アトラクションがある訳じゃあるまいし。何を楽しめってんだ」
「まぁ。乗るだけですからね、私も乗り飽きてますよ」
 アンヌも苦笑を浮かべた。
 最後にむすっとした表情のルターが乗り込むと機械魔石動車がゆっくりと奔り出した。窓の外は大きく景色が変わるが中に一切の振動はない。走っている実感がない。
(すごいな! おぉうぅうう!)
「……へぇ」
 窓の外を見続けるハイジに、
「ハイジくんは、今は好きな()とか付き合ってる娘とかはいないのか?」
「ルター。この子。つい最近、バツ4になったばかりでね。下が0歳なんですもの、恋愛なんかするはずがないわよ。どうしてそこまで知りたがるの? 新しいご主人様だから記憶しておきたいの? どうせ、これから長い付き合いになるんですもの、今は聞かなくたっていいんじゃないのかしら? ただの興味心なら下世話よ」
「いや。同性なんかに興味あったら堪ったものじゃないじゃないか。おいそれと旅なんか怖くて出来やしないよ。だから、そこのところはしっかりと聞いておきたんだよ、アンヌさん」
 力説するルターの言葉にアンヌも「貴方。女性、好きよね?」改めて聞いた。
 顔が一斉にハイジに向けられた。
 しかし、ハイジの耳には聞こえていなかったらしく、気づかないまま窓の外を見惚けていた。
「あれあれ。興味津々って顔じゃないか。目がキラキラしているよ」
「口より顔がモノ語るってヤツね」
 彼の様子に全員が和んだ。
「ま。魔人の僕が人間に、この身体でも押し負けることなんかないし。心配するだけ無駄かな」
「ハイジは人間よ。そこを忘れないで頂戴ね」
「はいはい。何か飲み物とかはないのかな?」
「そういう車なんかじゃないからないわよ。馬鹿ね」
「なんだ。残念」
 2人の会話はハイジには全く聞こえておらず、肩を叩かれ降りることを告げられるまで少年の顔だった。
 
 ◆

 ハイジの家は都市から大きく離れた山の麓にある小屋であった。
 父親(ワイズ)の数ある別荘の一つ。外も中も、大変大きく広くて申し分のないもので、隣家もなく、騒音の心配もない伸び伸びと育児の出来る環境であった。
「おい、帰ったぞ。ああ、お前ら、きちんと靴は脱ぐんだぞ」
 ハイジの言葉に従い全員が靴を脱いで中へと入った。
 子どものいる世帯であり父子家庭と頭にあるため荒んだ有様を想像したのだが、
「嘘だろ。マジかよ」
 目を疑う状況にルターも思わず驚きの声を上げた。

 キレイに整頓されており、いい匂いのする室内の中からは子どもたちの声が聞こえた。
「おーい。帰ったぞー!?」
 もう一度と腹式呼吸でハイジが中へと声を上げた。
 ようやく気がついたのか、
「ハイジ! 帰ってき――……誰? その人たち」
 長男のダリオ7歳は玄関につくなり眉を顰めた。
 顔に皴がないハイジで、彼の子どもだと分かるほど激似だ。
「叔母さんとその連れの男だ。叔母さんはチェイス叔父さんの」
「知ってるよ。初めまして、おれはダリオ=ブランコです」
 ぺこりとお辞儀をするしっかりした様子にルターも感慨深く、
「クズの子どもにしてはきちんと教育がなっているじゃないか! すごいよ、ハイジくん!」
 手を遭わせて拝む様子に「くそ野郎」ハイジも吐き捨てた。
「ダリオ。サクラちゃんはまだいるのか?」
「いるよ。部屋で鬼ごっこをしてくれている」
「なるほど。本当にいい娘だな」
 しみじみと語るハイジにルターの目が輝いた。
「サクラちゃんだって!? 誰だ? 誰なんだよ! おいおいおいおい!」
 背後から両肩を掴んで上下に振った。
 ガン! とダリオがルターの脛を蹴飛ばした。
「っだ! っな、何をするんだよ~~」
「サクラちゃんは。元ご令嬢だった没落貴族で兎の獣人の女の子だ。おれたちが生まれる前からの知り合いで色々面倒や育児なんかもしてくれるんだぞ。それを知ってどうしょうっていうんだ!」
「ダリオ、気にするな。そいつはくそ野郎なだけだからな」
 乱れた髪を手で直し、改めて室内へと入った。
 どすん! とハイジの腹に何かが当たった。目許には白い耳が映し出されたことによって誰なのかがハイジも分かった。
「サクラちゃん、ありがとう。帰ったよ」
「はわわ~~ぉおおかえりなさささィいい! ……にゅ? そちらの方たちは何方でしょうか?」
 鼻先をこすってサクラも顔を傾げた。
「そのことでサクラちゃんにも聞いて欲しい話しがあるんだよ」
「にゅ?」

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