都会の喧騒が嫌になった
文字数 2,245文字
無人島に俺は来た。
きっかけはあの日――仕事で失敗して上司にこっぴどく絞られた日だ。俺は都会の喧騒の中であくせく働くことに嫌気がさした。
だからその週の土曜日、俺は海に赴いた。安月給を貯めて買ったバイクを走らせて。
海に到着すると、潮の香りを纏った風が気持ちよかった。眼前には水平線の彼方まで青い海がずっと広がっている。
ゆらゆら揺れる海の端っこを、俺は歩いた。波や風に転がる無数のこの砂は、海に揉まれて細かくなって、こんな所まで行き着いてしまったのだろう。僕は感触を確かめながら一歩一歩踏みつける。引いては寄せる波が俺の足元を濡らした。
ふと立ち止まって海と対峙すると、波が引いて足場が崩れて行く。何とも言えない不安が俺の胸をざわりと撫でた。俺は再び歩き出す。
トボトボ
ザッパン
トボトボ
ザッボン
波の音を聞きながら歩いていたら、段々なんだか、俺の悩みはちっぽけだなと思えてきた。
悩みがちっぽけだなと思えてきたら、今度は俺自身の存在が、ちっぽけだなと思えてきた。
そうしたら俺は、居ても立ってもいられなくなり、その辺にある誰のものかも分からないサーフボードを拝借して、海に出た。
波が俺を容赦なく襲い、何度も押し戻されそうになるが、どうにか沖に出ることに成功する。
ザッブン ザッブンと揺らされながら潮の流れに身を任せ、もうどうにでもなってしまえと僕は叫んだ。
生物が遥か昔の原始の海で誕生したとなれば、その海に命を預けて朽ちていくのは当然のことのように思われる。
けれど、運が良かったのかはたまた悪かったのか、俺は無人島に流れ着いてしまった。
俺は無人島に来ている。
海だか神だかが生きろと言っているのだろうか?
そう言っているのなら無人島なんかじゃなくて、文明のある土地に流されたかったような気もするが、まあ取りあえずは生き延びたことを海に、というかサーフボードに、感謝する。
そしてこれからどうするか俺は考えた。無人島の海岸には色々な漂着物が流れ着いている。なんとか生活できるかもしれない。
とにもかくにも――
身体を拭こう、と布的なものを探した。
漂着ゴミを漁ってみたら、おんぼろの布や大量の木材の他に、刃物やビニール袋、ペットボトル等のプラスチック容器、発泡スチロールに断熱シート等……意外と文明的なものを手に入れることに成功した。
島内を散策すると木の実的なものも発見する。鳥が食べてるから俺だって食べれるだろうと口に含んだら、酸っぱかった。
けれど、味を思い出したら、自分が空腹なことに気がついた。木の実を一粒二粒……どんどん口に投げ入れた。酸っぱくても美味しかった。
人間というものは極限状態になれば意外となんとかなるようで、いつかテレビかなんかで見た記憶や昔習った理科の知識――微かな情報を総動員して、俺はなんとか火を起こして真水を手に入れることに成功した。
住む家だって雨風しのげそうな洞窟を見つけてしまえば、海で見つけた発泡スチロールと断熱シートを使い葉っぱを敷き詰めると、簡易的なねぐらを作ることもできた。
なんだか秘密基地を作っているみたいで、自分の王国を作っているみたいで、俺は童心に返って楽しんだ。
そして夜になる。
俺はここを無人島だと思っていたわけだが、もしかしたら人がいるのかもしれない。闇夜の中で誰かのすすり泣く声がしばらく響いて聞こえてくるのだ。俺以外の人間の存在の可能性、それは何故だか俺に希望を与えた。
翌日俺は、食料調達がてらにすすり泣きの正体を探すことにした。島全体に響いていたすすり泣きはその位置を把握することは難しかったが、島を捜索していればその内その正体にバッタリ出くわすだろうと高を括っていたのだ。
しかしその日は誰にも遭遇しなかった。
夜には再びすすり泣きが島を反響する。明日こそ、と俺は思った。
けれど、次の日もその次の日もすすり泣きの人には出会えなかった。
無人島生活を始めて数日のうちは、すすり泣きの声が俺に期待と喜びを与えてくれたわけなのだが、こうも毎日すすり泣かれると次第に気味が悪いと思えてきた。
もしや幽霊?
