第16話 内藤への手紙 3

文字数 13,103文字

かなりキツ目の言葉が紡がれます。ですがこれは個人に向けた手紙ですので気を付けて下さい。略すと個手気ですね。よろしくお願いします。

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「続き行くぜ」

「はいっ!」

『私は自転車通勤で、散歩しているお婆さんに見られた事があります。時間的には30m位前方で彼女が私を発見してから通り過ぎるまでずっとでした。まあ、あまり良い気分ではありませんでしたね。何か用がある訳でもなく凝視されていた訳ですから……その時、近くに知り合いのお爺さんが居て、挨拶をしてたのに、そのお爺さんには目もくれずに私の方を優先して見てきました。そう、老人と老人では何も起こらない。故に、若い人と関わり合いたいと無意識で見てしまう。その瞳には優しさが込められている様に見え、ついそれに油断し話しかけてしまいそうになります。ですがこれは老人の狡猾な罠です。もし、その気持ちにうっかり応えてしまったらどうなるか? それを説明します。
例えば、万が一罠にハマり、老人とお友達になったとします。まず話をしますね? すると……幾つもの違和感が浮かんできます。
それは、世代の壁にぶち当たるという事。戦争の話、疎開の話、防空壕での話。そして自分の病気の話。そして過去の武勇伝等々を嬉々として話す方々なのです。聞きたい聞きたくないに関わらずそれらを聞かされる羽目になります。ただこれは私の経験談です。勿論他の老人がどうかは分かりません。これは、会社の忘年会であなたが入る前に居た、60過ぎの課長と言う肩書の老人がしていた話です。忘年会の始まりから終わりまで2時間30分をぶっ通しでね。すごい喋るなあと感心したと同時に、早く終わらないかなとも思っていました。何故ならこの話ね、全く面白くないし、嫌な気分になります。確かに、

