第4話

文字数 3,265文字

「一郎君!一郎君!」
「やすひろか?あっ、安弘、俺・・」
「良かった。ずっと目覚めんから、少し心配したで」
「・・龍や!そうや、俺、龍の背中に乗って、安弘お前も」
「うん。龍に乗った」
「それに、此処は?」
「此処は梅田みたい」
「梅田?ほんまや、それ、ナビオやな。それに、あれはヘップの観覧車や。なんでや?なんで俺ら梅田に来たんや?」
信じられない事に、目を覚ますと俺達2人は大阪の梅田にいた。どうやら、あの龍は安弘と俺を、大阪城から梅田に瞬間移動させたようだ。しかし、どうして梅田に来たのか?何か理由があるはずだったが、俺達には分からなかった。もう日が暮れかかっていたが、街は都会独特のむし暑さに包まれており、忙しく行き交う人達も、その暑さにうんざりした様子だった。中には、浴衣姿の女の子達もいて、その手に握った団扇を扇いで暑さを凌いでいた。突然の場所移動に、何が何やら訳が分からず戸惑う俺の目の前を、ネクタイ姿のサラリーマンが足早やに通り過ぎて行った。
(松下君、今日あたり、久し振りに、一杯どや?)
(今晩でっか?よろしおまんな、課長。今年はタイガースもよう頑張って、この時期まだ1位におるから、その祝いもかねて、いつもの店でパーッと行きまひょか、パーッと!)
「1位?安弘、今、あのサラリーマン、阪神1位ってゆうてなかったか?」
「うん、確かに、1位てゆうてた」
「昨日まで阪神最下位やったぞ。いきなり1位は無理やろ。それに・・なんか街の様子おかしないか?此処、確かに梅田やな。でもなんか違う。ちょっと待てよ、今此処夕方やな。大阪城におった時、夜とちゃうかったか?」
「え、そう言われたら、夜やったな」
「もしかして、俺ら過去におるんとちゃうか?」
「過去?」
「うん、どうも空気が違う。なんかおかしい。今日何日や?」
そう言いながら一郎は足元に落ちていた新聞を拾い上げた。
「やっぱりそうや!安弘、この新聞みてみ。ほら、ここ、この日付。これ、3年前や!信じられんけど、俺らタイムスリップしたんや!タイムスリップなんて漫画の中だけの話や思てたけど、ほんまにあるんやな」
安弘は黙ったまんま一郎の話しを聞いていた。
「でも、なんで3年前なんやろ?そやっ、安弘、確か、彼女の美幸さん、行方不明になったん、3年前やゆうてなかったか?」
「うん、3年前や」
「それや!その為に俺ら此処に来たんや。俺ら美幸さんを捜す為、過去に来たんや!今度こそ、なんか手懸かりがあるはずや。3年前、美幸さんがおらんようになったんと、俺らが梅田に来た事と、なんか関係があるはずや!」
「一郎君、あの最後の晩、俺、美幸と梅田で待ち合わせして、天神祭りに行ったんや」
「天神祭り?ほんまか?ちょっと待ってや。今日は・・思たとおりや、間違いない!今日、7月25日や!神様はおる。俺ら、その3年前の天神さんの日の梅田に、今いてるんや!安弘、きっと、美幸さんに会えるで。どこで待ち合わせしとったん」
「そこ・・」
「ヘップかいな!」
安弘の彼女、美幸さんが行方不明になった前日が、ちょうど3年前の、今日7月25日、これは偶然なんかではない。俺の祈りが天に通じたのだ。あの龍は安弘を美幸さんに会わす為、時空を遡り、過去の梅田に連れて来たのだ。俺達は駆け足で待ち合わせ場所だった。ヘップに入った。馬鹿でかい鯨のオブジェの周りには、何人かの若い男女が、いつものように、人と待ち合わせをしていが、
「安弘、早かったやん!」
「美幸!」
その中に浴衣姿の美幸さんもいた!

