第3話
文字数 2,528文字
燻り続ける想いが、暗がりを飛び交う羽音のように五月蝿く邪魔をして、ベッドに就いたアンジェラの覚醒は落ちる気配が無い。「気にしない」が、頭の中で堂々巡りを繰り返して妨げる。いっそ、集中して「気にする」ほうが疲れて休めるのかも知れない……が、悪い方向に考えが巡って、嫌な思いをするだけに終わってしまう、そんな可能性も捨て切れない。「眠くて辛い」と「生きてて辛い」を秤にかける愚かさも、偶には必要なのだ。
眠れもしないし、気も紛れない……限られた中でアンジェラが選んだのは、ひとり酒場に向かうこと。
明日の準備も済ませ、さっきまでの喧騒に戻ると、意外な人物が『ひとりの時間』を先に過ごしていた。
「スー、どうしたの? 珍しい。何かあった?」
出不精のスーザン・バルトゥと予期せぬ再会を果たした。
「別に何も無いわよ。今日は飲む予定で空けてたから、予定通りよ。」
相変わらずというか意味不明というか、それでもやはり、『流石のスー』の二つ名は伊達ではない。
「僕も一緒に、いいかな?」
「予定通りよ、構わないわ」
どんな予定なのだろう? 知る由もないアンジェラ・ウェンブリーだが、その時そこに居て、少しでも心持ちを楽にしてくれる、仲間の存在は何よりの安心材料に違いなかった。
「気になるんでしょう? 眠れない程度に」
出し抜けに核心を突いてくるスーザンに、容赦無いなと思いつつ、ある程度の覚悟で席に着いたアンジェラは素直に答えた。
「いきなりだね。僕ってそんな判り易いかな?」
あまりに無自覚な返答に、スーザンは込み上げる感情を堪えきれない。
「あっはっは! どの口が言ってるんだか」
「笑いすぎ! こっちは真剣に悩んでるんだから」
座位の高い椅子の上で浮いた膝下をバタバタさせながら、怒る姿も『アイドル』そのもの。
このマスコットがパーティー最古参で、隣のお姐さんをスカウトした、なんて誰が想像するだろう。
『パンキャリ』の原点は、ニコとセルシアが故郷で始めた三人組のパーティー。王都に移って暫くはコンビで活動を続けていたが、図らずも斥候のアンジェラが加わり、次に人狼のドロシー。最後に魔女のスーザンが加入して今のメンバー構成となった。
最初にスーザンに目を付けたのはアンジェラだった。勿論、『魔女』という肩書きに惹かれてのことだ。
当時の『パンキャリ』は分岐点の間、銀等級に昇格し、それなりの知名度も出てきた頃……。このまま個別に依頼をこなしていけば、冒険者として順風満帆な暮らしが待っている。ただし、その先を目指すなら話は別だ。
『もうひとり、もうひとりいると本気で目指せる!』
ニコの贅沢な悩みは、次第に占める割合を増やしていた。
前衛には剣士セルシアと闘士ドロシーの二枚看板がいて、後衛は回復士のニコ、斥候のアンジェラが遊撃……申し分無いメンバーを揃えているが、四人での戦闘に限界を感じていた作戦参謀は、後衛に加える新たな候補の人選に余念が無かった。
『金等級を本気で狙うには、『もうひとり』がどうしても欠かせない。それも飛び切り優秀な人材が!』
『パンキャリ』が目指すのは『先』だけ。それも、途方もない彼方――前人未到の挑戦――女性だけで金等級昇格を果たす史上初のパーティーだ。
そんな時だった。
「王都の西側を流れるヨコモヌ川の上流には魔女がいる」
実しやかに囁かれる噂をアンジェラが耳にしたのは……。
『ニコの求める『もうひとり』が見つかるかも知れない!』
専心のアンジェラは、密かに風の便りを手繰り始めた。支流を一つ一つ、丹念に訪ねて調査すること八ヶ月。メサ渓谷まで足を運んで漸く、『崖下の魔女の鑑定館』を営むスーザンにめぐり逢えた。
「魔女って……アンジー、今時分、居る訳ないし、何より、店名に魔女なんて付けてるのは怪しい証拠よ!」
ニコにそう諭されても、アンジェラは簡単に認める訳にいかない。
そもそも、自身の不甲斐なさに呆れているのはアンジェラ本人の方だ。何せ、勧誘には失敗していて打つ手が無かった。それでも諦めきれず、ニコなら説得できると信じて思い切って打ち明けたのに……子供を宥めるように否定された。
「ニコのアホウ!」
その速度は斥候の全速力。飛び出したアンジェラの後を追うドロシーが部屋を出る際、獣人語で『朴念仁』と叫んだが思惑通り、ニコには何も伝わらなかった。
『知りもしないで! 僕のことなんて知りもしないで!』
自身への苛立ちをぶつける様に、王都の街中を全力で疾走するアンジェラは、彼方此方で突風を撒き散らす。まるで自分の力を確認するように……。
暫くして、戻って来たドロシーが黙って首を振るのを見て、ニコの顔つきが変わった。
「私の足じゃ、アンジェラには追いつけないよ。鼻も使ったけど、西の川縁で途切れてた」
心当たりはひとつだけ……。アンジェラが『鑑定館』のあるメサ渓谷に向かった可能性は高かった。
「ありがとうドロシー、迷惑掛けてごめんね」
「別に、勝手にやったことだし……、っていうか、それよ、ソレ!」
ピンと来ない、ニコは眉を顰めてその先を求めた。
「『ありがとう』よ、私に言ってくれたでしょ、今。どうしてアンジーにも言って上げなかったの!」
迂闊だった。