【その人しか体験出来なかった貴重な体験談】

と、言う方もいますけど、戦争の事なんて私は知りたくありません。それは間違いなく人が死んだ事を目の当たりにした生々しい話ですし、グロ耐性がない私はそれを聞いただけで吐いてしまいそうになります。そしてそれはもう二度と起こらないと信じ行動しないといけないし、二度と起こさない様に努めなくてはいけない物。その話を沢山の人が聞けばそういう物があるという事を知り、人の本質は残酷な物なのだと思ってしまうし、起こっても仕方ないと思う様になってしまうのです。そしてもし緊急事態が起これば、武器を取る者が続出すると思うのです。縄文時代を知っていますか? あの時代は1万5千年も争いが起こらなかった時代なのです。それは、争おうと言う人が誰も現れなかったからです。通貨もなく物々交換でもそれだけ長い間平和を保てたのです。そこから考えると、運悪く経験したからと言って、そういう話を積極的にしない方がいいと思うのです。江戸時代まで鎖国を保っていたこの国が、明治に変わった途端突然他国を責める野蛮な国に変わってしまった。どう考えても不自然だと感じます。まるでリーダーが変わってしまったかの如く……まあこの辺の話は陰謀論だとかで片付けられそうなので控えますが、この国には今まで闘争心の高い方は多くはなかった筈なのです。勿論帯刀した武士もいました。ですが武士道精神に則り、無益な殺生はしなかった筈です。そもそも農作物や発酵食品を愛し、菜食主義で血の気の薄い民族が、時代が変わった直後にどうしてここまでの変化が起こったのか不思議でなりません。話はそれましたが、どう考えても戦争の事など誰も知らなくていい内容なんです。知れば知るほど憂鬱になります。ですが、小学校から戦争で負けた国は○○に支配されたとかそういうのを教えるんです。テストに出るからそんな無駄な知識も覚えなくてはいけない。
勿論起こったきっかけも教えますけど、ほんの少しです。本来そこを掘り下げて二度と同じ過ちを起こさないように教えるのが大事だというのに……そして、戦勝国が敗戦国の人に行った拷問の話など聞いてごらんなさい。人はここまで残酷になれるのか……と言う内容を多く聞く事になりましょう。それを聞いて爽やかな気持ちになれるでしょうか? 人生は有限です。そんな事を脳内に留めつつ生きる必要は無い。ずっとその事が頭にちらつき、会う人会う人に、人って怖いんだという強迫観念を抱きつつ生きる事になる。人を疑いながら生きるのって辛いともいませんか? そして、それを見た第三者も、こいつ臆病だな。と、思う事でしょう。自分が被害妄想で勝手に怯えている姿ですが、それは見た相手にも決して良い印象を与える事はないのです。だから知らないままでいいんです。こんな事を積極的に知りたいと思う様な人は間違いなく頭がおかしいと感じてしまいます。
病気に関してもそう。これは老人毎に体質が異なるので様々な病気にかかります。加齢に連れ、免疫が下がるから殆どの老人が一ヶ所は狂い始めます。医療で生かされている老人もいます。そして、話す時に耳が悪いと分かるのは少し会話をして聞き取れないのを確認した時。そう、若い人と話す時はそんな事一切気になりませんが、老人の場合それをまず見極めてから話をしなくてはいけないのです。これも時間の無駄ですよね? 勿論五体満足の老人もいますけどそれは珍しい事なので期待薄です。それをこうやって克服したとか辛かった時にはこうしたら痛みが和らいだ等色々教えてくれますが、自分もその病気にかかるとも限りませんし、実際かかった時に覚えているかと言えば疑問です。万が一自分がその老人が語った病気になったとしても、その治療法はその老人のみに効果のある方法だったとも言えなくもない訳で、それと同じ方法を試すのはあまり得策とは言えません。病院で医者に教えて貰った方が適切と言えるでしょう。医療に関する知識は老人から一回聞きかじったところで覚えている訳もないのです。
最後に武勇伝です。これも苦手です。過去に成し遂げた偉業を、どれ程凄い人間だったかという事を詰めに詰めた自画自賛の言葉を楽し気に語ります。多分本当でしょうけど携帯にその写真を入れておらず一切見せてくれません。なぜ写真に残さないのかと質問したら、笑顔から急変し、はぐらかされました。それじゃ信憑性はないですよね。私はその場に居た訳でもないので尾ひれを付けて話している可能性も高いという事です。口だけならどうとでも言えますからね。それに、それの真偽はどうあれ自慢話はどうフォローしようがつまらないです。
でも、それしか記憶にないからそれを空気も読まずに喋り続ける。ですがこれら全ては、他人を不愉快にさせる内容だと思うのです。自分はすごい経験をしてきた稀有な存在なんだと少なからずあるのでしょうね。そういう類の話は私自身すごく嫌いで、聞きたくもないし言いたくもないのです。老人達は大きな勘違いをしていますが、覚えているから話していいという物ではないのです。勿論この一例だけで老人全てに該当するとは思えませんが、同じ老人であるあなたも身に覚えありませんか? 例えば、若者の腹筋の話をした時に、

『そうなんだね』

と納得して終わるだけでは終わりません。老いた身でありながら、白髪色の脳細胞で、君はそういうけれども自分だって凄いんだぞ! と、いう嘘を言い始めます。そう、確か内藤さんも、腹筋の割れた若者の話を聞き、凄いねと素直に褒める事がどうしてもできず、無謀にも対抗し、まんまると太った外見で、三つに割れているという嘘の武勇伝を語っていませんでしたか? 多分あれは三段に積み重なっている様を、年老い、死滅しつくされた脳で解釈する場合、腹筋が割れていると確信してしまったのかもしれませんね。おまけに、笑顔で話し、つられ笑いを目論みましたが誰にも伝わりませんでした。憐れですね。面白くもない嘘という最悪の内容。老人って変に負けず嫌いなんですね。

