第3話 友情
文字数 3,599文字
あのとき、遅刻したことは小学校で注意されたけど、犬たちに追いかけられたことは3人とも誰にもしゃべらなかった。でも、それ以来、ボクは大森君、福塚君と、なんとなくよくしゃべるようになった。同じ危険をくぐり抜けた仲間ということだろうか。そんなボクたちをクラスのみんなは不思議そうに見てはいたけど。
そしてボクは毎日、あの不思議な体験と謎の声はいったい、なんだったのかと考え続けていた。でも答えは出てこない。そして2週間がたとうとしていた。
ボクの頭は出ない答えを探し求めることから、日々の忙しさをやりくりすることへと徐々に変化していった。来月に迫った文化祭の出し物や、国立博物館への社会見学の班分け、そのしおりの製作などにクラス中が追われはじめたからだ。
家と学校を往復する毎日が続いた。でも不思議な出来事は思ってもみないとき、考えもしなかった場所で起こるものだ、まるであのときのように。
*
いつもはベッドに入ると、すぐにぐうぐう眠ってしまうたちなのに、その夜はなかなか眠ることができなかった。枕元の目覚まし時計のカチッ、カチッという音が眠る時間を一秒一秒ボクから奪っていく。そのときだった。
『おーい』
「んっ、なに?……」
『おーい、モトヒコー』
ボクはすぐに気づいた。あの声だ!。
『モトヒコー』
思わずあたりを見回したが、目に入ってきたのは室内の暗闇だけ。それでも声はボクを呼び続けている。
『僕 は、ここだよ』
「なにも見えないよ。どこ?」
『目をつぶってみて』
まぶたの裏側にボォっと青白い光が現れた。声はその光から聞こえてくる。そしてその光は少しずつ人の形をとりはじめ、やがて白いシャツを着た男の子の姿になった。
「うわっ、オバケ!」
一瞬 そう思った。でも、その男の子には恐怖や不安をぜんぜん感じなかった。それどころか、なぜだかわからない懐 かしさと安心感がわき上がってくる。
『ちがうよ。僕 はオバケなんかじゃないよ』
「じゃぁ、君はいったいだれなの?」
『僕 は、誰でもないよ』
「どういうこと?……」
『ええっとね。どう言えばいいんだろ。そもそも、僕 は人間じゃないんだ』
「やっぱり、オバケ?」
『ちがう、ちがう』
男の子は大きく首を横にふると、自分のことをボクに話しはじめた。
『難 しい言葉で言うとね。ぼくは鉱物 生命体なんだよ、とても、とても小さな』
「こ、鉱 ・物 ・生・命・体?……」
『うん。君と話しやすいように人間の姿を借 りてるけどね』
男の子は両手を広げると自分の身体を、しげしげと眺 めわたした。
「へぇ、そうなんだ。でも、いまいちピンとこないなぁ、その鉱物 なんとかっていうのが」
『石とか、宝石みたいなものかな』
「宝石?」
『でも、大きさは目には見えないくらい小さいんだ。そうだなぁ、細菌 っていう言葉は知ってるだろ』
「うん。でもそれってバイ菌 のことだよね。体の中に入ってカゼやお腹痛をおこしちゃう」
ボクは理科の教科書に出てくる顕微鏡 が映し出した細菌 の写真を思い出し、思わず眉 をひそめた。
『ひどいなぁ。僕 はそんな悪者じゃないよ』
「そうだね。もし悪者なら、あのとき、犬たちから助けてくれなかっただろうし」
ボクは笑うのをやめて、あの時の疑問に話題を移した。
「あれは君がやったんでしょ?」
『うん』
「どうやったの?」
『テレパシーって知ってるよね?』
「うん、マンガで読んだことがあるよ。超能力のひとつだよね」
『そうそう。それを使って、犬たちに幻 を見せたのさ』
砂粒 より小さいくせにスゴいことができるんだなと、ボクは感心すると同時に、この声の主に、ものスゴく興味がわいてきた。
「君ってスゴいんだな。でもボクも見ちゃったよ、あの恐竜。すごく怖かったんだぞ」
『ごめん、ごめん。僕 は君たち人間みたいに大きな体を持ってないし、自分では動けないから、あれ以外に君を助ける方法がなかったんだよ』
「動けないの?」
『うん。自分じゃ、どこにも行けないんだ……』
少し不満そうな声が響 いた。
「ふうん、そうなのか」
『だから君の頭、脳を使って犬たちの脳にあの恐竜の姿を直接送ったんだ』
「ボクの頭、脳を使ってだって?!」
『驚 くことはないよ、モトヒコ。君の頭をテレビの電波塔代わりしただけさ。そして犬たちの頭の中に番組を送るみたいにしただけなんだから』
「なんかわかんないけど、スゴいや」
『でも久しぶりに力を使ったから……』
言いよどんだ男の子の声が、なんとなく恥 ずかしそうだったので、ボクはしつこく聞くのをためらった。
『疲れて、今までずっと眠ってたんだ』
「眠ってただって?」
頭の中で、やっと口を開いた男の子の答えが、あまりに平凡だったので、ボクはプッと吹き出してしまった。
