第48話 老犬

文字数 4,509文字


 『茶々』という名の茶色い雌犬を飼っていた。
 茶色いから茶々。実に安直な名の付け方であるが、それでも彼女は一番長く俺と、いや俺達家族と付き合った犬であった。
 彼女は、姉が拾ってきた。
 よく晴れた初夏のある日。自宅の前の歩道を子犬がウロウロしていたらしい。
 生後二ヶ月くらいと見えるその子犬は、歩行者にくっついては、あっち行ったりこっち行ったり。微笑ましい光景だが、明らかに捨てられた様子であったという。腹を減らしていただろうし、不安でキュンキュン鳴いてもいただろう。
 推測であるのは、俺はその時の様子を見ていないからだ。
 見ていたの母と祖母。後に聞くところによると、それを見ていた二人は手を差し伸べるどころか。(早くどっか行ってくれ!!)と願っていたらしい。
 俺や姉が帰って来て子犬を見つけたら、絶対に飼うと言い出すに決まっていたからだ。
 二人は動物嫌いでもないが、好きでもない。
 たしかにその頃、数年間、我が家には犬がいなかった。これは、何十年も犬を飼い続けてきた我が家にしては珍しいことであったそうだが、毎日の散歩や餌やりをしなくてよくなり、その担当を押し付けられていた母と祖母は、ようやく楽になったと思っていたらしい。
 そう。当時、父も姉も俺も、気が向いた時しか犬の散歩はしなかった。毎日の世話は、母か祖母に任せっきりになっていたのだ。
 そうこうするうちに、子犬の姿は見えなくなった。
 どこかに行ったか、誰かに拾われたか、どっちにしても厄介ごとを背負い込まなくて済んだと母と祖母が胸をなで下ろした時、姉が腕にその子犬を抱えて帰ってきたのだそうな。
 むろん、母も祖母も大反対した。自分たちに毎日の世話が回ってくることは目に見えていたからだ。
 だが、姉には作戦があった。一時間粘れば俺が帰ってくる。そうすれば、心強い援軍となる。さらに二時間粘れば父も帰宅する。父は間違いなく賛成派。しかも、亭主関白で強権主義者でもあった。
 結局、茶色い子犬は我が家に居着くことになり、雑種にしては立派な犬小屋と首輪を与えられたのであった。
 彼女は日本犬のように尻尾がくるりと巻いていて、かなり立派な立ち姿をしていたが、耳の先端だけがふにゃっと垂れていた。
 そこがピンと立っていれば、申し分のない格好良さだと当時は思っていたのだが、そのうちにその垂れ耳こそが可愛さに思えるようになってきた。
 避妊手術をすると、犬も猫も人間くさくなり、長生きするという。子供を産むということはものすごいエネルギーを食うことであり、それをしないでおくことで余ったパワーを、個体の維持に向けるのだから、それも分かる。
 だからかどうか知らないが、彼女は大変物覚えが良く、賢かった。
 しかし、芸を覚えるなどという無駄なことはしない。どうやったら出し抜けるか、うまく立ち回れるかということに、その知力のすべてを注ぎ込むようなヤツだった。
 散歩に行った先で他の犬に会うと、吠えもせずに普通の顔で尻尾を振る。
 相手は大概オスである。こっちがメスだからと安心して近づいてきたその首根っこに、いきなり噛み付き引きずり倒す。
 それを、とどめを刺さんばかりの勢いでやるのだ。毎回あわてて引き離すのだが、その後は無論平謝りに謝ることになる。中には本気で怒る飼い主もいたし、相手の犬が出血したこともあった。このため近づいてくる犬の飼い主には、必ず『噛みますよ』と警告するようになったのである。
 それでもフレンドリーな外見にだまされ、近づいてきて噛み付かれる犬はなくならなかった。
 出し抜いたのは犬だけではない。おとなしく散歩に行くと見せかけするりと引き綱をかわし、外へ逃げ出すなど朝飯前。
 いったん逃げ出したらもう捕まらない。
 追うと逃げ、戻るとついてくる。尻尾を振り振り、からかうように飛び回って自由を満喫する。エサでも釣られないし、叱っても脅してもなだめてもダメ。
 どうやって捕まえるかというと、もよおすのを待つしかない。
 一日繋がれていたわけだから、そのうち必ずどこかで小便か大便を始める。その瞬間に駆け寄って首輪をつかんで御用、である。
 だが、そのタイミングを失すると更に遠くへ逃げていく。
 特に俺がいない時、母や祖母だけで逃げられると、もうとんでもないところまで逃げていったそうだ。
 一度など駅前の大通りを派手に逃げ回ったらしい。そして通行してきた車の前で立ち止まった。なかなかどこうとしないものだから、業を煮やしたドライバーが避けてハンドルを切り、発進したところへなんと追い越し車線に路線バス。
 事故を誘発してしまったわけである。
 幸いなことに物損だけであったらしいが、一部始終目撃していた母は、知らん顔で帰宅。
 まあたしかに法律上、飼い主であるウチが罪に問われるかは微妙なのだが。
 帰ってみると、茶々もとっくに帰っていて、犬小屋から「何かあったの?」的な顔で出てきたらしい。
 そんなこともあって、ストレスを溜めないよう夜間敷地内を放しておくことにしたのは父の考えだった。
 我が家の庭と、隣接した三台分の駐車場は全体が百六十センチくらいのブロック塀に囲われていたから、安心して放せたのだ。防犯にもなって一石二鳥だと思ったものだ。
 だが、茶々は甘くはなかった。
 放すようになった年、冬は大雪だった。市内でも六十センチ以上の積雪があり、我々は深く考えずに敷地内を除雪した。
 除雪された雪は捨て場か無いので塀の方へ押しやることになる。
 どんどん積み上げる。どんどん。そして山盛りになった雪が塀の高さに達した頃、庭先に妙なモノが転がるようになった。
 子供のおもちゃ、焼き鳥の串、洗濯物、靴。
 それらが朝方になると落ちている。そして、どれにも茶々の歯形がくっきりとついていた。当然と言えば当然なのだが、雪山を登って塀を越え、出入りしていたようなのだ。
 朝になるとちゃっかり戻ってきてメシを食っていたあたり、図々しいというかしたたかというか。
 だが、これは一時的なことだ。雪が溶ければ元通り。もう塀を越えることはなくなるものと思っていた。
 ところが春になり、雪が完全に溶けても庭先に転がる妙なモノは減らなかったのである。
 一体どこから出入りしているのか? 謎ではあったが、逃げ出すのが夜間であったこともあり、なかなか出入りルートはつかめなかった。そしてついにある日、五件隣のパン屋さんから食パンを丸ごと一本盗んできて囓っているのが発見され、いよいよ放っておけなくなったのである。
 これ以上ご近所に迷惑もかけられないし、万一通行人に噛み付きでもしたら大変だ。
 とにかくそれらしい隙間を見つけては、ベニヤ板などで塞いでいったのだが、どこをどう塞いでもいつの間にか抜け出してしまう。ほとんど諦めかけていたある日、脱出法を目の前で見ることになった。
 その日は珍しく、俺は夜になってから門の外に出た。
 何しに行ったかは覚えていないが、買い物だったか祭りだったか、とにかくその辺にちょっと出るだけのつもりだった。
 すでに敷地内に放されていた茶々は、むろんついて来たがってキュンキュン鳴いたが、そんなものに付き合ってもいられない。俺は、むりやり中に茶々を閉じこめて歩き出した。そして門から出て数歩。
 信じられないことが起こった。
 百六十センチあるブロック塀。その上から茶々の顔がのぞいたのである。そして次の瞬間、俺の目の前に飛び降りてきたのだ。
 ジャンプして前脚を掛け、後足で塀を蹴って、それはもう見事に飛び越えたのである。
 茶々の体重は十五キロ。中型犬だが、シェパードやコリーのように手足がすらっと長いわけでもない。むろん警察犬としての訓練を受けたわけでもない。
 いったいどうやってこんな技を…………あっそうか、とその時ようやく俺は気付いた。
 雪は突然無くなったわけではない。
 次第次第に融け、ゆっくり山は低くなっていった。だが、茶々は外には出たい。だから毎日越えて行く。毎日飛ぶ。来る日も来る日も飛び越えて……ついには何もなくても飛び出せるまでに鍛えられてしまったのである。
 麻の種を撒いて毎日その上を飛び、ジャンプ力を鍛えるという忍者の修行と同じである。
 結局、父がブロック塀の上にさらに鉄筋とゴムで柵を作って、ようやく茶々の脱走は起こらなくなったのであった。
 