『そうなんだね』

『凄いね』

では終わらせたくないんです。嘘をついてでも張り合おうとします。
他にもあります。これは食事会の時の話になりますが、会長が東京まで運転してくれました。彼はあなたの上を行く80過ぎの老人です。ですが自分はもう年だし運転は他の人に任せるよと一切言わずに快諾してくれました。しかしハンドルを握る手は震え、寝てもいいと促されたが恐怖で眠れず、死の恐怖を味わいながらのストレスの多き食事会となりました。そうなんです、老人は自身に過剰に自信があるんです。本当に後先考えないですよね。自分が運転する事で、周りに恐怖を与えている事実に気付けないのですから……当然この話も、話し手も聞き手もいい気持ちで終わる内容ではありません。恐怖と不安を与えるだけ。
私は他人と会話する時、決めている事があります。それは、相手のメリットになる事、もしくは笑える、喜んでくれる、後は聞いてスカッとするような話だけをする。という事です。もし笑いになるのならば自分が失敗してしまった話もします。会話という物はそれだけ伝える物だと思っています。それ以外の話はしなくても良いとまで考えています。ですが老人は何故かそういう話をしてくれません。老いさらばえ、枯渇した感性からは面白い話は捻りだせないという事でしょうか? いいえ? しっかりとそういう話を常にしていれば肉体より先に感性が朽ちる事は無いでしょう。ただ、脳を使わな過ぎて衰退しただけです。自分の経験した事だけを話すだけではただの甘えです。自分が話した事で相手がどう思うか。それを第一に考え、その結果悲しんだり嫌そうな顔をすると想定出来るなら、その話題をするべきではないとストッパーを掛けています。もしその話が事実だとして、それを聞いてくれた人が悲しい表情や、辛そうな表情に変わってもいい気分にはなりません。
喜怒哀楽。人間は幾つかの表情を作る事が出来ますが、自分がこれから会話をする相手にしてほしい表情なんて喜、楽。だけで良くないと思いませんか? 怒った顔、悲しそうな顔になってほしいでしょうか? それが老人には出来ないのです。覚えているからそれを全て喋ってしまう。結果、

『辛かったですねえ……』

『お気の毒でしたねえ……』

『なんて嫌な話だ! 許せない!』 

『うわあ……凄い方と知り合う事が出来て光栄です……!』

等の言葉を相手に話させ、一緒に過去の悲しみや憤り、栄光を共有する。その時間本当に必要でしょうか? 非生産的過ぎると思いませんか? 私は生産性の鬼ではありませんが、それでもその行為自体は必要ないと断言します。人生は有限ですからね。出来るだけ笑顔でいたいじゃないですか? ですが老人は意図的にそういうジャンルのみを厳選し、伝えてくる不愉快製造機と言い換える事も可能です。そして今度は私が話そうとしても、大抵の老人は耳が遠く、何度も同じ事を言わなくてはいけない。そして聞き返す時に聞く、

『はあ?』

『あんだってえ?』

と返してくれます、この言い方、表情も汚らしく、皺が酷く、直視すると良い気分になれないです。でもそれをしっかり聞きたいという欲求から傍に近づいてくるものですから堪った物ではありません。ですがそう言う細かな気遣いなどは出来る筈も無く。パーソナルスペース平気で乗り込んでくる。何度も聞き直す事で、低下した脳で理解するまで無償で際限なく提供してくれます。ありがた迷惑以外の何物ではない。結果、必要以上に大きい声を出し、聞き返される度にイライラしていくという事です。そして、耳が劣化しておらず私の声が聞き取れる老人が存在したとしても、古い事はよく知っていますが、現代の技術や、今起こっている事に関しては疎いし、勉強もしてくれないから理解もしてくれない。もう年だから新しい物なんて覚える必要なんかないというスタンスから歩み寄ろうともしてくれない。再びイライラする。そして、旅行先で、一緒に歩いて移動する場面も、遅すぎてそれに合わせて歩かなくてはならず、三度目のイライラを体感する。
しまいには大幅な年齢差からほぼ確実に老人が先に逝ってしまいます。そこでもまた悲しみが発生する。別れと言う悲しみが。と思いつつ付き合っていたら意外と長生きで中々逝ってくれず、前述した苦労を長い事味わう事になる。内藤さんも足を引きずって歩いてくれていた事があったのに、すぐに完治し、すたすた歩いていましたよね? あの時本気で

