第5話

文字数 2,628文字

無常と言う言葉がピッタリの、花火のフィナーレを迎えた時、中ノ島の上に数万人のため息が木霊した。今まで、ひとつだったその群衆は、また、それぞれの明日へと歩み始めた。俺達3人は、大阪天満宮にお参りに行く事にした。その由緒正しき神社の境内につくと、同じくお参りに来た人達で少し混んでいたが、祭りの後の余韻に浸れて幸せだった。古い賽銭箱の前に、安弘、美幸さんと一緒に並んでお祈りをすると、とても安らかな気持ちに成れた。俺は、生まれて来た事、愛すべき家族を持てた事、友達に、安弘と美幸さんに会えた事、そしてなによりも、今、ここに、生きている事の幸せを天神様に伝えた。
「一郎君、このお守り、もらってくれんかな。さっき、美幸と2人でこうたんや」
「えっ、いつのまに」
「これ、あたしが選んでん。気に入ってくれるかな?一郎君は、きっと、緑色が好きやろうと思って」
「なんで分かったん?」
「フフッそれは内緒。苦しい時や、悲しい時は、これを見て、今日の日の事を思い出してくれたら嬉しいな」
「ありがとう、安弘、美幸ちゃん」

ツルルルー、ツルルルー、ツルルルルー、
ツルルルー、ツルルルー、ツルルルルー、
お守りを受け取った時、いきなり俺の携帯電話がケタタマシク鳴った!
ゲッ、なんや、俺の携帯がなっとる。どうしよう、誰や?えっ、おかんや。
「もっ、もしもし、俺や」
「もしもし、一郎、あんた、今、どこにいてるの?さっきから何回も電話してたのに、全然つながらんかったよ!」
「どこって、今、俺、3年前の梅田に居るんや」
「3年前?なにゆうてんの、あんた、また、お酒飲んで酔っぱらってるの?」
「いや、酒なんて飲んでない、ほんまなんや」
「いい歳して、いいかげんに、しっかりしなさい!それより、さっき、おばあちゃんが亡くなったんよ。明日、都島のお兄さんの家で、お通夜するから、あんたも来るんやで」
「えっ、おばあちゃんが?だっておばあちゃんは3年前に・・」
母親からの着信で、祖母が亡くなったと言う知らせだった。どうやら、過去に持ってきても、携帯電話は使えるようだ。人類の創り出した文明とは、なんとも物凄いものである。母からのその電話で、俺は3年前の夏、肺炎でしばらく入院していた祖母が、天神祭りの日に亡くなった事を思い出した。祖母は101歳の大往生だったので、母のショックもさほどでもなかったが、やはり自分の母親を亡くすのは、年齢とは関わりがなく悲しいのだろう、母の電話の声はその悲しみを隠しきれなかった。3年前、あの日の俺は、給料日だったこともあり、バイト帰りの駅前で、スナックを何軒かハシゴして飲んだくれており、祖母の不幸を知ったのは、不孝行にも翌朝だった。もう、これで、間違いない!半信半疑やったけど確実や。今、俺ら、ほんまに3年前におる。俺らほんまに、3年前にタイムスリップしてるんや。奇跡や!でも、どないして、未来にかえんねん?俺達、帰れるんか。俺が新たな事実に直面していると、安弘がふいに指を差した。
「一郎君、あれ」
「あっ、あの神輿や!なんで、こんなとこに!」
安弘の差す方向を見ると、そこには、あの大阪城の神輿があった。あの神輿や!なんで、こんなとこにあんねん?そうか、この神輿、天神祭りの神輿やったんや。天神さんの神輿やったんや。天神様はほんまにおるんや!その時、あの光の玉が、神輿の屋根から、勢い良く飛び出した!あっ、眩し、うわあ―、また、龍や!安弘、美幸ちゃん!うわあーー

大阪天満宮で再びあの光に包まれ、目を覚ますと、今度は飛び降り自殺を試みた、あのマンションの踊り場に戻っていた。・・此処、あのマンションやんけ。なんや夢か?俺、夢見とったんか?全部、夢やったんか・・なんや、夢やったんや。俺、自殺すんのビビッて、気い失なっとたんや。そうか夢やったんや。ええ夢やったな。あれ?なんやこれ?こっ、これ、、お守りや!安弘と美幸ちゃんにもろた、緑のお守りや!やっぱり夢やない。夢にしてはリアル過ぎる。このお守り、間違いない、これは確かに、安弘と美幸ちゃんにもろたもんや!・・ほんまや、ほんまに起こったんや。そうや全部ほんまや。あれは正真正銘、龍の背中やった。夢やない。今、はっきり分かる。夢やない!嘘やない!俺は龍の背中に乗って空を飛んだや・・飛び降り自殺から生還後、俺は心機一転、植木屋の仕事を見つけて、毎日忙しく働き結構充実した日々を送っていた。思い通りに行かず落ち込む事も、もちろんあるが、もう、死にたいなどとは、これっぽっちも思わなかった。あの難波駅の仙人の話では、自殺は一度だけ、天神様がチャンスをくれるらしい。天神様は、俺にそのチャンスをくれた。だから、二度と馬鹿な真似はしない。残念ながら、安弘と美幸さんにはあれ以来会えないが、俺は2人がこの大阪の街のどこかで、幸せに暮らしている事を信じている。そして、今年の天神祭りの日、つまり祖母の命日、俺は少しご無沙汰していた、大阪市都島区にある母親の実家である、叔父の家に顔を出した。居間の仏壇に飾られている、3年前、101歳と言う長寿で他界した、祖母のカラー写真。その隣で優しく微笑む、太平洋戦争に行き、25歳と言う若さで亡くなった、祖父の古いモノクロ写真・・祖父の写真・・それを見た瞬間、俺は言葉を失った。なぜなら、そのモノクロ写真の青年は、正しく、安弘その人だった!

やっ、安弘!・・そうやったんか・・おじいちゃんやったんや。それに、美幸て・・おばあちゃんの名前や。ごめん、おばあちゃん、俺、気がつかんかった。そうやったんや・・おじいちゃんと、おばあちゃんが来てくれたんや。おじいちゃんと、おばあちゃんが俺を助けてくれたんや。きっと、神様が、俺のために、天国から二人を呼んでくれたんや。まいったな・・おじいちゃんと、おばあちゃんやったんや・・まいった。ありがとう、ほんま、ありがとう。今、俺、心の底から生まれて来て良かったって思える。この大阪に生まれてほんま良かった。おじいちゃんと、おばあちゃんの孫で、ほんま良かった。ありがとう、おじいちゃん。ありがとう、おばあちゃん。命、ありがとう。俺、もう一度頑張る。もう一度生きる。2人からもらったこの命、大切にする。おじいちゃんと、おばあちゃんに授かったこの命、大切にする。ありがとう。ほんま、ありがとう。おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。命、ありがとう。
緑のお守り、ありがとう。

<完結>

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登場人物紹介

中島一郎、31歳のフリーター。物語の主人公。人生に行き詰まり自殺を図るが、眩しい光によって命を救われる。その後、龍神を呼ぶ不思議な青年、安弘と出会い生まれ変わる。

武田安弘、25歳。路上で絵を描いている青年。行方不明の彼女を捜している。龍神を呼ぶ不思議な力が有り、一郎と行動を共にする。

美幸、23歳。安弘の彼女。手芸が趣味で、将来、雑貨店を開く夢を持つしっかり者。いつも優しく微笑んでいる美人。

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