第4話
文字数 3,640文字
『滅多やたらと疎外魔法を踏みつけにする、ただでさえ外出は億劫なのに……』
目下の悩みは敷地内の巡回作業。
この数週間で何度も修復に出向いている。いっそ面倒なので、店までの結界を解いてみたら、案の定。
『ガキだ! 面倒な悪童。だから嫌だ、子供は!』
血筋による高い魔法特性は、不可解なことに女性だけに受け継がれる。地域によってはそれを『災悪の呪い』と口伝され、そのため受けた度重なる迫害は、多くの者を闇へと潜ませる一因にした……。
あらゆる属性魔法を使いこなし、中でも闇魔法と高い親和性を持つ……魔女。
その最大の弱点が子供だ。
子供の持つ『純真』は光魔法と同じ性質を放ち、闇で紡がれた認識阻害を最も容易く看破する。念入りに仕掛けた疎外魔法も触れられただけで効果は半減してしまう。
『コイツが彼方此方探り歩いたせいで、長年編んできた結界がボロボロよ!』
しかも……
「お願い、魔女さん。僕たちのパーティに入って!」
懇願する瞳が正しい姿を捉えている。明らかに、枯れ果てたヨボヨボの老婆に向かっての台詞ではない。
『やっぱり、認識阻害も通じていない。十歳は過ぎてるだろうに……』
感じる違和感。『純真』と言うのは本来、三歳頃をピークに徐々に衰退していき、十歳も過ぎれば『不純』に飲まれる。ところがこの子供、見た目以上に『純真』を保っている。
『どうしたら、そんな風でいられる? 否、身体の成長が異常に早いのか……まぁ、この際どうでもいい』
踏ん切りのついた崖下の魔女は、いよいよ鉄槌を下す。
「人の敷地に無断で入って荒らし回った挙句、お願い? 全く躾がなってないね!」
割と否……全然全く、鉄槌ではない。
「ごめんなさい。場所に心当たりが無くて……でも、どうしても魔女さんに会いたくて」
単なる説教に臆するような子供ならここまで来ない。当然のように食い下がる……が、それ以前に気掛かりがひとつある。
「ちょっと待って、『魔女さん』て無理だわ。あなたも『僕ちゃん』って呼ばれたい訳?」
「じゃあ……、あ、そうか! 僕はアンジェラ、アンジェラ・ウェンブリーと言います」
上手く言葉尻を捕らえたアンジェラに、まさかの先制を許してしまった。
「何それ、えっ、私? 私は……スーザン・バルトゥ、いちいち面倒くさい子ね!」
自らの言葉で首を絞めたスーザンが渋々、後に続いた。「お姉さん」か、そこらで手を打っておけば陥らないで済んだ失態だ。
「スーザン、改めてお願いします。『パンプキン・キャリッジ』のメンバーに入ってください」
「嫌よ、無理だわ、ごめんなさい。じゃあ」
「ちょっと待って! だったら一回、リーダーに会って」
「お断りよ! もう二度と来ないで頂戴。来たら、損害賠償を請求するから、本当の裁判よ! あなたが壊して廻った結界、直すのに大金が必要なこと判ってる?」
そう言って追い払ったのが三日前のこと。
どうして舞い戻って来られるのか、理由がスーザンにはさっぱり判らない。
『脅しが足りてなかったってこと? 否、その逆? え、だから泣いてる?』
何だか急に不安になって、開きたくもない口を開いてしまう。
「念の為に聞くのだけれど」
「何?」
「泣いているの、私のせいではないよね?」
「あ、うん。違うよ、スーザンは関係ないから」
「そう……じゃあ、どうしてここで泣くのよ! 何処か他所で泣きなさいよ!」
「そうだね、ごめん。直ぐ泣き止むから……」
「そうして頂戴、違うわ! そうじゃない、前に言ったこと覚えてる? 二度と来ないでって、何で来るのよ。それも泣きながら」
「ニコがね、あ、ニコって言うんだ、僕たちのリーダー。そのニコがスーザンは魔女じゃないって、魔女なんて居ないって……」
「何よ、それ! ちょっと、しっかりしなさいよ。」
「え?」
「え、じゃないわ。私、偽者扱いされてるじゃない! あなた、……アンジェラだっけ? 私が魔女かどうかで泣いてるんでしょう? 何処が無関係なのよ。関係してるじゃない、何なら私、当事者じゃない!」
「じゃあ、ニコに会って魔女って証明してくれる?」
「嫌よ、面倒臭い。大体、証明も何も隠してないし。店の前にも堂々と書いてるわよ、『崖下の魔女』って」
「でも、それが怪しいって、店に魔女って付けてるのが……」
「そうよ、だから付けてるんじゃない。魔女って隠せば怪しまれるし、名乗れば逆に怪しまれない……何処かのリーダーさんみたいにね! 生きるための、生活の知恵よ。でもだからって、偽者呼ばわりは許せない!」