『治っちゃったのかよ』

と悲しみで枕を濡らしました。やっと壊れてくれる。崩れてくれる。と、本気で感動し、初めてあなた別れる事が出来るという実感が明確に湧き嬉しかったんですけど、マジでぬか喜びです。この詐欺師老人ゾンビめ!』

「辛いね」

「本気でへこんだ。いつまでここに居つくんだよって、ぶつけ様のない怒りが全身を包んだ」

『老人とずっと付き合うと、どんな老人に関わらず時間と反比例し、好意は下がっていきます。これはもう私の中では絶対です。故に後半になるにつれ、

『何で俺、こんな奴とずっとプライベートの時間まで一緒に過ごさなければいけないんだ?』 

と言う気持ちが強くなってきます。そして老人は老人で加齢に連れ、自分がいずれ死ぬという事実をなるべく意識しない様になります。これも、若者を見る同様で、本能から来るもの。意識しなければ回避不可能です。確実に来ると分かっていても見て見ぬ振りをする。そうなると、プラシーボ効果か? 不思議と長く生きる事が出来てしまうのかもしれません。そしてそれを見た若者は、その積りに積もったストレスも合いまりうっかり……

(こいつ、しぶといな)

とうっすらと思い始める。そして、心の中で、

(ハッ、何で俺はこんな酷い事を考えてしまったんだ)

と、自己嫌悪に陥る。これら全ては老人と軽い気持ちで関わり合った結果招いた悲劇です。この悩み、老人と付き合っていなければ一切感じる事のない事です。うっかり気を許した結果。人生に大きな無駄が生まれます。若者よりも遥かに能力が無く、未来も無い老人に関わってしまったが故にです。人生は有限なのに……そして、若い時期というのはその人物の中で最も尊い時間なのに……考えて欲しいのは、そのきっかけを作ったのは誰かという事です。それは、ほぼ100%老人が作りだし、そこから仲良くなる事がほとんどです。そう、若者から自主的に仲良くなる訳でなく、老人が長年費やし編み出した会話術の末、いつの間にか若者の意思で仲良くなったと錯覚されただけ。コミュニケーションは高いし、若者を積極的に求める訳ですから、それに疎い若者は自然な流れでこうなってしまうのです。無駄に高いコミュ力を生かし、若者を騙し仲良くなってしまうのです。後先考えずに……数年先は棺桶なのに、その事は意図的に見て見ぬ振りしようと自らの意思で行っているのですから……若者側はそれをあまり覚えておらず、ほぼ感じる必要のない罪悪感に苛まれるという無駄に繫がる訳です。だから、こいつしぶといなと思ってもいいと許すべきです。これは、あちらから見切り発車で寄ってきた割に、大して楽しくもなく、日数に正比例して

【順当に】

嫌いになった結果です。生きた時代が大幅にずれた人達とずっと仲良く出来る人の方がおかしいのです。家族でもない限り、老人と付き合うのは止めるべきと胸を張って言えます。だからその思いは自然な流れと確信し、気にする必要はありません。ですが、まだ死なないと自信がある老人はまだましなのです。それは、もう未来が無いと自覚している老人もいる訳で、そうなると恐ろしいのはもう先もないんだし、そんなタイミングでインフルエンザにでもかかってしまったら……

『よし、出来るだけ多くの一般人にこれを伝染してから死のう』

と昼時の食堂に入り咳を撒き散らして客や従業員を感染させるという無差別テロを思い付く老人もいるのです。実際ニュースにもなりました。最後に大きな事を成し遂げ、華々しく散ろうと言うおかしな考えに至る方もいるんです。恐ろしい話ですよ……死なば諸共。神風特攻隊を知っている世代ですから命と引き換えに何かしたいと国の為に散っていった者達の行動に触発され、自分の命を賭しますが、やっている事は国の為でも何でもなく大勢に迷惑をかける。神風特攻隊の目的と真逆の事をやって死んでいく