『なんだよ、笑うなんて』
「ゴメンよ。でも、それって……」
『それって?』
「人間だって同じだよ。ボクなんか目覚まし時計が鳴ったって、母さんや姉さんに起こされたって、なかなか起きないことがあるもん」
ボクと頭の中の男の子は声を上げていっしょに笑った。そして男の子は超能力を使うと回復 のために眠らなければならないこと。また必要以上に力を使うと眠りの期間が冬眠のように長くなってしまう弱点があることも教えてくれた。
「そうかぁ、君も大変なんだね。そうだ。今まで、どれくらい長く眠ってたことがあるの? ボクは昼過ぎまでだよ。スゴく怒られちゃったけど」
『十万年くらいかな』
「えっ?……」
『君に出会うまで』
さっきとはうって変わって、声が悲しみで満たされた。思ってもない答えにボクも言葉を失った。十万年もの間、一人ぼっちで眠り続けなくてはならなくなったら、自分ならどんな感じがするだろう。眠っているからわからないのかな。でも、その間に自分の周りはどう変わっちゃうんだろうか。わからなかった。目覚めたとき、知ってる人が誰もいなかったら。友だちは知らない間に死んでいて、自分のことを知っていてくれる人が誰もいなかったら。寂しさで、ボクなら、きっとどうにかなってしまうにちがいない。
「ゴメンね。イヤなこと聞いちゃった……」
『気にすることはないよ。君はあの中から僕 を出してくれたんだから』
「あの中って?……」
『あの中さ。「ガチャーン!」ってね』
「そうか! じゃぁ、叔父 さんのあの地質標本の中に」
『そう。そこで冬眠してたんだ』
「なんだ、あのきれいな青い宝石が君だったのか」
『宝石っていうより、あの中でずっと眠ってたんだ。そして君が、僕 を体の中に吸い込んでくれた。だからね……』ついに事実を言うべき時がきたというように、おずおずとした声が男の子からしぼり出された。『なんて言えばいいんだろ。その……イヤなことはない?』
「なにが?……」
『僕 が、君の頭の中に住んでて?……』
「イヤなことなんかあるもんか」
ボクは、そうすることが正しいかのように思わず即答した。
『ほんとに? 気持ち悪くない?』
「うん!」ボクは正直な気持ちを男の子にぶつけた。「なんとなく変な感じだけどね」
『ほんとに、ほんと?……』
「だって、『出ていけ』って言っても、自分で動けないなら出ていけないんだろ」
『うん。出来ない』
ボクは笑った。男の子も笑った。
「だからボクたち、もう友だちだよ!」
『友だち……』
「二人で一人だ!」
『やったぁーー!』
男の子の声が頭の中で、うるさいほど元気に鳴りひびいた。もちろんボクもうれしかった。特別な友だち。二心同体 の友だちができたんだから。
「ところで、君は、なんていう名前なの?」
『名前?……』
「君はボクの名前を知ってるのに、ボクは知らないんだよ」
『………』
ボクは恐 る恐 るたずねてみた。
「もしかして、名前ないの?」
『うん、ない……』
「そうか……。じゃぁねぇ、リトル。リトルっていうのは?」
『リ・ト・ル……』
いま思い浮かんだリトルという言葉は小学校で英語を習い始めたボクが、先週初めて知った言葉だ。ボクは、リトルっていう言葉は小さいという意味があるんだということを教えてあげた。
「気に入らない?……」
『ううん。全然いいよ!』
「良かった! よろしくね、リトル」
『こっちこそ、よろしくね。モトヒコ』
そしてボクは毎日、あの不思議な体験と謎の声はいったい、なんだったのかと考え続けていた。でも答えは出てこない。そして2週間がたとうとしていた。
ボクの頭は出ない答えを探し求めることから、日々の忙しさをやりくりすることへと徐々に変化していった。来月に迫った文化祭の出し物や、国立博物館への社会見学の班分け、そのしおりの製作などにクラス中が追われはじめたからだ。
家と学校を往復する毎日が続いた。でも不思議な出来事は思ってもみないとき、考えもしなかった場所で起こるものだ、まるであのときのように。
*
いつもはベッドに入ると、すぐにぐうぐう眠ってしまうたちなのに、その夜はなかなか眠ることができなかった。枕元の目覚まし時計のカチッ、カチッという音が眠る時間を一秒一秒ボクから奪っていく。そのときだった。
『おーい』
「んっ、なに?……」
『おーい、モトヒコー』
ボクはすぐに気づいた。あの声だ!。
『モトヒコー』
思わずあたりを見回したが、目に入ってきたのは室内の暗闇だけ。それでも声はボクを呼び続けている。
『
「なにも見えないよ。どこ?」
『目をつぶってみて』
まぶたの裏側にボォっと青白い光が現れた。声はその光から聞こえてくる。そしてその光は少しずつ人の形をとりはじめ、やがて白いシャツを着た男の子の姿になった。
