正義の少女

文字数 1,961文字

ヒヒ、ヘヘヒ……チョロイぜ……。
狭い路地裏で一人、学生服の少年が上ずった声で呟いていた。

チョロイという言葉のわりに、緊張の残る強張ったニキビ面。

色気づいた感じに垂らした前髪を払うように、ほんのりと浮かんだ額の冷や汗をぬぐい、ポケットから取り出したのはポテトスティックのスナックカップ。

すぐ隣のコンビニからくすねてきた本日の戦利品だった。
グフッ、グフフ……店員のババア、ちっとも気づかねーでやんの。間抜けすぎ。これだからやめらんねえ……。
醜い笑みで顔を歪ませ見惚れる。

別に腹が減っていたわけではない。物を盗むと世の中に影響を与えられた気がしてアソコが勃つほど気持ちイイのだ。
たまんねーな、この快感。万引きしたお宝を眺めるのは至福だぜ……!
しかし、その素敵な時間は、背後から掛けられた冷ややかな声によって破られた。
……それ、どうしたの?
……っ!
ニヤつかせていた顔が凍りつく。

振り返ると、すぐ後ろに声の主――怒りを込めた大きな瞳で、真っ直ぐに彼を睨みつける美少女が立ち塞がっていた。
ミ……ミサキッ……!
家谷、あんたお金払ってないわよね。
ミサキと呼ばれた少女は、ややクセがついていてボーイッシュな雰囲気もなくはないセミロングの栗色の髪を肩越しに片手で払うと、恐れ気もなく更に一歩前に進み出た。

体格が良いわけではない。
万引き少年、家谷よりは頭ひとつ低い背丈。細い手足、丸みを帯びた普通の女の子の体つき。
ぐっ……
それでも、家谷が気圧され、後ずさりしてしまったのは、その満身から立ち上る正義感の迫力のせいだった。
ひとつ万引きされるだけでどれだけお店に損害が出るか知ってるの?
少しも怯むことなくハキハキとした口調で説教をするミサキは、少し離れて心配そうにしている連れの女友達二人を隠すかのように、両手を腰に当て、背筋を伸ばした姿勢をとっていた。


(ミサキちゃん……家谷くんにあんな風に言って……大丈夫かな)
(家谷ってホント、サイテーな奴! できたら関わりたくなかったけど……)
テメー、なっ、なに決めつけてやがんだ……証拠でもあんのかよ!
この目で見てたの! つべこべ言わずに、おばさんに返してきなさいよ!
実は目撃したのは彼女自身ではなく、後ろにいる友達の夏奈と樹里だったのだが、敢えて代わりに自分が見たと言う。

ミサキはそんな性格をしていた。
ううっ……うっ……
家谷がたじろいだそのとき――彼の手の中でスナックカップが震えた。
ウ……ウルセエエエエエエエッ!
ぽぅんっと勢いよく膨れ上がるお菓子の容器。

カップの腹には暴帝めいた充血する眼孔と巨大な口が裂け、無数に並んだ鋭いポテトスティックの牙と真っ赤な舌を躍らせて大きく咆哮する。
……ひっ!
きゃっ!
まっ……魔物!?
息を呑み、目を見張るその場の一同。

魔が宿りし『物』――魔物。
交通事故よりは少ないが、話には聞いたことがあるその遭遇。TVや新聞では見る。が、誰もまさか自分がとは思わない。
うわわわわわっ……
一番うろたえているのは家谷だ。

魔物化は彼の意図によるものではない。
彼の悪い心が勝手にカップに乗り移ってしまったものなのだ。

みっともなくビビッた彼に放り投げられた魔物はミサキの頭上を越えて後ろの二人の前へと飛んだ。
ガアーッ!
いやああああーっ!
きゃあああああ~っ!
ウッセーンダヨッ! 糞女共ッ! イツモイツモ蔑ム目ヲシヤガッテ!
少女たちの悲鳴と、ゾッとするような魔物の叫び声が重なった。
夏奈ちゃん、樹理ちゃんっ!
突然の事態と、魔物の恐ろしさに硬直していたのは一瞬の事、友人の危機に我に返ったミサキが、躊躇なく魔物の前に身を投げ出し二人を庇う。
ケッ! ま、魔物なんて売りやがって、糞コンビニが! 俺は悪くねえ!
責任転嫁した上に、これ幸いと路地の向こうへと逃げ出すクズ野郎。だが、それを追っている場合ではない。
テメエラノ骨をバキバキニシテ……ボリボリ食ッテヤルゼエエエーッ!
くっ……
いっ……嫌ああああっ!
私たち、食べられちゃうの!?
大丈夫よ、夏奈ちゃん、樹里ちゃん……!
なす術なくうずくまる友人を、己もまた同様に無力でありながら、ミサキは精一杯抱き締める。そのとき――
退け、悪しき心よ! 罪なき物を癒しの力で慰め、魔の法にて縛らん! キュアー・ストライク!
イデェーッ!
不思議な閃光が路地一杯に広がり、次の瞬間、後方へと吹き飛ぶ魔物。

代わりにミサキの前に立っていたのは、花の形のエンブレムとリボンの、ふわりとしたコスチュームに身を包んだ美少女だった。
……。
その背を覆う長くて艶やかな黒髪。

超常のオーラを立ち昇らせたしなやかな身体に、豊かに張り出したバストとヒップ。

少女というにはやや大人びた印象を与えるのは、どこか寂し気な厳しい顔つきのせいか。それでも彼女は「少女」と呼ばれるべき存在だった。
ま……魔法少女?
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登場人物紹介

海鳴岬うみな・みさき)

正義感が強くて勝気な普通の少女。
悪を見過ごさず立ち向かう勇気と、他人を見捨てない優しさ持つ。
魔法少女ミサキとして「魔」と戦う決意をするが……。

神居真理弥かむい・まりや)

ミサキと同じ学園に通う上級生。
美人な上に成績優秀で清楚な、全校生徒の憧れ的存在。
正体を隠して魔法少女マリヤとして「魔」と戦う日々を送っている。

夏奈(なつな)

ミサキの親友。

樹里(じゅり)

ミサキの親友。

家谷(いえだに)

ミサキの同級生。卑怯な性格で学園の鼻つまみ者。

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