第13湯 《門》の先のブランコ診療所③ 母親と息子の部屋

文字数 4,236文字

「ここがハイジの部屋、なのかな」

 2階に上がったダリオが手前の部屋の扉を見れば。
 ペーター、と書いてあった。
「ちがうのか」
 後ろの部屋の扉には、アルム、と書いてあった。
「こっちもちがうのか」
 さらに奥には1部屋。
「ハイジの……え?」
 
 扉には、ワイズと書いてあった。

 ダリオは首を傾げた。
 父親の部屋がない。
 どういった了見なのかと。怒りが沸き起ってしまう始末だ。
 顔が似ていたのは外見だけではなく、本当の親子ではないのだと。だから部屋を与えられずにいたのではと勘ぐってしまう。残酷な想像に歯を噛み締めた。
 問い質そうとダリオが身体を翻したときだ。

《ダリオ、ナノ?》
《違ウンジャナイ? 小サイヨ》
《君ハダリオナノ?》

 背後から小さな声が数多くとダリオに尋ねていた。
 背筋に冷たいものが伝ってしまう。一体、何なのか。振り向くことが恐ろしい。
 しかし。質問に答えなければ何をされるか堪ったものではない。ダリオは生唾を飲み込む。
「ぉ、おれはダリオ=ブランコ、……です」
 上擦った声で彼らに応えた。
 すると、白く埃のように小さな何かがダリオの周りを浮かび出した。
「!?」
 小さい何かがダリオの顔を確認して、ダリオの目と視線がかち合う。
 今まで見たことのない恐ろしい形相。脂汗が全身に浮かび上がる。
 視線を外すことが出来ない。全身が硬直をして動くことも叶わない。
《同ジ名前デモ、アノダリオナンカジャナイナ》
《顔ハ似テイルカラダリオダヨ。帰ッテ来タンダヨ。嬉シイナァ!》
《ダリオジャナイ。顔ガ似テイルダケダ。騙サレルナ》
 小さく白い埃程度の大きさだったものが、徐々に大きくなりダリオの握り拳並みに変わった。
 容姿も人間に似たものに変わる。目を奪われるほどに可愛らしい。
 安堵の息をダリオも吐いた。緊張感も解けたわけだから。

『もっと近くで顔を見せて?』
「ぁ、あーはい」
『ダリオなんでしょう? ダリオでしょう?』
 にこにこと笑う様子に、ダリオも申し訳ない気持ちに変わる。
 誰のダリオの話しをしているのか分からないが。
 あなた方の知っているダリオとは同じ名前でも、人違いなんです、と。
『ダリオは大人だった。しかし、このダリオは子どもだ。名前違いだよ』
 その通りです、とダリオは口をへの字にさせた。

 はた。

 ダリオの脳裏にワイズの言葉が思い出された。

「ダリオの子どもの孫のダリオだ。同じ名前なんだ!」

 言っているダリオが彼女だとするなら。
 回答はこれしかない。はったりなんかではない事実。

『子どものダリオ。そうかそうか!』
「あ、あのさ。ハイジの部屋がどこか教えてもらっても、いいかな?」
『ハイジ。ああ、ハイジ。ダリオの子どものハイジ!』
「そう! ハイジはおれの――」とダリオが応えた瞬間。

「《失せろ。目障りだ》」

「! え」
 いつの間にかワイズの姿があった。
 ワクチン接種はどうなったのか。ハイジはどうなってしまったのか。
 聞きたいことはいっぱいあるのだが口に出来ない。
「じーちゃん」
「お前。ハイジの部屋を探してんのか?」
「うん。そうなんだけど、どうしてな――」
 ダリオの言葉が終わる前にワイズがスタスタと奥の部屋の前に行くと壁の下をけ飛ばした。ガッコン! と鈍い音を立てて天井がワイズの背中越しに階段を降らせた。屋根裏部屋への隠し通路のようで、ダリオの目がキラキラと輝いた。
 そして、ダリオに声をかけていた大きくなった何かは、影も形もなくなっていたのだがダリオが気づく様子はない。

「ハイジの阿呆は30歳までダリオの部屋で寝起きしていた」

 降りた階段の手摺りを太くしわのある指先がなぞる。
 ダリオの名前に眼が細められる。彼女を思い出しているのが分かる。
「30年間って、……他の巣立った兄弟の部屋あるのに??」
「ああ。居心地がよかったからなんだろう」
「入っても、いい?」
「止めやしねぇよ。勝手にしろ」
「あと。さっきの何? なんか……」
「知らなくたっていい。ほら、行けよ」
 背中を押されたダリオが急な階段をゆっくりと足で踏みつけて、屋根裏部屋のハイジの部屋の中に入った。暗かった部屋に一斉に灯りが灯る。まるで魔法のようだ。
 
