第1話 川辺優希

文字数 984文字

「よし死のう。」30歳目前にして3年間付き合った相手に振られ川辺優希は呟いた。どこへ行くにも何をするにも彼に連絡をし、一緒に暮らすための貯金も200万程だが貯めていた。このまま、プロポーズをされるそう思っていた。その矢先の出来事だ。「疲れた、もう別れてほしい」その後彼から連絡はぱったりと来なくなった。何度も電話をかけたが繋がらず、彼が一人暮らしをしていたアパートも訪ねたがもぬけの殻になっていた。生きる目標がなくなったのだ。

優希は窓を開け自室のベランダに出た。真夏だが夜風が冷たい。辛い、胸にぽっかりと穴が空きその穴に冷たい夜風が吹き通っている様だった。明日から生きていく自信がない。生まれ変わったら今度は素敵な男性と結婚しよう。

ベランダの塀に足を掛け飛び降りようとした。
「優希辛かったね、でももう大丈夫だよ。29年間も生きてこれたんだ。大丈夫まだ死ななくていいんだよ」とどこからか声が聞こえた。


気のせいだろうか?ベランダから自分の部屋を振り返る。机の上には掌に収まる程の大きさのタコのぬいぐるみが置いてあった。優希には3つ下の妹がいた。その妹が去年大阪へ旅行に行った際貰った土産のぬいぐるみだ。確かにそのタコが優希に話しかけてきたのだ。そんな馬鹿げた話があるはずがない、そもそもぬいぐるみが言葉を発するなんてーー。

「優希、大丈夫だよ」再びタコが言った。29年間の出来事が走馬灯のように頭の中を巡った。思えば諦めた事ばかりだった、挑戦する前から母や友人に否定され何一つ自分で成し遂げた事がなかった。自分は何も出来ないそう思い込んでいたのだ。

そんな自分を彼は愛してくれていた。その存在が突然目の前から消えた。初めて他人と心を通わせ、彼の事を母から悪く言われても一緒にいたいと思った。結婚は成し遂げることは出来なかった。しかし、自分で決めて3年間彼と付き合って貴重な体験が出来たのだ。別れる形になったが彼との3年間は楽しく毎日充実していた。生きてさえいれば
自分で選んで進んでいけばまた楽しい思い出が出来るかもしれない。


優希は机の上にいるタコを見て「応援してくれる?私まだまだ挑戦したいことが沢山あるんだ」と言った。
「応援してるよ」とタコが優しく返事をした。
ベランダの窓を閉め、タコの頭を撫でて布団に入った。

ーーこれから何をしよう、何のために生きようか。

そっと目を閉じた。
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登場人物紹介

川辺優希

主人公 29歳の女性。実家で暮らしている。

タコ

妹に貰った大阪土産のぬいぐるみ。

3年間付き合ったが振られた。

その後音信不通。

優希の母

川辺紗耶

優希の妹 家族思い。

優希の父

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