第9話 博物館へ

文字数 1,416文字

 窓の外を流れてゆく景色は味気なかった。窓際にポツンと一つ空けられた席。ほんとなら(だれ)にも見えない友だちがいるはずの、その席越しに、見るともなしに外を(なが)めていたボクは、イクミちゃんの注意で(われ)に返った。
 前の席から振り返ったイクミちゃんの顔のはるか前には、こちらに視線を向けた、ちえ子先生がいる。先生はバスガイドからマイクを()りて連絡事項をクラス全体に話しはじめた。バスの揺れで時々バランスを取り直すことがなければ、まるで録音したロボットの声がマネキン人形から流れているようだ。
「今日の海外秘宝展が、学校で貸し切り見学できるのは、関係する人たちの()しみない協力があったからです」
 ボクと先生の視線が(まじ)わった。
「その人にお会いしたら、みんなでお礼を伝えましょう」
 今回、発掘(はっくつ)部門を担当することになっているボクの叔父(おじ)さんの努力が実を結んだんだ。ちえ子先生の力になれるからと、叔父(おじ)さんの働きは目覚ましいものがあったらしい。だって開催期間が終わりに近づいたとはいっても、まだまだ人気の展覧内容だったからだ。でも本人は、それを努力だなんてちっとも思ってなかったみたいだ。
 まったく単純なんだから……。
「ボクらの気も知らないでさ。なっ、そうだろ……」
 そこまでささやいて、ボクはふと口をつぐんだ。
               *
 博物館の広い駐車場は、ボクら見学の小学生が乗ってきた大型バスが3台。そして数台の車とトラックだけが停まっていた。
 ボクら小学生は、駐車場で出迎えてくれた緊張気味(きんちょうぎみ)叔父(おじ)さんに全員であいさつを済ませると、クラスごとに正面入口から入場を開始した。そして、入場後はさらに班ごとに別れて、それぞれの順路で館内を進みはじめた。
 2階建ての館内は吹き抜けがあり、野球場が、すっぽりと入ってしまいそうなほど大きくて広かった。そして迷路(めいろ)のように入り組んだ長い廊下を突き進んでいくと、それぞれのテーマを持った展示ブースに行きつく。
 海外から集められた絵画や彫刻が展示されている退屈(たいくつ)な場所もあったけど、沈没船から引き上げられた遺物(いぶつ)の展示室やその奥にある巨大な化石の復元(ふくげん)ブースは土産物(みやげもの)コーナーと同じくらいの賑わいをみせていた。そして、その片隅(かたすみ)には地質資料を展示しているブース。そこには照明を受けて青く光っている、あのガラスの筒もあった。
『モトヒコ』
 突然(とつぜん)の声にボクの心は高鳴った。実に4日ぶりのリトルからの呼びかけだったからだ。
「なに?」
『いや、なんでもない。たぶん、気のせいだ……』
 いつものボクなら、もっとくわしく聞こうと質問攻(しつもんぜ)めにするところだが、「そう」と言って会話を終えた。リトルもまた、それ以上、会話を続けようとはしなかった。
 正直、苦しかった。なんとかしたかった。なんとかしようと思えば、すぐに、なんとかできるはずなのに……きっとリトルもボクと同じで、お互いに歩み寄るきっかけを探してくれていたはずなのに。なぜつまらない意地を張っっちゃったんだ。
 でも、次の会話のきっかけはすぐにやってきた。リトルが気のせいだと思っていたことが、気のせいではなかったからだ。
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登場人物紹介

リトル

モトヒコの頭の中に住んでいる、明るくて寂しがり屋のスゴく小さな鉱物生命体。

太平洋の底から発掘された地層の中で眠っていたところモトヒコと出会う。

人や動物に幻を見せる超能力を持っているが、その力を使いすぎると……。

モトヒコ

ふとしたきっかけで頭の中にリトルを住まわせることになった小学5年生。

リトルとの冒険を通して成長してゆく。クラスメイトのイクミちゃんが気になっている。

イクミ

モトヒコの同級生の学級委員。しっかりもので物語を通してモトヒコと仲良くなっていく。

叔父さん

モトヒコの叔父。地質学を研究している若い学者。モトヒコの担任教師ちえ子先生にぞっこんだが、告白できないでいる。

ちえ子先生

モトヒコやイクミの担任の女性教師。モトヒコの叔父に出前授業をしてもらうなど教育熱心だが、何か人に言えない秘密がありそう……。

黒眼鏡

陰気で嫌味たらしい、ある国の領事館の男。サングラス姿で、いつも白い頭痛薬をボリボリかじっている。その怪しい動きは、ちえ子先生と何か関係がありそう……。

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