五、刑部姫の暗躍

文字数 3,846文字

 彦根の依頼を受けて数日後、「早二野」は先に求められていた茶運び人形の蒐集を果たすべく、深夜のビルに入っていった。「楽土蒐集会」が使っていたものとは随分と違う、小さな古い建物だった。エレベーターもない中を階段で進むと、たまに軋むような音が上がる。真木によると、ここは「蓬莱継承会(ほうらいけいしょうかい)」という最近出来た蒐集団体の施設らしい。
「しかし人っていうのは、よく蒐集のためだけに集まりたがるものだよね」
 電気を付けていない廊下を行き、治が呆れて零す。頼りになるのは、真木が慎重にかざす細めのライトだけだ。人の気配も物音もないが、油断は禁物とのことで見当を付けた部屋へ静かに向かう。
「『蓬莱継承会』は、『楽土蒐集会』にあった品を集めているみたいだな。『蒐集日和(しゅうしゅうびより)』じゃ、よく取り上げられている」
 他の三人が口を噤んでいるのも無視して、壁に手をやりつつ進んでいた白神が小声で話す。「蒐集日和」とは「新世界ワイド」と同じ会社が運営する、蒐集業界のニュースをまとめたアプリらしい。そこで仲間の誰よりも早く、白神は情報を入手していた。「蓬莱継承会」を徹底的に叩けば、椛たちも度々依頼人に求められる「楽土蒐集会」関連の蒐集がスムーズに行くかもしれない。そんな仲間の楽観に、先頭を歩いていた椛は振り返った。
「本当に、本当に? それじゃあ、今のうちに全部回収しちゃおうよ!」
「一度にそれほど多く蒐集できる訳がないでしょう」
 真木がライトを消して叱責する。どれが「楽土蒐集会」にあったものか完全に把握できていないのに、無茶をしてはならない。さらに大量の品が一度に盗まれたとなっては、「蓬莱継承会」も黙ってはいられなくなるだろう。そう懸念を告げる真木に対し、白神が何やらスマートフォンで調べようとしていた。画面から眩しく光が放たれ、暗い廊下の一部を照らす。
「ちょっと待ってくれ。『楽土会(らくどかい)』に何があったかは、前におれが調べて――」
「そんな暇はありません。早く蒐集を終えて、彦根さんの依頼に対する作戦を立てるべきです」
 真木が白神からスマートフォンを奪い取り、再び手元のライトを付けた。遅れを取り戻すかのように彼女は素早く目的の部屋を見つけると、忍び足で近寄った。
 蒐集の前に潜入先を調べ、どこに狙いの品があるかを探るのは主に真木の役割だ。今回も巧妙な技術で鍵を開け、部屋の中にある品を手に入れてすぐ終わらせるはずだった。だが四人が入室した先に置かれた机に、茶運び人形の姿はなかった。「楽土蒐集会」の施設にあったような棚もなく、床には絵などの作品を収めたとされる大小の箱が乱雑に保管されている。
「あの人形、どこかに移動されたのでしょうか?」
 侵入が気付かれないよう周りには手を付けず、真木が低く呟く。彼女によると、この建物は倉庫という機能を真っ当に果たす部屋がない。団体が設立されたばかりでルールも曖昧なのか、どこにどの蒐集品が収められているのかははっきり決められていないという。中には皆で会議を行うと思しき場に蒐集品らしきものを見掛けたとも聞いた。
 ざっと室内を確認し、この部屋に茶運び人形はないと判断される。ひとまず、上下の階含めて十数個はある部屋を一つずつ見ていくしかなさそうだ。そうして、四人が分かれて近くから探ることになった。真木に借りたライトを持ち、椛は隣の部屋を覗き込むが肝心のものはない。
「せめて集めたものはさ、一つの場所に置いといてほしいよね!」
 椛の愚痴に返す者は、誰もいない。各々が部屋の捜索に集中し、万一に備えて声を立てないようにしているのだ。前方を照らす光を眺めるのにも疲れ、椛が壁へ背を預けようとした時だった。
「お困りでございますか、ご主人様?」
 ここしばらく暮らしを共にしてきた者の声が外からして、椛は後頭部を打ちそうになった。音が出るのも気にせず勢いよく扉を開け、ライトの先を廊下でさまよわせる。やがて捉えた刑部姫は、黙る合図と共にこちらへ手招きをしてきた。戸をしっかりと閉め、なぜここにいるのか椛が尋ねても久遠は答えない。今日は蒐集をするとは言ったが、場所を教えてはいないはずだ。
 まだ誰も入っていない最奥の部屋へ、椛は案内される。既に鍵の開けられたそこには、周りと変わらず荷物が適当に置かれていた。だがライトを動かすうちに、教えられていた特徴を備える人形があると分かった。横を向いているそれは、赤い着物に身を包んで両腕を胸の高さまで上げ、小さな茶碗を置いた盆を持っている。肌の表面は白く、髪はおかっぱに切り揃えられていた。