「じゃあ、本物?」
「失礼ね! 隅々まで本物よ。判ったら、とっとと帰りなさい」
「本当に本当? 嘘じゃない?」
「本当に本当よ! アンジェラ、あなた諄いわよ」
「嗚呼っー! 良かったぁ〜!」
すっかり泣き止んでたアンジェラが、一転、号泣するものだからスーザンもどうしていいか判らなくなった。
「何なの? どうしたのよ、急に」
安堵の涙だった。
自身の行動が無駄じゃなかったことに安堵して、それまでと全く意味の異なる涙をアンジェラは流していた。しかし、そんな機微など知る由もないスーザンからすれば、見知らぬ土地で急に置いてけぼりを喰らった迷子の気分。不安が募って、辛抱も極まり、最後は駆け出す。
「証明すればいいのね? だったら証明するわよ、私が魔女だってこと!」
思いがけず口を衝いて出た言葉、『だから泣き止んで』と、続くはずだった。が、その反応に困惑は深まる。
「ありがとう! でも大丈夫。スーザンが魔女だって判ったから、もう大丈夫!」
『どういうこと? 私は弄ばれているの? もう意味が判らない?』
ムカムカなのか、フラフラなのか、クタクタなのか……スーザンは立っていられなくなった。おそらく、全部をひと飲みにした感情に身体が拒否反応を起こしたのだろう。近くの椅子に腰をかけると少し気分も落ち着いたので内ポケットから銀製のスキットルを取り出して一口放り込んだ。
「それ、僕にも頂戴! 喉乾いちゃった」
大泣きしてスッキリしましたとばかりの満面の笑みで、アンジェラが放った一言にスーザンは本気で呆れた。
「お酒よコレ、あなたにあげられる訳ないじゃない!」
だから本気に強めの否定で答えた。まさか、それより強い否定で返されるとは思わずに……。
「ねぇ、スーザンは私のこと本気で子供って思ってない? 揶揄って子供扱いされるのは我慢できても、本気で子供だと思ってるなら話は違うよ。それは私に対する不敬だよ」
一人称の変化とともに、一瞬で解き放たれた殺気が全てを証明していた。子供はおろか、並の冒険者でも持ち得ない、黒い大きな渦の塊に身体ごと包まれた。気配で語っているのだ。お前は既に私の間合に入っているぞ、と。
下手に動こうものなら必死の一撃が飛んで来る。
だが、スーザンは平然とスキットルを差し出した。その一撃が飛んで来ない確証があった。これだけの殺気を纏う冒険者が子供と見紛う程に気配を殺して近付いていたのだ。それは敬意の表れに他ならない。
冒険者が最も注意を払わなければならないこと、それは平時から初撃を受ける準備を怠らないことだ。それを怠ることが油断で、どんな達人でもその隙を突かれれば致命傷を負いかねない。今回スーザンがそれに当たる。油断したのだ。無論、最初からではない。子供であろうと、否、スーザンの場合、子供は特に油断ならない相手なので警戒は怠らないでいた。途中、それを解くまでは……。しかし、アンジェラは違う。
最初から警戒を解いて近付いてきた。隙を晒して油断した状態で店に入って来た。そうでなければ、スーザンが子供に見紛う筈がないのだ。
問答無用で放たれる初撃を喰らう覚悟で訪れた、これは相手に対する最大の敬意、或いは信頼の表れに他ならない。生殺与奪の全てを相手に委ねるのだから……。
アンジェラは受け取ったスキットルを一口含むとポンと投げ返した。
「それで? あなた一体いくつなの?」
スーザンは戻ってきたスキットルをもう一口含んでまた投げ返す。
「十五歳、もうすぐ十六歳になるよ」
「ビックリね! 冒険者パーティーも、ごっこ遊びじゃないのね?」
「えぇ、ショック! そんなふうに思ってたの?」
「最初は身体の大きい十歳くらいの子が来たって思ったわ」
「もっとショック!」
「パーティーの等級は?」
「銀等級、昇格してまだ一年経ってないけど」
スキットルは何度も二人の間を往復し、空になるまで会話を途切れさせることは無かった。
四日後、疲れ果てたニコが王都に帰ってくると、待ち侘びた様子のアンジェラとスーザンに出迎えられた。
「意外と早かったね。五日は掛かるって、スーに聞いてたから……。それでどうだった? 魔女は居た?」
アンジェラが嫌味たっぷり、ニコに問いかけた。
「もう十分よ、私が悪かったわ。魔女は居る、アンジーが正しい」
