1.偶然なのか運命なのか(3)

文字数 1,450文字

 私が笑ったからか、それまで硬い表情だった颯太が「あはは」と笑い声を上げた。

「ねぇねぇ、おにーちゃん」

「うん?」

「髪、まっ白だね。どこでたまてばこ開けたの?」

「え?」

 ーーうわ、何その質問! 恥ずかしいっ!

 保育園で最近読み聞かせのあった“浦島太郎”を思い出しているのだろう。

「あははっ、開けてないよ? お兄ちゃんは龍宮城には行けなかったから、自分で染めたんだ」

「ふぅん……?」

 颯太は分かったのかどうか曖昧な顔で首をこてんと傾げていた。

「すみませんっ。この子、普段は人見知りするんですけど……」

「いえいえ、大丈夫です。俺、昔っから動物と子供には懐かれるんで」

「はぁ」

 ーー何て言うか、凄く気さくな男の子だ。颯太もこんな風に育ってくれたら嬉しいな……。

 それから十分少々でエレベーターは動き始めた。聞き慣れた機械音を鳴らし、一階へと到着する。

 扉が開くと、管理会社のおじさんが二人いて「大変だったねぇ。大丈夫でしたか?」と労ってくれた。

「ところでお兄さん。コレお兄さんのキーホルダー?」

「え?」

 おじさんの手に乗った小型銃を模したキーホルダーを見て、学生さんはアッと口を開けた。

「あ、はい。俺のです。もしかして、コレが……?」

「そう。乗る時、キミ鞄挟んだでしょう? 外側になったキーホルダーが配線に引っかかって、止まっちゃったみたい」

 はいコレ、と手のひらに返されたそれを見て、学生さんはしょげた顔で私と颯太を見た。

「すみません。やっぱり俺のせいでした」

「いえいえ、そんなっ。もう済んだ事なので」

 申し訳無さそうにする彼が不憫で、掛ける言葉を探していた。

「ドンマイっ」

 颯太が学生さんの足をポンと叩き、とりあえずその場は笑いでやり過ごす事が出来た。

 初めて彼と出会った火曜日から二日後。

 鳴海くんとの二度目の出会いは木曜日の午後に訪れた。

 カンカンと音が鳴り、黒と黄色のバーが私の行く手を阻んだ。

 開かずの踏み切りと揶揄される場所で、私はその日、颯太と足止めを食っていた。

 一度閉まったら五分は絶対に開かない踏み切りで、ついため息が漏れた。

「うわぁおー、電車、電車ぁ〜〜っ」

 電車好きの息子がせめてもの救いだ。

 ーーん? あれは……。

 少し離れた前方に、見た事のある髪色が見えた。

「あ! ママっ、この間のおにーちゃんだよ!」

 颯太が彼に気付いていたのが意外で、ビックリする。

「こら、人を指差しちゃ駄目でしょー?」

 出来るだけ声のトーンを落として注意するのだが。学生さんは気付いていない様子だ。

 よくよく見ると耳にイヤホンを付けている。

 ーーあ、何だ。良かった、聞こえてなかったみたい。

 そう思った矢先、何故か後ろを振り返った彼と思い切り目が合った。

 私は場を取り繕おうと、苦笑いで会釈した。もしかしたら向こうはもう覚えていないかもしれないが、知っていて無視は出来ない。

 彼は、あ、と口を開け、ぺこりと会釈を返してくれた。ちゃっかり手を振る颯太にも、笑顔で振り返してくれて、私は再三頭を下げた。

 そして、三度目が金曜日の今朝。ゴミ捨て場で偶然にも、また彼と出会った。

 一軒家である私の実家と隣りに建つアパートは同じゴミ捨て場を使っている。

 指定袋に入れたそれをドサッと置いた時、頭上から「あ」と呟きが降ってきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み