 椛が人形をそっと運び出すと、刑部姫がいつの間にか仲間たちを呼び出していた。真木は椛の抱えるそれが依頼品だと確認しながら、急な来訪者からは距離を置いている。治も警戒を隠さず久遠をわずかに睨み、白神に至っては拳銃を向けている。彼らの態度へ恐れを見せず、刑部姫は丁寧に自己紹介を行った。
「……やっぱり、本当に人間みたいに見えるね」
「おれもこんなのは見たことがないぞ」
 感嘆する治に続けて、白神も改めて見る久遠に目を見張る。そして武器を片付けると、遠慮なく刑部姫の腕に手を伸ばしてきた。袖の上から肌の具合を確かめるように触れる白神に、久遠は表情を変えない。唐突な仲間の動きへ、真木が苦言を呈した。
「ちょっと、白神さん。いきなり女性を触るのは――」
「ああ、わたしたち久遠に性別という概念はありませんので、お気遣いなく。いくら乱暴な仕打ちをされようと構いませんから」
 さらりと告げる刑部姫へ、真木が怪訝な顔をしたように椛は思った。自分のものと確かめて、皮膚自体も人間と変わらないと認めた白神が手を離してから、刑部姫は「早二野」の構成員たちを見回す。
「少し時間を取り過ぎてしまいましたね。早く出ないと、正体を隠して契約している民間の警備会社が駆け付けるでしょう。まだ構成員も少ない組織ですから、むやみな戦いで犠牲を出したくないのかもしれません。蒐集業界と関係のない場所で、盗みを知られたくないでしょう?」
 すらすらと話す刑部姫を前に、椛は仲間と顔を見合わせる。確かにここを漁っていたことが人に知られれば、問題になることは間違いない。だがなぜ、刑部姫は自分たちも聞いていない「蓬莱継承会」の事情をこうして説明できるのだろう。
「意外と蒐集業界のことをよく知っているんだな、おまえ」
 外へ出るべく階段を下りるさなか、白神が言う。刑部姫は自慢げに微笑み、施設を出てからも思わぬことを話してきた。
「わたし、姫路好古のことも聞いてますよ。次はあの人の所へ、蒐集に行くんですよね?」
 冷たい風の中で白い息を吐き、椛は刑部姫を見つめる。人通りのない深夜の路地で、細い街灯に片手を添えてその周りを一回転する久遠は、姫路が住む部屋の番号だというものを明かしてきた。
「その番号、正しいんですよね? 『蓬莱継承会』についても、一体誰から――」
「真木ちゃん、ここは刑部ちゃんを頼ろうよ。真木ちゃんも楽ができるでしょ?」
 厳しい視線を久遠に向けている真木の肩を、椛はそっと叩く。わざわざこちらから調べなくて済むのは、忙しい真木にとっても良いだろう。治と白神にも刑部姫を信じるつもりか問うと、ばらばらに頷かれた。使えるものは何でも使うべきだと、特に白神は肯定的だった。やがて真木も、諦めて息をつく。
「……まぁ、中身が機械だというなら間違いも少ないでしょう。しかし久遠というのは、いつごろ生まれたんですか? わたし達の世界とはかなり進んだ場所で出来たとは思いますが」
「原型が出来たのは、だいたい百年近く前でしょうか。労働に勤しむ人間を助けるために誕生したのがわたしたちです」
 この世界でも問題になっている労働中の事故や過労死といったことを、久遠を作る人々は皆解決しようとしているのだ。機械部分が壊れても修理できる久遠には、原則として死が存在しない。人と同じ機構を持つ彼らは人の作業を忠実に再現し、永遠に仕事をこなす存在となる。高齢化や人口減少による労働力不足など、久遠が普及すればすぐ騒がれなくなるだろう。堂々と述べる刑部姫に、今度は治が問う。
「彦根さんの言っていた久遠研究所っていうのは、きみの言う風に久遠を広めたがっているんだろう? それは二条元家の件と関係ある?」
「いいえ、全く。あの人は極めて個人的な理由で、二条元家の久遠を作っているところです」
「……刑部ちゃん、姫路さんと知り合い?」
 椛の質問に、少し親交があるとだけ久遠は答える。そこで急に着信音が響き、誰のものか探らんと「早二野」の全員が互いを見やった。すぐに刑部姫が懐からスマートフォンを取り出し、話しながら街灯を離れていく。その方向をじっと眺め、今日回収した品は明日にでも郵送すると真木が告げた。返却が終わり次第、姫路のもとへ探りに行く。本当に刑部姫の言葉が正しいか、二条の製造は進んでいるのか確かめるそうだ。そう話を終えても、真木は遠くで電話をする刑部姫から視線を離さなかった。
「やっぱり怪しい。今日のことを教えたの?」
 椛が正直に答える中、白神も刑部姫を凝視している。ただ真木のように警戒を込めているのではなく、どこか興味を持っているようだった。やがて端末を下ろす刑部姫が、こちらへ戻ってくる。
「大事な話し合いはお済みですか? なら帰りましょうか。無駄な時間を使うのはもったいないです」
 口元を緩める刑部姫の笑みは、人間の少女とそう変わらなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み