安弘は俺達をお互いに紹介すると、美幸さんと一緒に俺を天神祭りに誘った。久し振りに恋人と逢えて、とても幸せそうな安弘を見ていると、なんとなく、人の役に立ったような気がして、俺もとても幸せな気分になれた。俺達は、龍の背中に乗り、タイムスリップした事などすっかり忘れて、止まる事なく語り合った。美幸さんは安弘の彼女らしく、しっかりもので、とても気のつく、思いやりのある女性だった。俺はこんなに可愛い恋人のいる、安弘が少し羨ましくなった。美幸さんの趣味は手芸で、将来、自分の雑貨屋を持つのが夢であると教えてくれた。俺は美幸さんなら必ず夢を実現できると思った。人生に夢は必要である。人は夢を持つ事で、その人生を何倍も有意義に過ごせるからだ。
「へー、そしたら、一郎君の夢は小説家デビューなんや」
「でも、俺の小説、あんまり、おもろないから、無理やろうけど」
「そんな事ないよ。きっと、誰か読んでくれる。あたしは一郎君の書いた本を読んでみたい」
「ありがとう。そうゆうてくれると、嬉しい。俺、諦めんと、頑張る」
「そうよ、諦めたら終わり。諦めんとやり続けたら、必ずみんなに伝わる」
「うん、そやな」
人見知りする性格なので、普段はあまり初対面の女の子と話をする事はないが、美幸さんには、これが初対面と思えぬほど、気楽に話しをできた。しばらく賑やかな阪急東通り商店街を楽しみ。その後、扇町公園を抜けて、まだ大阪の下町情緒を色濃く残した、日本一長い天神橋商店街へと入った。商店街は天神祭りの為、すでに黒山の人だかりだった。その群衆は大川に架かる天神橋を目指す人達で、家族連れ、カップル、若者、お年寄り、ありとあらゆる層の人達が、この日本三大祭りの一つである、大阪天神祭りを楽しんでいた。俺達もその人波に身をまかせた。不思議なもので、こうゆう時の混雑は全く気にならない。普段は混雑が嫌いで極力、人の多い所は避けて生活しているが、祭りの時の人混みは、むしろ、温かく、なんだか心地良かった。やっぱりいくら強がっても、人間は一人では生きてゆけないのだ。3人が天神橋に着く少し前に、花火が打ち上がり始めた。俺は何年振りかに見る花火に感動した。そして、今、此処にいる誰もが、生きる事の悲しみ、苦しみ、淋しさを忘れて、この花火に酔いしれているのだなと思うと、なんだか、とても、みんなが愛しく思えた。人間、背負った悲しみは皆同じである。苦しいのは俺だけじゃない。淋しいのは俺だけじゃない。泣いているのは俺だけじゃない。そう思うと、今までしてきた百億もの自分の過ちに気づかされた。俺は懺悔しながら、天神橋の上から、安弘そして美幸さんと一緒に、温かい人混みにもまれ、真夏の夜空に美しく光輝く花火を見上げた。そして鮮やかに光り輝いては、都会の空に一瞬で消え去る、色とりどりの花火を眺めながら、人の儚い命について考えた。はーっ、ほんまに綺麗や。この花火をもう一回見れるやなんて、俺はほんま幸せもんや。死にたいなんて、罰があたる。良かった、ほんまに良かった。死なんで良かった。ありがとう、神様。ありがとうございます。ほして、ごめんなさい。我儘ばっかりゆうて、ほんま、ごめんなさい。俺、心入れ替えて頑張ります。

安弘と美幸さんも寄り添いながら、夜空に美しく咲く花火を見上げていた。二人共、ほんとうに幸せそうだった。その姿はまるで夢と希望に溢れる、若い新婚夫婦のようだった。そして時おり、こんな美しい祭りを見れて感無量の俺に、ずっと昔からの友達のように、優しい眼差しを向けてくれた。常に孤独な俺には、その眼差しはとてもありがたかった。ほんとうに幸せな一瞬だった。そう、人生は辛い事ばかりではない。よく思い出せば、輝かしい一瞬もたくさんあった。小学生の時、地区の野球大会で打った逆転ホームラン。中学生の時、当時、付き合っていた女の子とした、初めてのキッス。高校生の時、手こずりながらも、なんとか手にした卒業証書。電気屋時代、その高さに震えながら取り付けた、梅田スカイタワーの航空障害灯。どれもこれも良い思い出である。そうや、よう考えてみれば、俺の人生も悪い事ばっかりやなかった。ええ事もぎょうさんあった。なんで忘れてしもとったんやろ。いつのまに人生の悪いとこばっかり見るようになっとたんやろ。この花火みたいに、俺の人生も輝いた瞬間があったんや。一瞬やったかもしれん。でも、確かに輝いたんや。人の一生て、なんか花火に似てるな。
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登場人物紹介

中島一郎、31歳のフリーター。物語の主人公。人生に行き詰まり自殺を図るが、眩しい光によって命を救われる。その後、龍神を呼ぶ不思議な青年、安弘と出会い生まれ変わる。

武田安弘、25歳。路上で絵を描いている青年。行方不明の彼女を捜している。龍神を呼ぶ不思議な力が有り、一郎と行動を共にする。

美幸、23歳。安弘の彼女。手芸が趣味で、将来、雑貨店を開く夢を持つしっかり者。いつも優しく微笑んでいる美人。

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