メサ渓谷でスーザンの結界に嵌まった三日間、彷徨い続けたニコは魔女の存在を思い知らされて帰って来た。
目下の悩みは敷地内の巡回作業。
この数週間で何度も修復に出向いている。いっそ面倒なので、店までの結界を解いてみたら、案の定。
『ガキだ! 面倒な悪童。だから嫌だ、子供は!』
血筋による高い魔法特性は、不可解なことに女性だけに受け継がれる。地域によってはそれを『災悪の呪い』と口伝され、そのため受けた度重なる迫害は、多くの者を闇へと潜ませる一因にした……。
あらゆる属性魔法を使いこなし、中でも闇魔法と高い親和性を持つ……魔女。
その最大の弱点が子供だ。
子供の持つ『純真』は光魔法と同じ性質を放ち、闇で紡がれた認識阻害を最も容易く看破する。念入りに仕掛けた疎外魔法も触れられただけで効果は半減してしまう。
『コイツが彼方此方探り歩いたせいで、長年編んできた結界がボロボロよ!』
しかも……
「お願い、魔女さん。僕たちのパーティに入って!」
懇願する瞳が正しい姿を捉えている。明らかに、枯れ果てたヨボヨボの老婆に向かっての台詞ではない。
『やっぱり、認識阻害も通じていない。十歳は過ぎてるだろうに……』
感じる違和感。『純真』と言うのは本来、三歳頃をピークに徐々に衰退していき、十歳も過ぎれば『不純』に飲まれる。ところがこの子供、見た目以上に『純真』を保っている。
『どうしたら、そんな風でいられる? 否、身体の成長が異常に早いのか……まぁ、この際どうでもいい』
踏ん切りのついた崖下の魔女は、いよいよ鉄槌を下す。
「人の敷地に無断で入って荒らし回った挙句、お願い? 全く躾がなってないね!」
割と否……全然全く、鉄槌ではない。
「ごめんなさい。場所に心当たりが無くて……でも、どうしても魔女さんに会いたくて」
単なる説教に臆するような子供ならここまで来ない。当然のように食い下がる……が、それ以前に気掛かりがひとつある。
「ちょっと待って、『魔女さん』て無理だわ。あなたも『僕ちゃん』って呼ばれたい訳?」
「じゃあ……、あ、そうか! 僕はアンジェラ、アンジェラ・ウェンブリーと言います」
上手く言葉尻を捕らえたアンジェラに、まさかの先制を許してしまった。
「何それ、えっ、私? 私は……スーザン・バルトゥ、いちいち面倒くさい子ね!」
自らの言葉で首を絞めたスーザンが渋々、後に続いた。「お姉さん」か、そこらで手を打っておけば陥らないで済んだ失態だ。
「スーザン、改めてお願いします。『パンプキン・キャリッジ』のメンバーに入ってください」
「嫌よ、無理だわ、ごめんなさい。じゃあ」
「ちょっと待って! だったら一回、リーダーに会って」
「お断りよ! もう二度と来ないで頂戴。来たら、損害賠償を請求するから、本当の裁判よ! あなたが壊して廻った結界、直すのに大金が必要なこと判ってる?」
そう言って追い払ったのが三日前のこと。
どうして舞い戻って来られるのか、理由がスーザンにはさっぱり判らない。
『脅しが足りてなかったってこと? 否、その逆? え、だから泣いてる?』
何だか急に不安になって、開きたくもない口を開いてしまう。
「念の為に聞くのだけれど」
「何?」
「泣いているの、私のせいではないよね?」
「あ、うん。違うよ、スーザンは関係ないから」
「そう……じゃあ、どうしてここで泣くのよ! 何処か他所で泣きなさいよ!」
「そうだね、ごめん。直ぐ泣き止むから……」
「そうして頂戴、違うわ! そうじゃない、前に言ったこと覚えてる? 二度と来ないでって、何で来るのよ。それも泣きながら」
「ニコがね、あ、ニコって言うんだ、僕たちのリーダー。そのニコがスーザンは魔女じゃないって、魔女なんて居ないって……」
「何よ、それ! ちょっと、しっかりしなさいよ。」
「え?」
「え、じゃないわ。私、偽者扱いされてるじゃない! あなた、……アンジェラだっけ? 私が魔女かどうかで泣いてるんでしょう? 何処が無関係なのよ。関係してるじゃない、何なら私、当事者じゃない!」
「じゃあ、ニコに会って魔女って証明してくれる?」
「嫌よ、面倒臭い。大体、証明も何も隠してないし。店の前にも堂々と書いてるわよ、『崖下の魔女』って」
「でも、それが怪しいって、店に魔女って付けてるのが……」
「そうよ、だから付けてるんじゃない。魔女って隠せば怪しまれるし、名乗れば逆に怪しまれない……何処かのリーダーさんみたいにね! 生きるための、生活の知恵よ。でもだからって、偽者呼ばわりは許せない!」
