11
文字数 1,790文字
「痛いよ……。ホントなら、今ごろは……」
家に帰って、やわらかいベッドで寝ているはずだったのに。奈美里と体を寄せ合って。
「奈美里ぃ………」
返事はない。
「奈美里ちゃ―ん……」
泣きそうな薫の声は、闇に呑まれて消えた。
「………やるじゃナイ、彼氏」
明瞭な、それでいてどこか艶かしい声がした。もし声を色で表すことができたら、限りなく紫に近い紅になるだろう。声から色気が匂い立つようだ。
「そうね」
奈美里が淡々と言った。
「絶対醜女に捕まって、やられるだろうと思ってたんだけどナァ。意外」
「そうね」
「だってサァ、大体半分くらいは、あれにやられちゃうんだヨ」
「そう」
「そうそう、アイツらに捕まってサ、骨までしゃぶられるの。アイツら、そうすれば少しでも美しさを取り戻せるって信じてるんだヨ。そんなわけないってノ」
「そう」
「……なんだか、気のない声ネェ。うれしくないノ?」
「………」
「アラあら、黙秘」
「……」
奈美里は黙って、目の前にあるビジョンを見た。奈美里と女のいるところも暗いが、その中に3D立体型ビジョンのようなものがあった。よくSF映画で見るような、映像を立体的に映し出し、実物がそこにいて動いているかのように見せる投影装置だ。
女も画面を見つめた。ビジョンには男が一人、映し出されている。
奈美里の夫、伊崎薫だ。彼は今、醜女との戦いの後、疲れて池のほとりで眠ってしまったところだった。
「……ねえ」
「ナニ?」
「私、どうなるの」
奈美里は女に聞いた。女は、薄桃色の液体のグラスをくいと傾けた。
「さっき説明したじゃナイ。あの男次第。この闇の世界の中で、アンタのダンナがアンタを見つけ出すことができれば帰れル。そのときアンタが帰りたくなければ、それでもいいヨ。あの男がアンタを見つけ出すことができないか、あきらめたりすれば、アンタは帰れなイ。予定通り、アンタの選んだ未来が進行すル」
「……そんなのひどい。私のことが、夫に左右されるなんて」
「何言ってんのヨ。アンタの生活そのものが、あの男によって成り立ってたんじゃないノ。ナニを今さら」
「………私のダンナに、薫に、私が見つけ出せるはずないわ。無理」
「いいじゃナイ。そうしたら当初の予定通り、アンタは死ねるヨ。どうせアンタ自分から死んだんだから、別に文句はないでショ?」
ミもフタもない言い方だった。
「……私に、自我の消滅する過程をもう一度辿れっていうの? あれってけっこう勇気がいるのよ」
「ダイじょうぶ。痛くないように、うまくやってあげるかラ。その辺は、ほらアタシ、プロだから」
「…………」
そういう問題じゃない。だけど言っても通じなそうだ。女は俗世離れしていて、現実の道徳や常識が通用するとは思えなかった。
「自死したんだから、それくらいのこと堪えなさイ」
「…………」
「ダァイじょうぶ。かもヨ。アンタのダンナは、けっこうやるヨ」
そう言って女は、ビジョンに映し出されている薫の寝顔にグラスを掲げた。
確かに、薫の健闘は奈美里にも意外だった。一体夫のどこに、あんな力があったのか。うれしくないといえば嘘になる。半分以上が奈美里のためでなく、自分が助かるためにやったんだとしても。
右手をかばうようにして、体を縮こまらせて眠る薫に、思わず毛布をかけてあげたいと思った。あんなところでうたた寝しちゃって、風邪引いちゃう。
奈美里は首を振った。そんなことを考える自分が嫌だった。結局、私は死んだんだ。
暗闇の中、目が覚めた。青白い明かりを頼りに歩いた。そうしたら女がいた。そのときはまだ頭がはっきりしていなくて、女を観察する余裕はなかった。
今、改めて女を見ると、女はとても変わっている。
色とりどりの掛け布やクッションで飾られた大きな椅子に座り、その上で長い足を大胆に組んでいる。
ひらひらとした布を幾重にも身に着けて、胸元や足がはだけていても気にする様子はない。長いつややかな黒髪は、一度頭の上で結い上げてから下に垂らしている。
スタイルは抜群。背が高くて、立つと奈美里より頭二個分は上だった。肌は白くて、手足は細く長く、動きはしなやか。顔は当然のように美しい。まるでボディーガードを十人も引き連れているスーパーモデルみたいだ。
そして身体中に、緋や紫紺、蒼色の玉や輪の飾りをつけている。女が身じろぎをするたびにそれらがシャランシャランと鳴った。