【テ老人】

なんです』

「テ老人か……こわいね」

「これ以上の恐怖はないよな」

「しかし結構書くね」

「ん? ああ自分でもどんだけ書いてたねんって心で突っ込みながら読んでるわw」

「気にしないでいいよww」

『後が無ければ後先考えず大暴れ、そしてそれを忘れている老人も若者と仲良くしようと積極的に動く。どちらも厄介だと思いませんか? 百害あって一利無しです。もしお金持ちの老人と仲良くなれば色々奢ってもらえるし、孫が異性でかわいい老人と付き合えれば、その孫といい関係になれるかもしれませんが、そんな老人と出会える確率は稀でしょう。そういう老人からは声を掛けられる事は無いと言えますね。老人は沢山溢れ返っていますが、特に、積極的に話してくる老人は現状に不満がある老人ばかりだからです。若い人と仲良くならなければ現状は満足できないという理由から来る訳ですから。
もし、お金もあり可愛い孫がいるならばそちらに目を向けると思いませんか? だから若者は老人の傍、特に積極的に話しかけてくる老人には余程の事がない限り近づくのは止めた方がいいと思うのです。それにこんな話をご存じでしょうか? お金持ちは積極的に若い人と会う様にしていると言われています。理由は若い人に囲まれるだけで気持ちも肉体も若さを維持出来るというデータが出ているという事です。お金があるから若い人を沢山呼んでパーティーを開くというのです。もしそのデータが本当なら……老人に囲まれて楽しく話し合ったとしても、囲まれた人は急速に老化してしまうのではないか? と思えてしまいませんか? ですから老人との関わり合いは人生の無駄と言うだけでなく肉体の老化まで招いてしまうという観点からも推奨できないと言う事です。その中でも最も酷い老人は内藤さんだという事を付け加えておきますね。それをしっかり自覚し、若者が近くに来たら走って逃げて下さいね?』

「そんな事考えて老人と話した事なかったなあ」(ロウ・ガイとか凄くかっこいいと思ってるし。今でもね)

「まあ俺の体験した話だからな。老人全てがそうでないとは信じたいぜ」

「うん」

『内藤さんもいつもは桑名君に厳しく接し、必要と感じたら怒鳴って、厳しい老人先輩を演じていましたが、やはりその習性には逆らえず、見てしまうのでしょう。老人は何故若い人を見るという事実を老人自体も分かっていません。それは、暗闇でハエが電灯に群がるのと同じです。ゴキブリが常に物陰に隠れるのを我慢出来ずに時々人前に姿を現して、羽ばたいて威嚇してくるのと同じです。そう、これは老人の習性ですので、意識しなくては絶対に逆らえないのです。いえ、これはもはや病気です。習性ではなく老人に変わったら次々と掛かってしまう病気です。さしずめ老年性若見症(ろうねんせいじゃくけんしょう)と言ったところでしょうか? でもね? 病気だからと言って皺まみれの顔で見続けられた時に相手がどう思うか位分かって欲しいんです。今老人だと言えど若かった頃、その当時老人だった方々にしっかりと見られて来た筈なんです。それが嫌だ! と思った経験さえあれば、自分が年老いた時に、

(若い子は私の様な老人に見られたくないだろうな……)

と言う優しき気持ちが芽生え、その習性すらも凌駕し、積極的に若い子を見る事を意識を持って避ける様に努める筈。優しければ優しいほどそれは顕著に現れます。ぼうっとしていれば勝手に目が若者を追い求めてしまいますからね。
ですが見てしまう老人と言うのは、その苦しみを忘れてしまっただけでしょう。実際は見られて苦しかったのにも関わらず、50年と言う長い年月が忘却させただけ。記憶力がないという事の現れです。まあ、あなたに関しては、若い頃も非常に醜かったから、老人にすら見る価値の無い存在と判断され、見られて苦しむという経験が0だったのかもしれませんね。だから若い人は老人に見られるのが嫌と言う概念が欠如し、平気で見てしまうのでしょう。若い頃に老人に見られる事なく過ごせたのは間違いなくあなたの醜さからくる物です。醜く生まれて良かったですね。更には自分が怒鳴ったり叱ったりしていて桑名君には有利と言う思い込みがあるせいか、堂々と見てしまうのでしょうね。そのアドバンテージを有効活用し、本能の赴くままに若い人を見放題で幸せだった事でしょう』