「じゃあ、本物?」
「失礼ね! 隅々まで本物よ。判ったら、とっとと帰りなさい」
「本当に本当? 嘘じゃない?」
「本当に本当よ! アンジェラ、あなた諄いわよ」
「嗚呼っー! 良かったぁ〜!」
すっかり泣き止んでたアンジェラが、一転、号泣するものだからスーザンもどうしていいか判らなくなった。
「何なの? どうしたのよ、急に」
安堵の涙だった。
自身の行動が無駄じゃなかったことに安堵して、それまでと全く意味の異なる涙をアンジェラは流していた。しかし、そんな機微など知る由もないスーザンからすれば、見知らぬ土地で急に置いてけぼりを喰らった迷子の気分。不安が募って、辛抱も極まり、最後は駆け出す。
「証明すればいいのね? だったら証明するわよ、私が魔女だってこと!」
思いがけず口を衝いて出た言葉、『だから泣き止んで』と、続くはずだった。が、その反応に困惑は深まる。
「ありがとう! でも大丈夫。スーザンが魔女だって判ったから、もう大丈夫!」
『どういうこと? 私は弄ばれているの? もう意味が判らない?』
ムカムカなのか、フラフラなのか、クタクタなのか……スーザンは立っていられなくなった。おそらく、全部をひと飲みにした感情に身体が拒否反応を起こしたのだろう。近くの椅子に腰をかけると少し気分も落ち着いたので内ポケットから銀製のスキットルを取り出して一口放り込んだ。
「それ、僕にも頂戴! 喉乾いちゃった」
大泣きしてスッキリしましたとばかりの満面の笑みで、アンジェラが放った一言にスーザンは本気で呆れた。
「お酒よコレ、あなたにあげられる訳ないじゃない!」
だから本気に強めの否定で答えた。まさか、それより強い否定で返されるとは思わずに……。
「ねぇ、スーザンは私のこと本気で子供って思ってない? 揶揄って子供扱いされるのは我慢できても、本気で子供だと思ってるなら話は違うよ。それは私に対する不敬だよ」
一人称の変化とともに、一瞬で解き放たれた殺気が全てを証明していた。子供はおろか、並の冒険者でも持ち得ない、黒い大きな渦の塊に身体ごと包まれた。気配で語っているのだ。お前は既に私の間合に入っているぞ、と。
下手に動こうものなら必死の一撃が飛んで来る。
だが、スーザンは平然とスキットルを差し出した。その一撃が飛んで来ない確証があった。これだけの殺気を纏う冒険者が子供と見紛う程に気配を殺して近付いていたのだ。それは敬意の表れに他ならない。
冒険者が最も注意を払わなければならないこと、それは平時から初撃を受ける準備を怠らないことだ。それを怠ることが油断で、どんな達人でもその隙を突かれれば致命傷を負いかねない。今回スーザンがそれに当たる。油断したのだ。無論、最初からではない。子供であろうと、否、スーザンの場合、子供は特に油断ならない相手なので警戒は怠らないでいた。途中、それを解くまでは……。しかし、アンジェラは違う。
最初から警戒を解いて近付いてきた。隙を晒して油断した状態で店に入って来た。そうでなければ、スーザンが子供に見紛う筈がないのだ。
問答無用で放たれる初撃を喰らう覚悟で訪れた、これは相手に対する最大の敬意、或いは信頼の表れに他ならない。生殺与奪の全てを相手に委ねるのだから……。
アンジェラは受け取ったスキットルを一口含むとポンと投げ返した。
「それで? あなた一体いくつなの?」
スーザンは戻ってきたスキットルをもう一口含んでまた投げ返す。
「十五歳、もうすぐ十六歳になるよ」
「ビックリね! 冒険者パーティーも、ごっこ遊びじゃないのね?」
「えぇ、ショック! そんなふうに思ってたの?」
「最初は身体の大きい十歳くらいの子が来たって思ったわ」
「もっとショック!」
「パーティーの等級は?」
「銀等級、昇格してまだ一年経ってないけど」
スキットルは何度も二人の間を往復し、空になるまで会話を途切れさせることは無かった。
四日後、疲れ果てたニコが王都に帰ってくると、待ち侘びた様子のアンジェラとスーザンに出迎えられた。
「意外と早かったね。五日は掛かるって、スーに聞いてたから……。それでどうだった? 魔女は居た?」
アンジェラが嫌味たっぷり、ニコに問いかけた。
「もう十分よ、私が悪かったわ。魔女は居る、アンジーが正しい」
メサ渓谷でスーザンの結界に嵌まった三日間、彷徨い続けたニコは魔女の存在を思い知らされて帰って来た。