家に帰って、やわらかいベッドで寝ているはずだったのに。奈美里と体を寄せ合って。
「奈美里ぃ………」
返事はない。
「奈美里ちゃ―ん……」
泣きそうな薫の声は、闇に呑まれて消えた。
「………やるじゃナイ、彼氏」
明瞭な、それでいてどこか艶かしい声がした。もし声を色で表すことができたら、限りなく紫に近い紅になるだろう。声から色気が匂い立つようだ。
「そうね」
奈美里が淡々と言った。
「絶対醜女に捕まって、やられるだろうと思ってたんだけどナァ。意外」
「そうね」
「だってサァ、大体半分くらいは、あれにやられちゃうんだヨ」
「そう」
「そうそう、アイツらに捕まってサ、骨までしゃぶられるの。アイツら、そうすれば少しでも美しさを取り戻せるって信じてるんだヨ。そんなわけないってノ」
「そう」
「……なんだか、気のない声ネェ。うれしくないノ?」
「………」
「アラあら、黙秘」
「……」
奈美里は黙って、目の前にあるビジョンを見た。奈美里と女のいるところも暗いが、その中に3D立体型ビジョンのようなものがあった。よくSF映画で見るような、映像を立体的に映し出し、実物がそこにいて動いているかのように見せる投影装置だ。
女も画面を見つめた。ビジョンには男が一人、映し出されている。
奈美里の夫、伊崎薫だ。彼は今、醜女との戦いの後、疲れて池のほとりで眠ってしまったところだった。
「……ねえ」
「ナニ?」
「私、どうなるの」
奈美里は女に聞いた。女は、薄桃色の液体のグラスをくいと傾けた。
「さっき説明したじゃナイ。あの男次第。この闇の世界の中で、アンタのダンナがアンタを見つけ出すことができれば帰れル。そのときアンタが帰りたくなければ、それでもいいヨ。あの男がアンタを見つけ出すことができないか、あきらめたりすれば、アンタは帰れなイ。予定通り、アンタの選んだ未来が進行すル」
「……そんなのひどい。私のことが、夫に左右されるなんて」
「何言ってんのヨ。アンタの生活そのものが、あの男によって成り立ってたんじゃないノ。ナニを今さら」
「………私のダンナに、薫に、私が見つけ出せるはずないわ。無理」
「いいじゃナイ。そうしたら当初の予定通り、アンタは死ねるヨ。どうせアンタ自分から死んだんだから、別に文句はないでショ?」
ミもフタもない言い方だった。
「……私に、自我の消滅する過程をもう一度辿れっていうの? あれってけっこう勇気がいるのよ」
「ダイじょうぶ。痛くないように、うまくやってあげるかラ。その辺は、ほらアタシ、プロだから」
「…………」
そういう問題じゃない。だけど言っても通じなそうだ。女は俗世離れしていて、現実の道徳や常識が通用するとは思えなかった。
「自死したんだから、それくらいのこと堪えなさイ」
「…………」
「ダァイじょうぶ。かもヨ。アンタのダンナは、けっこうやるヨ」
そう言って女は、ビジョンに映し出されている薫の寝顔にグラスを掲げた。
確かに、薫の健闘は奈美里にも意外だった。一体夫のどこに、あんな力があったのか。うれしくないといえば嘘になる。半分以上が奈美里のためでなく、自分が助かるためにやったんだとしても。
右手をかばうようにして、体を縮こまらせて眠る薫に、思わず毛布をかけてあげたいと思った。あんなところでうたた寝しちゃって、風邪引いちゃう。
奈美里は首を振った。そんなことを考える自分が嫌だった。結局、私は死んだんだ。
暗闇の中、目が覚めた。青白い明かりを頼りに歩いた。そうしたら女がいた。そのときはまだ頭がはっきりしていなくて、女を観察する余裕はなかった。
今、改めて女を見ると、女はとても変わっている。
色とりどりの掛け布やクッションで飾られた大きな椅子に座り、その上で長い足を大胆に組んでいる。
ひらひらとした布を幾重にも身に着けて、胸元や足がはだけていても気にする様子はない。長いつややかな黒髪は、一度頭の上で結い上げてから下に垂らしている。
スタイルは抜群。背が高くて、立つと奈美里より頭二個分は上だった。肌は白くて、手足は細く長く、動きはしなやか。顔は当然のように美しい。まるでボディーガードを十人も引き連れているスーパーモデルみたいだ。
そして身体中に、緋や紫紺、蒼色の玉や輪の飾りをつけている。女が身じろぎをするたびにそれらがシャランシャランと鳴った。