「かなりの量の名誉棄損ワードが入ってるけど訴えられない?」

「大丈夫だ。この内容は永遠に内藤と俺以外の人間に伝わる事は無いだろう。仮にこの手紙を誰かに見せたら奴の捏造もバレちまう」

「ああ、そうだよね!」

『本来老人は若い人を見てはいけないんです。若い人を老化させ嫌な気分に陥らす事を得意とする種族なのですから。
目線は武器です。凶悪な凶器です。目線と言う言葉は、線と言う漢字が入っています。
光線は光の線、鉄線は鉄の線だとすると目線は、目の奥、脳から発せられた考えや気持ちが籠り、その後に目から発せられる物と考えられます。優しいまなざし、例えば母が息子や娘に向ける眼差しは聖なる属性と言えます。色で言えば黄色や金。それを感じ向けられた子供も喜んでくれます。でも、老人が若者を見る線の属性は、

【邪】

もしくは

【闇】

です。色は漆黒。そう、老人が若い者を見る時に籠る気持ちとは一つのみ。

【若い肉体、羨ましい。お前には必要ない。俺によこせ】

と言う身勝手な思いが籠った飛び道具なのです。そんな気持ちが籠った目線で見られた彼はどう思ってくれると思うでしょう? まさか

『内藤さんが見てくれた……ありがてえ』

とでも思ってくれていると思ってるのでしょうか? 思い上がるのは止めて下さいね? これはただの二択です。喜んでくれているか困っているかのね。おまけに理不尽な理由で怒鳴り散らし、内容が空っぽな上、押し付けがましい説教を繰り返す。まさかこの説教が、力強く優しい良質のコンテンツで、俺の器の大きさを分かってくれただろう? と、勘違いしてるんですか? 太って黒くてしわくちゃで、怒りっぽくて口が臭い。皮膚のただれたボロボロが、邪悪な目線でジロジロ見る』

「語感が良いww」

『こんな一切尊敬出来ず、外見が最悪の男に見られて喜ぶ人間はいないです。あなたの家には鏡が無いんですか? それとも鏡を通り掛かる度に醜いクリーチャーが映るという怪現象に腹を立て、見る鏡見る鏡割っているんですか? 違うんです! それ、あなたの姿なんです。いい加減現実を受け止めましょうよ。プラス私に関しては裏で捏造を毎日行うと言う内面までもクソな男。と、言うポイントも追加されます。そう、世間一般に映る姿は茶色の優しそうな老人。ですが私からしたら、

【見掛けは汚く、太っていて、性格も悪く、年老いた焦げ茶色】

なんです』

「色wwwww」

『こんな男に見られて喜ぶのはクソだけです。長く生きてる割にそんな簡単な二択すら解けないんですか? 豚は歩け』

「唐突にwww」

『そんな身勝手な事を続けた結果、あなた程度の男よりも遥かに大切な後輩が去っていきました……

【見つめるだけで正社員を辞めさせる】

と言う悪魔のスキルを使用してね。あなたは人類……いいえ悪魔類初のとんでもない事を成し遂げてしまいました』

「悪魔類w」

『これからもそんな悪魔は現れないでしょう。収入源を断ってでもこの悪魔の視線から逃れたいという気持ち……よっぽど長時間見続けたのでしょうね可哀想に……私は今あなたに対する憎しみが増幅しています。アルプスの少女カイジちゃんもあなたに質問していましたが、どうしてなかなか死なないんです? いつ死ぬんですか? これ程まで酷いと理解できる脳さえあれば、確実に自分から死を選ぶ筈なんですよ? もしや脳の入っている筈の空間に、オカラでも詰まってるんですか?』

