第4話 光明

文字数 1,022文字

夫のお腹事情に悩んでいたある日、ふと父のことを思い出した。
父は本能的に体に良いものを好んで食べる人で、超肉体労働で体を酷使しているにもかかわらず、大きな病気もせずに年を重ねている。
そんな父が、毎年冬にせっせと作っていたものがある。

こうじの甘酒。
父は「甘粥」と呼んでいた。
いつもこたつに30㎝鍋を入れて作るため、仕込み中は家族からよくクレームを受けていたが、それも意に介さず作り続けている。
そのうちに「甘粥仲間」を見つけ、そちらにおすそ分けすることを口実にするようになった。
私や母は、こうじの甘さと匂いが少し苦手で、ちょっと遠巻きにしていた。

そして考える。
夫に乳酸菌は合わなかったが、こうじはどうだろうか。
私が記憶している限りでは、こうじを使った発酵食品でお腹を壊した話は聞いていない。

こうじの甘酒について調べていると、とある書籍に「腸内環境のチェックリスト」なるものが載っていた。
……ある。
「おならが臭い」という項目が。
他にも夫に当てはまる項目が多数あり、つくづく「腸活」の必要な人なのだと実感させられる。

とりあえず、試してみないことには始まらないのだが、ここでひとつ問題があった。
こうじの甘酒を作るには、温度管理が必要なのである。
しかも、「60℃前後を8時間キープ」という気の長い話だ。
発酵を維持するために、温度が下がったら温めて欲しいらしい。
フルタイムで働いている人間に、この作業をする時間を捻出するのは至難の業であり、できるだけ手間をかけずに作る方法はないのかと考える。

そして、ヨーグルトメーカーの購入に至った。
夫がアイリスオーヤマ推しのため、そちらのスタンダードなものを選ぶ。
これなら最適な温度を保ってくれるし、発酵と保存に使える容器もついてくる。
あとは、作る過程で必要になるお湯を沸かすために、結婚祝いにもらったままで眠っていた電気ケトルを取り出した。(なぜ私はこんな便利な存在をないがしろにしていたのか…)
不器用でものぐさな私でも、どうにか「甘粥」を作れる環境が整った。

夫はこうじの甘酒は初体験らしく、不思議な顔をしていた。
彼にとって「甘酒」は酒粕の匂いがするものだったようで、少し面食らったようだ。
私が作ったのは米こうじだけで発酵させるものであり、当然こうじの匂いしかしない。
もちろんアルコールもないので、夫からすると「ただ甘いお粥」という印象になったらしい。
夫が抵抗なく食べられることに安堵し、お腹にも効いてくれることを願った。
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