3.偶然の帰り道(2)
文字数 1,645文字
言いながらいつも肩に掛けている黒い大きな鞄を下におろし、もう一つ担いだ細長い筒ーーアジャスターというみたいーーを鞄の上に置いていた。
アジャスターの中にはいつも買う模造紙を入れているそうで、家でも服の型紙を書いたりするのかな、と考えた。
走り出しの電車がガタンと揺れ、私はドア付近の手摺りにつかまった。
駆け込み乗車をした鳴海くんもすぐ側に立っている。車内がそこそこ混んでいるので、どうしても彼との距離は近くなる。
ーー鳴海くんって、背高いよね。175センチぐらいは……あるかな?
だったら私と二十五センチも違う。
って言うか、どこの香水だろう。このサッパリした香り、好きかも。レモンのような、グレープフルーツのような……。
無意識に鳴海くんをジッと見てしまい、「沙耶さん?」と急に声を掛けられた。
「あ。ゴメン、なに? ぼうっとしてた」
既に名前呼びも板に付いていた。
「え、あ、いや。ジッとこっち見てるから、俺なんか変かなって気になって」
鳴海くんは照れながら、白金の髪を触った。
「別に変じゃ無いよ。いつもちゃんとお洒落してて、偉いよね?」
「え……」
「あ。偉いって言うのは違うか。でも、身なりをちゃんとするのは、大事だよ。社会に適合するって意味で」
言いながら、何言ってるんだろうと思い、頬が若干熱くなる。私は視線を足元に落とした。
一駅だから、もうすぐ着くはずだ。
「颯太くんは、元気?」
「え……」
急な問いに言葉が詰まる。
「あ、うん。元気だよ、凄く。あの子四歳なんだけど鳴海くんの事、まだちゃんと覚えてるみたいで。時々、“たまてばこのおにーちゃん”の話するよ?」
「えっ! そうなんだ? 嬉し〜なぁ」
「うふふっ、鳴海くんの髪がよっぽど印象的だったみたい」
「ああ。プラチナブロンド? 俺も気に入ってるー」
ーーへぇ。プラチナブロンドって言うんだ。
そこで電車が降りる駅で停まり、私は鳴海くんとホームに降りた。
「これから颯太くん、迎えに行くの?」
「え?」
何の事だろう、と首を傾げると慌てて彼が言葉をついだ。
「あ、いや。保育園に預けてるのかなって、思って」
「ああ」
クスッと笑い、改札を抜ける。
「この仕事を初めてから、颯太のお迎えはお母さんに任せてるの。だからあとは家に帰るだけ」
「そっか」
いつものように自転車置き場へ向かうと、何故か鳴海くんも付いて来る。
「鳴海くんも、自転車なんだ?」
「うん。チャリだと便利だし」
「だよね」
どうしようかな。家の方向はほとんど一緒だし、じゃあ明日って言って自転車に乗るのは何となく失礼な気がする。
鳴海くんも自転車だから、彼が乗ったら私も乗る事にしよう。何気なくそう思って、自転車を手で押して歩く。
「……沙耶さんってさ?」
「えっ、なに?」
不意に話しかけられ、ドキッとする。
鳴海くんはまだ話し足りなかったのか、際どい質問を投げてきた。
「もしかして。結婚、してない?」
「え…….」
ーー何で?
真顔で表情を固めていると、鳴海くんが言葉を足した。
「その。指輪、してないからさ。学校の友達連中もそんな事言ってたし。
……あ! ほら。もう一人のお姉さんは指輪してるから」
「あー……うん。そうだね」
結婚の二文字に、私の心臓がズシリと重くなった。
鳴海くんが乗らないので、未だに二人で自転車を押している。
「あ、ごめん。もしかして、気にしてた?」
「ううん、違うの……って。違う事も無いか」
「え…」
「正直なところ、気にしてる。私、結婚歴も無いのに、子供がいて。シングルマザーだから。
颯太を産んだ事に悔いは無いけど、父親を作ってあげられなかったのは……やっぱり心苦しいの」
「そう、なんだ?」
うん、と頷くと、鳴海くんは無言になった。
アジャスターの中にはいつも買う模造紙を入れているそうで、家でも服の型紙を書いたりするのかな、と考えた。
走り出しの電車がガタンと揺れ、私はドア付近の手摺りにつかまった。
駆け込み乗車をした鳴海くんもすぐ側に立っている。車内がそこそこ混んでいるので、どうしても彼との距離は近くなる。
ーー鳴海くんって、背高いよね。175センチぐらいは……あるかな?