「おからw」

「ここは本来牛のフンにしようともしたがさすがに躊躇ったw」

「おからは優しさだったのねwwww」

『ですのでなるべく早めにして下さいね?』

「逆に鈴木さんが死んじゃったんだよね……」

「ああ、そして内藤はまだ生きてる筈だ……」

『私は彼と話す時、彼の目を見て話を聞いてましたが、嫌がられた事はありませんでしたよ? ですが内藤さんに見られた事は、私の様に本人に

【嫌だから見るんじゃないこの老人!】

と直接伝える勇気が無かった為、私や専務、他にも沢山の人間に相談してでも止めさせたいと思う程に苦しんでいました。同じ二つの目。なのに片方は見られても平気で、片方は見られる事ですら苦痛。この差は何だと思います? これは年老いているかそうでないかの違いなのです。年老いた人間から見られ続ける事は、若い人からしたら寿命を少しずつ奪われている感じになるのです。老人は

【見たい】

若者は

【見られたくない】

の、戦いがずっと続いているのです』

「そんな戦いが水面下で起きていたのね……」

「何度も言うが俺の経験上での話だがな」

『私は、

【〇〇が見て来るんですよ】

と言う相談を人生で初めてされました。ですが、私は老人に見られるデメリットをしっかりと知っています。だから桑名君が悩む理由は十分分かっていました。が、桑名君も初めての経験で戸惑いながらも本能的にあなたに見られる事が死ぬほど嫌だと気付くに至ったのでしょう。老人の発せられる邪を、私程ではないけれど若い感性で感じ取れたという事。そして相談するまで悩んでも、それでもあなたは見続けた……彼が壊れるまで……正直許せないですね。どうしても見る必要性はありましたか? 本当に仕事を中断しても見なくてはいけなかったんですか? ただでさえ仕事が遅いのに、何故よそ見出来たのですか? 相談するという事は相当見て来たという事でしょう? 結果、本来仕事時も桑名君と話せる筈だった時間が消え、代わりにあなたと話す危険性が増えてしまう訳です。最悪です。あなたは桑名君が受け持つ分の仕事が増えて幸せだったと思います。でもあなたは捏造を誤魔化し生き延びていて安心しきっていますけど、結局高齢である事には変わらないので、残り数年で消える存在なのですよ? よくそんなまったりと仕事が出来ますよね。恐らくその事実を見て見ぬ振りをしているんですよね? 老人は見て見ぬ振りをしますから。ですがしっかりとその時は近づいてきています。そうです、

【老人真っ盛りで片足棺桶絶賛入り中】

であるにも関わらずあなたは、数年で消えるという事を自覚していらっしゃらない様に見受けられますね。例え定年一杯まで働けたとしても良くて3年でしょう? なのに、まだまだこの会社でやっていけるという謎の自信に満ち溢れているのです。その根拠の無い自信はどこから来るのですか? 確かに雇い主の社長や会長は生きている限りその会社にいる事は出来ます。でも従業員は幾ら足掻いても定年には逆らえません。何故そんな事すら分からないのです?」

「定年の事知らないのかしらねえ……」

「そうとしか思えない。恐ろしい事だが」

「で、あなたの実年齢からかなり乖離した幼稚な行動の結果、遥かに沢山働く事の出来る若い人を追い出してしまいました。これって会社としても困るのではないでしょうか? 少子高齢化が進み、老人なんて珍しくないんです。そこら辺を見渡せばゴロゴロ居ます。一人老人を見たら60人は居ると思え! と新聞にも書いてありましたよ? 若い人が入ってくれる事は今の時代貴重なんですよ? 少子高齢化が続いた結果、就職氷河期なんて消滅したんです。会社が余って労働者が足りなくなってきています。それを示す有効求人倍率も既に1を上回り、労働者側が企業を

【選べる】

時代に変わりつつあります。それに最近はテレワークとかネットでもビジネスは出来るんですよ? なのに何故、その流れに逆らって現場に出てくれる勤勉な若い青年を必要以上に怒鳴り散らしたり、用もないのにジロジロ見たりして追い出したのですか? どう考えても老人のあなたが消えた方がいい。あなたが居なくて困る事は一つも無い。そういえば桑名君の送別会。出てませんよね? どうしてでしょう? もう見る事が出来なくなったら用済みと切り捨てたのですか? 好きなだけ見続けて、居なくなると分かったらポイですか? 最低ですね。それとも桑名君が余計な事を言うかもしれないから姿を隠した? 辞める理由は内藤に見られたからと大勢の前で暴露されたら恥ずかしいですもんね。それを聞いた人は、

