怖いの。

文字数 1,016文字

 貴方を欲しい。

 でも、貴方を求めるなんて私にはできやしない。

 貴方に幸せになって欲しい。

 でも、貴方を幸せになんて私にはできやしない。

 貴方の目線を辿ってみたら、貴方の好きな人が分かってしまった。貴方がいつも目で追っているのは深いブラウンの瞳を持つ、おっとりとした女の子。

 分かりやすい人ね。

 でも、話かけないの? 彼女ったら貴方のこと全然気付いて無いわよ。

 でもそれは――、私も同じか。

 貴方は私のこと気付いてないわよね。教室の片隅に佇む私のことなんか。

 私は誰にも見えない存在。この世の理から外れてしまった、謂わば幽霊という存在。

 気がついたら学校にいた私。もう3ヶ月くらい経つかしら。それ以前の記憶は全く無いのだけれど、貴方が好きなことだけは知っていた。多分ずっと以前から……。

 教室には空席が1つ。誰も話題に出さない席は、多分私のもの。そんな気がした。

 貴方が好きという感情は、きっと持たない方が良いものなのよね。だって私、きっと貴方から離れられなくなっちゃう。それがいけないことなのを、私はちゃんと分かっている。

 なのに、

 私は3ヶ月の間、教室の片隅から貴方のことを眺めることを辞められなかった。

 これじゃいけない、分かってる。だから、私は意を決して彼の机に歩み寄った――。

 黒板を眺める貴方の前髪が、柔らかく眉毛の上でカールしている。触れられたらどんなに良いだろう。こんなに目の前にいるのに、私は彼に触れられない。いや、違う。本当は触れるのが怖いだけ。

 一生懸命黒板を見つめてはノートに板書を写す彼を、私は暫く見つめてから、彼の机の角に置かれた消ゴムをポトリと落とし、コロコロ床の上で転がした。行く先は彼の斜め前の席――おっとりとした彼女のところまで。

 案の定、彼女は消ゴムを貴方に拾ってくれた。照れたようにはにかむ貴方が可愛い。

 でも、なんでかしら。

 貴方が照れたように笑って、彼女にお礼を言う姿を見てたら、流せるはずもない涙の感覚が私の頬をつたった。

 貴方の幸せを願っているの。
 貴方が喜ぶことならなんだってしたいの。

 でも貴方のその微笑みが私に向けられることは決して無くて、それはブラウンの瞳の女の子のための特別なもので……。

 私の胸はこんなにも苦しい。

 私、怖いわ。
 貴方をこんなに好きなことがとっても怖いの。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み