だったら私と二十五センチも違う。
って言うか、どこの香水だろう。このサッパリした香り、好きかも。レモンのような、グレープフルーツのような……。
無意識に鳴海くんをジッと見てしまい、「沙耶さん?」と急に声を掛けられた。
「あ。ゴメン、なに? ぼうっとしてた」
既に名前呼びも板に付いていた。
「え、あ、いや。ジッとこっち見てるから、俺なんか変かなって気になって」
鳴海くんは照れながら、白金の髪を触った。
「別に変じゃ無いよ。いつもちゃんとお洒落してて、偉いよね?」
「え……」
「あ。偉いって言うのは違うか。でも、身なりをちゃんとするのは、大事だよ。社会に適合するって意味で」
言いながら、何言ってるんだろうと思い、頬が若干熱くなる。私は視線を足元に落とした。
一駅だから、もうすぐ着くはずだ。
「颯太くんは、元気?」
「え……」
急な問いに言葉が詰まる。
「あ、うん。元気だよ、凄く。あの子四歳なんだけど鳴海くんの事、まだちゃんと覚えてるみたいで。時々、“たまてばこのおにーちゃん”の話するよ?」
「えっ! そうなんだ? 嬉し〜なぁ」
「うふふっ、鳴海くんの髪がよっぽど印象的だったみたい」
「ああ。プラチナブロンド? 俺も気に入ってるー」
ーーへぇ。プラチナブロンドって言うんだ。
そこで電車が降りる駅で停まり、私は鳴海くんとホームに降りた。
「これから颯太くん、迎えに行くの?」
「え?」
何の事だろう、と首を傾げると慌てて彼が言葉をついだ。
「あ、いや。保育園に預けてるのかなって、思って」
「ああ」
クスッと笑い、改札を抜ける。
「この仕事を初めてから、颯太のお迎えはお母さんに任せてるの。だからあとは家に帰るだけ」
「そっか」
いつものように自転車置き場へ向かうと、何故か鳴海くんも付いて来る。
「鳴海くんも、自転車なんだ?」
「うん。チャリだと便利だし」
「だよね」
どうしようかな。家の方向はほとんど一緒だし、じゃあ明日って言って自転車に乗るのは何となく失礼な気がする。
鳴海くんも自転車だから、彼が乗ったら私も乗る事にしよう。何気なくそう思って、自転車を手で押して歩く。
「……沙耶さんってさ?」
「えっ、なに?」
不意に話しかけられ、ドキッとする。
鳴海くんはまだ話し足りなかったのか、際どい質問を投げてきた。
「もしかして。結婚、してない?」
「え…….」
ーー何で?
真顔で表情を固めていると、鳴海くんが言葉を足した。
「その。指輪、してないからさ。学校の友達連中もそんな事言ってたし。
……あ! ほら。もう一人のお姉さんは指輪してるから」
「あー……うん。そうだね」
結婚の二文字に、私の心臓がズシリと重くなった。
鳴海くんが乗らないので、未だに二人で自転車を押している。
「あ、ごめん。もしかして、気にしてた?」
「ううん、違うの……って。違う事も無いか」
「え…」
「正直なところ、気にしてる。私、結婚歴も無いのに、子供がいて。シングルマザーだから。
颯太を産んだ事に悔いは無いけど、父親を作ってあげられなかったのは……やっぱり心苦しいの」
「そう、なんだ?」
うん、と頷くと、鳴海くんは無言になった。