第1話

文字数 2,374文字

まいったな。ほんま、まいった。俺もうあかんわ。この先人生どないして生きてったらええんやろ。また仕事辞めてもうた。まだ夏やのに、これでもう今年3社目や。31歳でまた無職や。20代の頃から辛抱強うなかったけど、ここまでひどなかったのにな。最近は、自分でもあきれるぐらいに投げやりや。どうしたらええんやろ?やっぱりもう死ぬしかないんかな。俺みたいなんが生きとってもしゃあないもんな。俺が死んでも誰も困らんし、誰も悲しまん。そうや死んだらええんや・・でも死ねるやろか?俺、根性ないからな。今までかて何度も自殺しようと思ったけど、一度も実行せんかったからな。でも今日こそほんまに死の、死のう・・このマンションも何回来たか分からんな。此処の踊り場から大阪の街見る度、もう一度頑張ろう思て、なんとかやってきたけど、もうあかん。今日で最後や。この柵さえ越えたら全て終わる。楽なる。もう苦しまんでええ。もう悲しまんでええ。もう生きんでええ。楽なる。楽に・・そや、死のう。さよならみんな・・あっ、やってもうた、俺、ほんまにやってもうた!何ちゅう事やってもうたんや、俺まだ死にたない、死にたない!誰か助けて、神様、神様助けて!俺まだ死にたない、助けて!何や今の光?えらい眩しかったな。あっ、飛んでる、俺、空飛んでる・・

んーっ・・俺死んだんか?此処何処や?地獄か天国か?俺が天国行けるわけないな。ほしたら此処地獄か。俺ほんまに死んだんか。何で俺、意識あんねん。死んでも俺って、俺なんか?あれ、此処ミナミやんけ、何で俺ミナミにおんねん。えっ嘘やろ、俺、間違いなく自殺したはずや。あのマンションから飛び降りたはずや。何で俺、難波の駅前におんねん。何んでや。俺、夢見てるんか。でも、この感覚はどう考えても夢やない、現実や。此処は確かにいつも来てる難波の町や。どないなっとんねん・・あっ眩し、何やあそこピカピカ光っとるやんけ、なんやあれ?ダンボールか、いや、オッサンや。ダンボールの中のオッサンが光っとる。ホームレスのオッサンが光っとるんや。オッサン、何で俺の事見とんねん。
「お兄ちゃん、自分さっき死んだやろ?」
その眩しい光に引き寄せられるように歩み寄ると、仙人のように立派な髭を蓄えたホームレスの老人は、顔中をしわくちゃにして、微笑みながら唐突にそう言った。
「えっ?」
なっ、なんやこのオッサンいきなり!俺が飛び降りるとこ見とったんか。いや、そんなはずない。あっこからミナミまで、急行電車で二駅もある。見えるはずない。夢や、俺、夢見てるんや。そや、ほっぺた抓ってみよ。いたっ、痛い、痛いやんけくそっ、嘘や、これ全部夢や、夢や。待てよ、もしかしたら此処やっぱり地獄かもしれん。そやけど、地獄に高島屋なんてあんのか。吉本新喜劇なんてあんのか?映画館もバス停もタクシーも、それにこのオッサン、たこ焼き食うとるやんけ。違う此処地獄やない、どう考えても此処大阪や、ミナミや、難波や。あかん、俺狂ってしもた。
「夢やないで、お兄ちゃん。自分は確かに死んだんや。そうか、飛び降りはったんか、そらご苦労やったな。飛び降りは体力使うから、しんどかったやろ」
「あほか、オッサン!何わけの分からん事ゆうとんねん!」
何やこのオッサン俺の心が読めるんか、あかん、俺やっぱり狂ったんや。こんなオッサン相手にしとったらよけいおかしなる。はよ、病院行こ。
「待ちい、お兄ちゃん!一回だけやで、一回だけや。自殺は一回だけ天神様がチャンスをくれるんや。二度目はないで。これだけはよう覚えとき、二度目はないで」
「天神様?何ゆうとんねんオッ、あっ、眩し、あれ?オッサンどこ行ったんや。オッサン、消えたやんけ?あかん、俺やっぱり、おかしなっとる」

自殺は一回だけ、天神様がチャンスをくれるって、どうゆうこっちゃ。ほしたら俺、ほんまに一度死んだんか。人間が二回も死ねんのか?そんなん、初めて聞いたぞ。それに神様てほんまにおるんか?確かに俺、飛び降りた時、神様に助けてくれってお願いしたけど、まさか、ほんまに神様助けてくれたんか。ほんまに助かったんか俺。そう言えば、あの時も今と同じような眩しい光見たな。あのホームレスのオッサンが神様なんか?まさか・・あかん、どないなっとんねん。とにかく頭冷やそ。そや、ひっかけ橋まで行こ。あそこまで歩いたら、これが夢か現実かはっきりするはずや・・心斎橋筋はなんも変わってないな。あの店も、この店も、普段の賑わいや。戎橋のネオンも、いつも通り派手に光っとる。それに、道頓堀の川もなんも変わってない。
「どないしたん、お兄ちゃん!道頓堀に飛び込むんは、阪神優勝の時だけにしときや!今年も我が愛しのタイガースは定位置の最下位!おかげでわしら風邪ひかんで済むわ。それとも何?ボーっと川眺めたりして、もしかしてお兄ちゃん暇なん?それやったらウチの店おいで、3千円ポッキリで、サービス万点の可愛いピチピチギャルと、朝まで楽しめまっせ!」
「・・ごめん。俺、今それどころやないねん。また今度、寄らしてもらうわ」
「またまた、そんな事ゆうて、今日ならお兄ちゃんの為、特別安くしとくで」
「今日は堪忍やで。今度ほんまに行くから」
「マジで?しゃーないな。店名はチキチキバンバン、忘れんといてや」
黒服の兄ちゃんのポン引き、阪神最下位。どれもこれも、いつも通りや・・それにチキチキバンバンゆうたら、そうや!半年前に行った、静香ちゃんのおる店や間違いない、あの店の名前、チキチキバンバンやった。そうか、俺生きとる。こんな事があるんや、俺、死んだのに、まだ生きてる!きっ、奇跡や。これは夢やない現実や。良かった・・俺、助かったんや。俺、死なんかったんや。神様が助けてくれたんや。俺、もう一度生きれるんや。良かった、ほんまに良かった。



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登場人物紹介

中島一郎、31歳のフリーター。物語の主人公。人生に行き詰まり自殺を図るが、眩しい光によって命を救われる。その後、龍神を呼ぶ不思議な青年、安弘と出会い生まれ変わる。

武田安弘、25歳。路上で絵を描いている青年。行方不明の彼女を捜している。龍神を呼ぶ不思議な力が有り、一郎と行動を共にする。

美幸、23歳。安弘の彼女。手芸が趣味で、将来、雑貨店を開く夢を持つしっかり者。いつも優しく微笑んでいる美人。

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