 かようにアクティブで頭が良く、病気ひとつもしなかった茶々ではあるが、老いには勝てなかった。
 十歳を過ぎた頃、何か目の奥に白い膜が見えるような気がし始めたのだが、これが白内障であった。
 白内障は急には進行しなかったものの、次第に動きが鈍くなっていき、十五歳を越える頃には、散歩に行く以外は日がな一日寝ているようになった。
 十六歳になった頃。茶々は突然立てなくなった。
 立とうとはするのだが、バランスがとれないのかどうしても立てない。車に酔うか、毒薬にでも当たったように口からよだれを噴き、唸るだけ。見ていると、一方に引っ張られるようにしてよろけていく。ちょうどぐるぐる回って目を回した人間がそうなるようだ。
 獣医に連れて行って分かったことだが、これは特発性前庭疾患というやつで、老犬に多い三半規管の異常であった。
 数週間で改善する場合が多い、とのことだったが、茶々の場合は結局そのまま立てなくなった。
 しかし、メシだけは今まで以上に食う。尿も糞もそのまま垂れ流すから、掃除が大変だったが、それも仕方がない。その頃は、屋根のある玄関先、コンクリの三和土に置いていたから、粗相をするたびに茶々を移動させて水で洗い流した。
 それでも臭いがこもって、玄関先はすごいことになったが。
 老犬用おむつってのも買ってみたが、すぐ破いてしまってうまくいかなかった。
 目が見えないくせに、いや目が見えないからか、周囲のことには敏感で近くにあるモノを噛み裂くので、その辺に物は置けなくなった。
 だが歩けないので散歩には行かなかったから、手間はその分かからなくなったともいえるかも知れない
 メシは普通以上に食い続けた。どんなに調子悪そうでも、昔ながらの味噌汁のぶっかけメシを、全て旨そうに平らげた。そして、ちゃんと立派な便を出す。
 ドッグフードはやらなかった。それが父の主義みたいなところがあったからだ。
 だが、それが彼女が長生きした、理由の一つだったかも知れない。
 そのままの状態で約一年。十七歳を迎え、十八歳になろうかという初夏、彼女は安らかに旅立っていった。
 仕事に行っていた俺は死に目には会えなかったが、埋葬には立ち会った。今時、敷地内に犬を埋める家はそう無いようだが、うちはそうした。
 不思議なことに、こうして思い出そうとしても立てなくなった頃のやつれた姿はあまり浮かばない。思い出すのは元気に走り回っていた頃の、抜け目なくて活動的で誰の言うことも聞かない茶々の雄姿ばかりである。
 雑種犬の良いところは、性格も姿形も唯一無二。二度と同じような個体には、会えないってことなのかも知れない。
 そういや、茶々以来、俺は雑種犬しか飼っていないな。
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