『え? そんな事で……いや、そんな事が起こったら俺もこの会社には居られないよ』

『そういえば顔が肛門みたいで気持ち悪いし。あ、印籠の黄門様じゃなくてリアルの肛門ね?』

『口内が黄色すぎて会話もするのも嫌だし、一緒に仕事なんかしたくないよ』

と口々に声を上げ、あなたは顔が真っ赤になるのが目に見えています』

「ねえ、桑名君は何で見られる様になったかは話してた?」

「分からないって言ってたぜ……まあ俺は知っていたが」

「ああ、睨んで撃退した結果、桑名君にターゲットチェンジを行ったんでしょ?」

「そうだ……それは申し訳ねえと思っている。だが奴が次のターゲットを用意していて、尚且つその人物が桑名君になるなんて夢にも思わなかったからな……もう誰も見ないと思っていたらなあ……まさかターゲットを変えてまで見る事を諦められんかったのかあのカス……で、それを分かっていながら冗談で、

『見初められちまったかあ?』 

ってとぼけた感じで言ったら、

『そんな事言わないで下さいよ!!』

って本気で怒っていた。目を大きくして怒鳴った感じで……その勢いに圧倒されたな」

「鈴木さん……それ、最低よ……軽蔑するわ……」

「うう……ごめん」

「私に謝っても意味無いよ! そして、冗談でもそんな悪魔みたいな事言っちゃダメだよ……恐怖で心臓が破裂しちゃうよ……あんな奴に好意を持たれたら……寒気がする……ブル」

「悪いと思っている。じゃあ続き行くぜ!」

『若い人を追い出し自分の居場所を確保しようとする老人。傍から見たらどう思われるでしょう? 過剰に罪の無い人々を見るのは止めた方がいいですよ。そんな事が続けばどんどん逃げていくと思います。もし誰かと目が合いそうになったらすぐに逸らして下さい。誰一人喜びません。自分の現状を知って下さい。お願いします。またこの会社から若者を追い出すのですか? 見なければいいんです。そんなの超簡単でしょう? それに仕事中ですので他の人の事を気にする暇なんてある筈無いでしょう? あなたはただでさえ仕事が遅いんですから。日本一ね。そんな余裕はない筈です。不良率も高いし、しっかり仕事のみに集中するべきです。
それにしてもいい人ばかり辞めていき、木林製作所の役に余り立っていない内藤さんだけはしっかりと残っているという現実です。恐らく最後の最後までいるんでしょうね……どう考えても再就職先は無いですからね……こうしてまとめて書いてみると分かった事がありますね。あなたは人が嫌がる事を進んでやってきますよね……例えば桑名君をジロジロ見たのも彼が嫌がるのを見るのが好きだから続けた。指示書の捏造したのも社長が嫌がるから続けた。色々と繋がってきてますね。あの張り紙も多分私専用に書かれた紙です。私に対して怒りをぶちまけるつもりで書いたからあんな乱暴な言葉を用いたんですね? 裏で1年4ヵ月も捏造していながらそれを私に気付かれているのも知った上で私に対する攻撃を緩めない。ふてぶてしいにも程がありますよ! 私はねバカですから、それでも内藤さんが自分の口から社長に今までやって来た事をいつかは報告してくれると信じているんですよ。ですが、もう言わないんじゃないかなって思い始めています……根拠はこれです……』

「ああー駄目だ……また疲れちまった。ちょっと一休みだぜ」

「いいよ。私もちょっと疲れて来た。私、又飲み物買って来る……お茶でいい?」

「いいのか?」

「当たり前じゃん」

「助かるぜ」

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鈴木の老人に対する思いはかなり強かったようです。
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