第40話 おじさんの行く末

文字数 750文字

市太郎はてっきりタクシーを拾ってくれるものだと思っていたが、大通りに出ると何故だか地下鉄の駅に向かって歩き出している。遠くから走ってくるタクシーのフロントガラスに空車と書いた青文字がよく見えた。

「空車のタクシー来たよ」
思わずそう教えると、市太郎はニッコリと笑った。

「ありがとう、百合香が払ってくれるの?」
「それは嫌、だって市太郎はお金持ちでしょ?」

奴は呆れ果てたような、わざとらしいため息をつく。

「人の金をあてにするな、自分で働いて稼いだ金で生活しろ」

当たり前のことを改めて怒られると悔しいし恥ずかしい。

「だって、満員電車乗りたくないし。私は市太郎に変身させられてるんだから、たまにはお礼の気持ち示してもいいんじゃない?」

「その調子であのミニーちゃんにも言い返せ。世の中主張したもの勝ちなんだよ。黙っていいことしてれば、いつか誰かが見ててご褒美をくれるか?そんなの昔話だけだ」

自分に一番欠けていること、自己主張だ。市太郎の言葉に何も言えなくなった。確かに自己主張できたら、私を取り巻く世界は変わるだろう。

大通りでは車がひっきりなしに往来している。ヘッドライトが眩しい。

けれど、それが難しい。どうやったら自己主張できるようになるのだろうか。

五分ほど無言で歩いていると、市太郎は急にニッコリと笑って立ち止まった。

彼はポケットからハート型の真っ白なコンパクトを取り出す。

どこかで見覚えがある。

「百合香、これ見てくれよ。新しいアイテムができたんだ。悪発見機」

全てを思い出した私は歓声を上げた。これはプリンセス戦士に出てくる重要なアイテムの一つで、私も同じおもちゃを持っていた。

「半径五キロメートルに発生した悪を知らせてくれるんだよね?すごい!すごい!」

市太郎は思いの外喜んでいる私を見て照れたように微笑んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み