第58話 記憶なくなーる

文字数 782文字

その一件以来、爽真先生はご多分に漏れず私に対しての反応が変わった。もちろん良い意味ではなく悪い意味で。

「下原さん、ここは俺がやっとくから帰ったら?……色々忙しいでしょ?」

残業終わりの夜七時、誰もいなくなった歯科医院の待合い室の床をモップ掛けしていると、爽真先生が診療室の入口から恐る恐る話しかけてきた。

爽真先生は決して悪くない、コスプレ正義ヒーロー女なんてどう扱っていいのかわからない、当然だ。

人知れずにため息をつくと、リュックサックを手に持ち「ありがとうごさまいます、お疲れ様です」と会釈をした。けれど爽真先生はやっぱり戸惑った表情を浮かべていた。

初恋が無惨な終わりを告げようとしている、自分がどれだけ好きでも相手が自分のことを嫌っているこの状況は惨め以外の何者でもない。

重たい自動ドアをこじ開け、外に出ると辺りはもう薄暗い。昨日七時に出た時は明るかった、いつもより多く残業をしてしまったようだ。

残業代は基本的には出ない、なのにどうして毎日残業しなければならないのだろう。かといってここを辞めても再就職のあてはないし。

大きなため息をつきながら駅までの道を歩く。鞄の中から悪発見機の警報音が鳴り出した。

慌ててチャックを開けてコンパクトを取り出した。画面には歯科医院の近くのコンビニで小悪があと五分後に発生と表示されている。

今は仕事帰りで時間もある、小悪だろうが、大悪だろうがやっぱり困っている人は放ってはおけない。

右手を高く掲げて変身した。空から虹色の光が降り注ぎ、私に力と勇気をくれる。


少し走るとすぐに工場地帯に囲まれたそのコンビニが見えて来た、週に一回は行く馴染みの店だ。

コンビニの駐車場の一角で何やら不穏な空気を発しているヤンチャそうな若者の集団が一人を取り囲んでいた。

そしてその取り囲まれている男性の顔を見て腰を抜かしそうになる。

それが市太郎だったからだ。










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