ふと持ち上がった想像に背筋が震える。
ある満月の夜に俺は、月明かりが結構明るかったので、すすり泣きの正体を捜索することにした。
洞窟を出てみると、島中に響くすすり泣きの大体の方角が何となく分かった。ゆっくり俺は忍び足で進みながら、一体すすり泣きの正体はどんな人間はたまた魔物かと想像を巡らした。心臓の鼓動がドクドクと身体中を震わせる。
暫く森の中を歩く。ジリジリ歩く。すると、森を抜けて海岸に出てしまった。ゴツゴツとした岩場があって、崖も切り立つそこは、普段あまり使わない海岸だった。そこには――
誰もいなかった。
しかし代わりに、足元から風が立ち、ヒーヒー音を立てていた。周囲の岩場からもヒーヒーと叫びが聞こえる。
真相はこうだ。多くの岩が重なった岩場では岩と岩の隙間ができるし、大きな1枚岩にもヒビなどで隙間ができる。そこを夜中の風が良い塩梅に吹き抜けて、まるで誰かがすすり泣いているかのような音を島に響かせていたのだった。
真相を知って俺はがっくり来てしまった。
無人島生活も慣れてしまえば、都会の喧騒は懐かしく思える。
きっかけはあの日――仕事で失敗して上司にこっぴどく絞られた日だ。俺は都会の喧騒の中であくせく働くことに嫌気がさした。
だからその週の土曜日、俺は海に赴いた。安月給を貯めて買ったバイクを走らせて。
海に到着すると、潮の香りを纏った風が気持ちよかった。眼前には水平線の彼方まで青い海がずっと広がっている。
ゆらゆら揺れる海の端っこを、俺は歩いた。波や風に転がる無数のこの砂は、海に揉まれて細かくなって、こんな所まで行き着いてしまったのだろう。僕は感触を確かめながら一歩一歩踏みつける。引いては寄せる波が俺の足元を濡らした。
ふと立ち止まって海と対峙すると、波が引いて足場が崩れて行く。何とも言えない不安が俺の胸をざわりと撫でた。俺は再び歩き出す。
トボトボ
ザッパン
トボトボ
ザッボン
波の音を聞きながら歩いていたら、段々なんだか、俺の悩みはちっぽけだなと思えてきた。
悩みがちっぽけだなと思えてきたら、今度は俺自身の存在が、ちっぽけだなと思えてきた。
そうしたら俺は、居ても立ってもいられなくなり、その辺にある誰のものかも分からないサーフボードを拝借して、海に出た。
波が俺を容赦なく襲い、何度も押し戻されそうになるが、どうにか沖に出ることに成功する。
ザッブン ザッブンと揺らされながら潮の流れに身を任せ、もうどうにでもなってしまえと僕は叫んだ。
生物が遥か昔の原始の海で誕生したとなれば、その海に命を預けて朽ちていくのは当然のことのように思われる。
けれど、運が良かったのかはたまた悪かったのか、俺は無人島に流れ着いてしまった。
俺は無人島に来ている。
海だか神だかが生きろと言っているのだろうか?
そう言っているのなら無人島なんかじゃなくて、文明のある土地に流されたかったような気もするが、まあ取りあえずは生き延びたことを海に、というかサーフボードに、感謝する。
そしてこれからどうするか俺は考えた。無人島の海岸には色々な漂着物が流れ着いている。なんとか生活できるかもしれない。
とにもかくにも――
身体を拭こう、と布的なものを探した。
漂着ゴミを漁ってみたら、おんぼろの布や大量の木材の他に、刃物やビニール袋、ペットボトル等のプラスチック容器、発泡スチロールに断熱シート等……意外と文明的なものを手に入れることに成功した。
島内を散策すると木の実的なものも発見する。鳥が食べてるから俺だって食べれるだろうと口に含んだら、酸っぱかった。
けれど、味を思い出したら、自分が空腹なことに気がついた。木の実を一粒二粒……どんどん口に投げ入れた。酸っぱくても美味しかった。
人間というものは極限状態になれば意外となんとかなるようで、いつかテレビかなんかで見た記憶や昔習った理科の知識――微かな情報を総動員して、俺はなんとか火を起こして真水を手に入れることに成功した。
住む家だって雨風しのげそうな洞窟を見つけてしまえば、海で見つけた発泡スチロールと断熱シートを使い葉っぱを敷き詰めると、簡易的なねぐらを作ることもできた。
なんだか秘密基地を作っているみたいで、自分の王国を作っているみたいで、俺は童心に返って楽しんだ。
そして夜になる。
俺はここを無人島だと思っていたわけだが、もしかしたら人がいるのかもしれない。闇夜の中で誰かのすすり泣く声がしばらく響いて聞こえてくるのだ。俺以外の人間の存在の可能性、それは何故だか俺に希望を与えた。
翌日俺は、食料調達がてらにすすり泣きの正体を探すことにした。島全体に響いていたすすり泣きはその位置を把握することは難しかったが、島を捜索していればその内その正体にバッタリ出くわすだろうと高を括っていたのだ。
しかしその日は誰にも遭遇しなかった。
夜には再びすすり泣きが島を反響する。明日こそ、と俺は思った。
けれど、次の日もその次の日もすすり泣きの人には出会えなかった。
無人島生活を始めて数日のうちは、すすり泣きの声が俺に期待と喜びを与えてくれたわけなのだが、こうも毎日すすり泣かれると次第に気味が悪いと思えてきた。
もしや幽霊?
ふと持ち上がった想像に背筋が震える。
ある満月の夜に俺は、月明かりが結構明るかったので、すすり泣きの正体を捜索することにした。
洞窟を出てみると、島中に響くすすり泣きの大体の方角が何となく分かった。ゆっくり俺は忍び足で進みながら、一体すすり泣きの正体はどんな人間はたまた魔物かと想像を巡らした。心臓の鼓動がドクドクと身体中を震わせる。
暫く森の中を歩く。ジリジリ歩く。すると、森を抜けて海岸に出てしまった。ゴツゴツとした岩場があって、崖も切り立つそこは、普段あまり使わない海岸だった。そこには――
誰もいなかった。
しかし代わりに、足元から風が立ち、ヒーヒー音を立てていた。周囲の岩場からもヒーヒーと叫びが聞こえる。
真相はこうだ。多くの岩が重なった岩場では岩と岩の隙間ができるし、大きな1枚岩にもヒビなどで隙間ができる。そこを夜中の風が良い塩梅に吹き抜けて、まるで誰かがすすり泣いているかのような音を島に響かせていたのだった。
真相を知って俺はがっくり来てしまった。
無人島生活も慣れてしまえば、都会の喧騒は懐かしく思える。