「すご、ぃ」

 屋根裏部屋とは思えない部屋の内部にダリオの声が止まってしまう。
 心臓がバクバクと高鳴り、呼吸も乱れてしまう。
 想像を超えた広さとハイジが暮らしていた当時の生活感が臭いが残っている。
 辺りを見渡すダリオにワイズが徐に話し出した。
「お前にとってのばーさん。ダリオ。彼女は王族の私生児だった。病弱で顔も青白くて身体も20代とは思えない小枝のように華奢だった、……だが。愛欲に負けて。儂の下半身が求めてしまった。結果。孕ませてしまったが後悔はしてない。産まれたハイジも、産んでくれたダリオも儂なりに一生懸命に愛した。だが、ダリオは出産後、一年も経たない内に死んじまった。ハイジの奴も早産だったかんな、いつどうなるか分からなくて、他のガキよりも手間暇かけて育児をしてやった。ペーターやアルムの奴とは結果的に疎遠になっちまったし、ハイジの奴も独り立ちをしやがってああなっちまったが、後悔は――そこそこあるっちゃああるが満足だ」
 さらっと重要なことをワイズがダリオに言うのだが。
「その人。病弱なのに子どもを3人も産んだの?」
「いや。ペーターとアルムの母親とはまた別だ。いい女だったが事故死しちまってよ。手の施しようもないくらいにぐちゃあっとな。そのときに知り合いからダリオを紹介で面識を得て。なんやかんやとだな。逆告白されて断る理由もなかったからな」
 ふん、と鼻息を吐く。
「どうしておれにそんな話しをするの?」
「知っておいた方がいいだろう。ハイジには言っていない母親の出生の秘密なんだぞ」
「なんで、おれに言うの?」
「ハイジは何も聞かないからな。儂とは話したくもないんだろう。身から出た錆だとしても仕方ないとは思わんが、儂が生きているうちに話しておきたくなったのさ。ダメか? それとも聞きたくなんかなかったか? 知っていて損はない話しだ。胸にでも秘めとけ」
(そんなこと言われても)
 押し黙るダリオに、
「さて。診察室に戻ってワクチン接種を続きを打つとしょう。まだ、ここにいるか?」
 腕時計で時間を確認して残るかを聞いた。それにダリオも顔を縦に振り、ワイズは腕を回して部屋から退室をするのだった。
 1人残ったダリオは部屋の中を探索することにした。

 ◆※

 おかしいな身体が全く動かん。あの野郎、何か盛りやがったのか? ったく。本当に、だからあいつのところでワクチン接種なんかしたくなんかなかったんだよっ。はぁ。
 あんの変態なんかが医者やってること事態が犯罪なんだってんだっ。

「ハイジ。大きくなりましたね」

 その声。もしかして、……ママか? 久しぶりだな。30歳のとき以来だ。
 もうとっくに成仏をしたとばかり思っていたんだがな。

「覚えてくれてましたか。すいません、身体の自由を奪うつもりはないんですがどうにも私は幽霊なので生きた人と接触をすると金縛りを起こす自動的になるシステムらしいです」

 いやいや。なんでだよ。システムってのはどういう了見なんだ。
 ママ。解いてくれないか。

「いいえ。解いてしまえばこうして話し合えなくなってしまいますから出来ません」

 それにしたって急過ぎないか? ママ。今日はいきなりどうしたってんだ。
 オレが家に戻ってきたからなのか? 理由を教えてくれないか。
 ひょっとして親父が死ぬから来たとかなのか。それなら納得はいくが。違うってんなら、

「ハイジが人助けをすると話しを聞いて感銘を受けたんです。なので、私もお父様から頂いた魔具を渡そうかと思ったのです。あと。ワイズさんはまだこちらに来ることはない予定ですよ」

 そうかまだ親父はそっちに逝かないのか。ママのお父様ってのは誰かは知らないが、魔具ってのは興味深いな。どんなものなのか教えてくれないか。なら、この際。身体の金縛りの件は我慢をしょうじゃないか。

「物分かりがよくて助かります。本当に大人になったんですね。あの赤ん坊が。私とあの人の子どもが」

 ひょっとして顔か身体に触ってたりするか? なんかここしょばしいぞ。ママ。何か言ってから、どこに触るとかにしてくれよ。

「すいません。頭と肩と胸と、目許と口端を触りました。とても残念です。あの人に似ていません、私に似てしまったんですね。男の子は母親に似てしまうというのは本当だったんですね。あの人のような鷲鼻や目許に雰囲気があれば、……ただ。唯一として、まつ毛の長さは似たようですね。開けた目が見られないのが、私を見ることが出来ないのは悲しいですが、仕方がありませんね」

 感性を疑うね。あの鷲鼻のどこがいいってんだよ。ママの顔に似てよかったって思うよ。感謝しかないよ。親父もよくオレにママに似て可愛いって戯言を言いやがる。鬱陶しいくらいにな。それのせいで兄姉との仲は険悪になっちまった。ママ。枕元に立って親父を説教とかしてくれないか。あいつは本当にママを愛していやがるからな。死んでもずっと悔やんでいるんだ。オレを産ませたことも孕ませたことも後悔をしている。一目でもいいから会ってやってくれよ。

「まだ駄目です。次に会うときはこちらに来たときと私が決めていますから。ハイジのご期待には沿えませんよ。会っても触れないということも、言葉も届かない会話にもならないというのは。かなり悲しいことなんですよ」

オレとはこうして話せるなら出来るだろう。どう考えても。さてはママ。ずっと傍にいて見やがってたりするのか。今までのことを。まぁ、今となってはどうだっていいが。それはそれで恥ずかしい場面ばかりだったろうな。ああ。返事はしなくたっていいからな。

「すいません。貴方の苦労も何もかも、全部見ていました。私は無力です」

 だから、返事はいい(つった)だろう。はぁ。それで貰える魔具ってのはどこにあるんだ? オレはまだ金縛りな上に、あのイカれた医者にまだ、なんやかんやとされると思うから受け取れないと思うが。

「ええ。そうだと思ったので。今、私と貴方の部屋に(ダリオ)がいるので彼に託します。なので、今、私が貴方に伝えるのは、魔具の危険性と使用方法についてです。いいですか? これから差し上げる魔具には説明書もない代物ですから、安全第一に使う局面と場面を間違わないで下さいよ」

 ああ。ママ、分かったよ。
 
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