第5話

文字数 1,242文字





 西尾維新はデビューから戯言シリーズを完結させるあたりまでは〈萌え殺し〉の異名を取っていた。知っての通り、戯言のノベルス本には、扉絵くらいにしかイラストは付いていない。だが、文章を読んだだけで「可愛い」、当時の言葉でいう「萌えキャラ」が矢継ぎ早に登場する。みんな、「キャラが立っている」のだが、即座に、惨たらしい方法で殺されてしまう。可愛い女性キャラに、一切の容赦がなかったのだ。それで、付いた名前が〈萌え殺し〉であった。
 その西尾維新は、2002年にデビューする。デビューした当時から、「西尾維新はTYPE-MOONから強い影響を受けている」と呼ばれていた。
 第一作『クビキリサイクル』で『月姫』のメイド姉妹を想起させる双子メイドを出すのは露骨に影響を受けているのを隠していないか、またはリスペクトでオマージュを捧げている、と解釈も出来るが、血や臓物がぐちゃぐちゃ出る描写は、講談社ノベルスの伝統でもあり、一方で『月姫』、また、電撃文庫の上遠野浩平『ブギーポップ』シリーズを思い浮かべた読者は当時、多かったはずだ。
 そういうことで、この僕の文章の冒頭で「『月姫』のメインヒロイン、初登場直後、惨殺されるのである。バラバラにされるのだ」ということを書いたが、ここで当時のサブカルチャーの大きな流れをつかめるし、僕は美麗グラフィックで血の池に沈むバラバラ死体を観て、ゼロ年代の〈あの頃〉の〈狂騒〉を思い出すこととなったのだ。


 アンダーグラウンドから一気にメインストリームに躍り出て、世間を席巻(あ、ここ洒落だから笑うところね)することっていうのは、頻繁にある。今、語ってきたことはアンダーグラウンドカルチャーであり、そのアングラコンテンツが表舞台に出てきてメインカルチャーを浸食し、変革を齎す話だったのは、おわかりだろうか。


 日本の、純文学のフィールドでは、絶対に欠かせない存在になって後年語られることになるであろう作家のひとりに、斎藤綾子がいる。彼女の奔放な性の物語である『愛より速く』は、初出は『宝島』だそうだ。完全にサブカル仕様である。ほかにも、女性物書きでも、名前は出さないがいわゆる「自販機本」にエッセイを連載したところからキャリアを始めたひともいる。また、用語にしてもオタク(当時の表記はひらがなでおたく)という言葉を生み出したのは『漫画ぶりっ子』という漫画雑誌のコラム上で、である。中森明夫という男性である。その雑誌からは悲劇の漫画家となってしまった岡崎京子が出てくる。ほかにも菜摘ひかるなど、「外せない作家たち」がアンダーグラウンドで出てくることは多く、大衆は表舞台に出たあとの上澄みのみを観るから、知らないことが多いだけだ。ネットが普及し、過去を参照できるとしても、〈洗練されたあと〉の彼ら彼女らをこそ愛するパターンも多いので、別にウィキでもたどれるこの話を僕は自慢げに語りたいわけではないことは、わかっていただきたいところだ。

 では、話をもうちょっとだけ続けよう。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み