「うわっ、オバケ!」
『ちがうよ。
「じゃぁ、君はいったいだれなの?」
『
「どういうこと?……」
『ええっとね。どう言えばいいんだろ。そもそも、
「やっぱり、オバケ?」
『ちがう、ちがう』
男の子は大きく首を横にふると、自分のことをボクに話しはじめた。
『
「こ、
『うん。君と話しやすいように人間の姿を
男の子は両手を広げると自分の身体を、しげしげと
「へぇ、そうなんだ。でも、いまいちピンとこないなぁ、その
『石とか、宝石みたいなものかな』
「宝石?」
『でも、大きさは目には見えないくらい小さいんだ。そうだなぁ、
「うん。でもそれってバイ
ボクは理科の教科書に出てくる
『ひどいなぁ。
「そうだね。もし悪者なら、あのとき、犬たちから助けてくれなかっただろうし」
ボクは笑うのをやめて、あの時の疑問に話題を移した。
「あれは君がやったんでしょ?」
『うん』
「どうやったの?」
『テレパシーって知ってるよね?』
「うん、マンガで読んだことがあるよ。超能力のひとつだよね」
『そうそう。それを使って、犬たちに
「君ってスゴいんだな。でもボクも見ちゃったよ、あの恐竜。すごく怖かったんだぞ」
『ごめん、ごめん。
「動けないの?」
『うん。自分じゃ、どこにも行けないんだ……』
少し不満そうな声が
「ふうん、そうなのか」
『だから君の頭、脳を使って犬たちの脳にあの恐竜の姿を直接送ったんだ』
「ボクの頭、脳を使ってだって?!」
『
「なんかわかんないけど、スゴいや」
『でも久しぶりに力を使ったから……』
言いよどんだ男の子の声が、なんとなく
『疲れて、今までずっと眠ってたんだ』
「眠ってただって?」
頭の中で、やっと口を開いた男の子の答えが、あまりに平凡だったので、ボクはプッと吹き出してしまった。
『なんだよ、笑うなんて』
「ゴメンよ。でも、それって……」
『それって?』
「人間だって同じだよ。ボクなんか目覚まし時計が鳴ったって、母さんや姉さんに起こされたって、なかなか起きないことがあるもん」
ボクと頭の中の男の子は声を上げていっしょに笑った。そして男の子は超能力を使うと
「そうかぁ、君も大変なんだね。そうだ。今まで、どれくらい長く眠ってたことがあるの? ボクは昼過ぎまでだよ。スゴく怒られちゃったけど」
『十万年くらいかな』
「えっ?……」
『君に出会うまで』
さっきとはうって変わって、声が悲しみで満たされた。思ってもない答えにボクも言葉を失った。十万年もの間、一人ぼっちで眠り続けなくてはならなくなったら、自分ならどんな感じがするだろう。眠っているからわからないのかな。でも、その間に自分の周りはどう変わっちゃうんだろうか。わからなかった。目覚めたとき、知ってる人が誰もいなかったら。友だちは知らない間に死んでいて、自分のことを知っていてくれる人が誰もいなかったら。寂しさで、ボクなら、きっとどうにかなってしまうにちがいない。
「ゴメンね。イヤなこと聞いちゃった……」
『気にすることはないよ。君はあの中から
「あの中って?……」
『あの中さ。「ガチャーン!」ってね』
「そうか! じゃぁ、
『そう。そこで冬眠してたんだ』
「なんだ、あのきれいな青い宝石が君だったのか」
『宝石っていうより、あの中でずっと眠ってたんだ。そして君が、
「なにが?……」
『
「イヤなことなんかあるもんか」
ボクは、そうすることが正しいかのように思わず即答した。
『ほんとに? 気持ち悪くない?』
「うん!」ボクは正直な気持ちを男の子にぶつけた。「なんとなく変な感じだけどね」
『ほんとに、ほんと?……』
「だって、『出ていけ』って言っても、自分で動けないなら出ていけないんだろ」
『うん。出来ない』
ボクは笑った。男の子も笑った。
「だからボクたち、もう友だちだよ!」
『友だち……』
「二人で一人だ!」
『やったぁーー!』
男の子の声が頭の中で、うるさいほど元気に鳴りひびいた。もちろんボクもうれしかった。特別な友だち。
「ところで、君は、なんていう名前なの?」
『名前?……』
「君はボクの名前を知ってるのに、ボクは知らないんだよ」
『………』
ボクは
「もしかして、名前ないの?」
『うん、ない……』
「そうか……。じゃぁねぇ、リトル。リトルっていうのは?」
『リ・ト・ル……』
いま思い浮かんだリトルという言葉は小学校で英語を習い始めたボクが、先週初めて知った言葉だ。ボクは、リトルっていう言葉は小さいという意味があるんだということを教えてあげた。
「気に入らない?……」
『ううん。全然いいよ!』
「良かった! よろしくね、リトル」
『こっちこそ、よろしくね。モトヒコ』