第8話 カツカレーとシーザーサラダに気の利いた誘い文句

文字数 948文字

「あっ!」
 俺は足を止めて声をあげた。大変なことに気付いたからだ。エコバッグを持たずに家を出てきてしまったのだ。
 しまったな。俺は後ろを、つまり家のあるほうを振り返る。徒歩5分のコンビニまでの道のりの内、すでに3分から3分半分まで歩みは進んでしまっている。

 めんどくさい。今からエコバッグの為だけに家まで戻るのは非常にめんどうがくさい。

―エコバッグがないということはつまりエコバッグがない、ということなんですよー

クソッタレが、政治家が悪いよー政治家が。
 
 俺は自分の不注意を全力で責任転嫁しながら前を向き、再び残り1分半の道のりをコンビニへ向かい歩き始めた。

「いらっしゃいませ」

 全然歓迎する意思のない店員の声に迎えられて俺は手ぶらで店内に入店することに成功した。店内は平日のお昼時ということもありそこそこ人がいる。スーツ姿のサラリーマンとおぼしき男性や高齢の女性、職業その他生活様式が全く推測できない人など様々だ。

 俺は一目散にお弁当のコーナーに向かう。時間が時間なだけあって棚には少し空白も目立つ。

 さて、何にしようか…

 俺は自分の胃袋と相談しながら商品を吟味していく。
 
 まずは…パスタや蕎麦などの麺類は…気分じゃないから無しだ。では他のご飯ものは…うーん、あまり食指が伸びない。

 結局たっぷり5分ほど悩んだあげくに俺がカゴに入れたのはカツカレーだった。メインが決まればあとはすぐでシーザーサラダも一緒にカゴにつっこんで俺はレジに向かう。

「あたためは?」
「なしで大丈夫です」
「はい」
「あ…レジ袋、お願いします」
「有料になりますがよろしいですか?
「はい…お願いします」

 今日一番のやるせなさを感じながらそんなやり取りを経て俺は店内を後にした。

 「有料」のレジ袋の持ち手をしっかりと右手で持ちながら俺は来た道を引き返す。
 
 どうしてエコバッグ忘れるかなぁ…

 暗い気持ちで歩みを進めるがこんなことではダメだ、と軽く頭を振る。
 
 もっと楽しいことを考えながら帰ろう。楽しいこと、楽しいこと…。

 そうだ、朝は結局時間差の睡魔にやられてしまったので沢辺さんにお誘いの連絡をしていない。

 女性を食事に誘うのにぴったりの気の利いた誘い文句でも考える時間にこの帰り道を充てよう。

 俺は顔をあげて家路を進んだ。
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