ここ数ヶ月、アンジェラが何某らかの行動をとっているのに気付かないニコではない。判った上で何もせず、放置していた。それくらい頭の中は追加メンバーの人選で一杯一杯だった。だからこそ、アンジェラはひとりで行動していたのに……。
そんな彼女が助けを求めてきたのだ。助言を求めてきたのだ。
真っ先に掛けるとすれば、それは『労いの言葉』以外に無かった。間違っても『否定』は……。
『善意の行動に対する否定は怒りしか生み出さない。そう言う浅はかなリーダーをこれまで沢山見て、知って、私は憤ってきたはずなのに……』
改めて、自分がどういう状況にあったのかを確認したニコが、メサ渓谷へ向かうのは必然だった。
「どうする? 迎えに行くんでしょ?」
「そうね、取り敢えず私ひとりで行ってみる。確証がある訳でも無いし、入れ違いで戻って来るかもだし……」
「わかった。じゃあ、私はここで待ってるから。ちゃんと連れ戻して来てよね!」
眠れもしないし、気も紛れない……限られた中でアンジェラが選んだのは、ひとり酒場に向かうこと。
明日の準備も済ませ、さっきまでの喧騒に戻ると、意外な人物が『ひとりの時間』を先に過ごしていた。
「スー、どうしたの? 珍しい。何かあった?」
出不精のスーザン・バルトゥと予期せぬ再会を果たした。
「別に何も無いわよ。今日は飲む予定で空けてたから、予定通りよ。」
相変わらずというか意味不明というか、それでもやはり、『流石のスー』の二つ名は伊達ではない。
「僕も一緒に、いいかな?」
「予定通りよ、構わないわ」
どんな予定なのだろう? 知る由もないアンジェラ・ウェンブリーだが、その時そこに居て、少しでも心持ちを楽にしてくれる、仲間の存在は何よりの安心材料に違いなかった。
「気になるんでしょう? 眠れない程度に」
出し抜けに核心を突いてくるスーザンに、容赦無いなと思いつつ、ある程度の覚悟で席に着いたアンジェラは素直に答えた。
「いきなりだね。僕ってそんな判り易いかな?」
あまりに無自覚な返答に、スーザンは込み上げる感情を堪えきれない。
「あっはっは! どの口が言ってるんだか」
「笑いすぎ! こっちは真剣に悩んでるんだから」
座位の高い椅子の上で浮いた膝下をバタバタさせながら、怒る姿も『アイドル』そのもの。
このマスコットがパーティー最古参で、隣のお姐さんをスカウトした、なんて誰が想像するだろう。
『パンキャリ』の原点は、ニコとセルシアが故郷で始めた三人組のパーティー。王都に移って暫くはコンビで活動を続けていたが、図らずも斥候のアンジェラが加わり、次に人狼のドロシー。最後に魔女のスーザンが加入して今のメンバー構成となった。
最初にスーザンに目を付けたのはアンジェラだった。勿論、『魔女』という肩書きに惹かれてのことだ。
当時の『パンキャリ』は分岐点の間、銀等級に昇格し、それなりの知名度も出てきた頃……。このまま個別に依頼をこなしていけば、冒険者として順風満帆な暮らしが待っている。ただし、その先を目指すなら話は別だ。
『もうひとり、もうひとりいると本気で目指せる!』
ニコの贅沢な悩みは、次第に占める割合を増やしていた。
前衛には剣士セルシアと闘士ドロシーの二枚看板がいて、後衛は回復士のニコ、斥候のアンジェラが遊撃……申し分無いメンバーを揃えているが、四人での戦闘に限界を感じていた作戦参謀は、後衛に加える新たな候補の人選に余念が無かった。
『金等級を本気で狙うには、『もうひとり』がどうしても欠かせない。それも飛び切り優秀な人材が!』
『パンキャリ』が目指すのは『先』だけ。それも、途方もない彼方――前人未到の挑戦――女性だけで金等級昇格を果たす史上初のパーティーだ。
そんな時だった。
「王都の西側を流れるヨコモヌ川の上流には魔女がいる」
実しやかに囁かれる噂をアンジェラが耳にしたのは……。
『ニコの求める『もうひとり』が見つかるかも知れない!』
専心のアンジェラは、密かに風の便りを手繰り始めた。支流を一つ一つ、丹念に訪ねて調査すること八ヶ月。メサ渓谷まで足を運んで漸く、『崖下の魔女の鑑定館』を営むスーザンにめぐり逢えた。
「魔女って……アンジー、今時分、居る訳ないし、何より、店名に魔女なんて付けてるのは怪しい証拠よ!」
ニコにそう諭されても、アンジェラは簡単に認める訳にいかない。
そもそも、自身の不甲斐なさに呆れているのはアンジェラ本人の方だ。何せ、勧誘には失敗していて打つ手が無かった。それでも諦めきれず、ニコなら説得できると信じて思い切って打ち明けたのに……子供を宥めるように否定された。
「ニコのアホウ!」
その速度は斥候の全速力。飛び出したアンジェラの後を追うドロシーが部屋を出る際、獣人語で『朴念仁』と叫んだが思惑通り、ニコには何も伝わらなかった。
『知りもしないで! 僕のことなんて知りもしないで!』
自身への苛立ちをぶつける様に、王都の街中を全力で疾走するアンジェラは、彼方此方で突風を撒き散らす。まるで自分の力を確認するように……。
暫くして、戻って来たドロシーが黙って首を振るのを見て、ニコの顔つきが変わった。
「私の足じゃ、アンジェラには追いつけないよ。鼻も使ったけど、西の川縁で途切れてた」
心当たりはひとつだけ……。アンジェラが『鑑定館』のあるメサ渓谷に向かった可能性は高かった。
「ありがとうドロシー、迷惑掛けてごめんね」
「別に、勝手にやったことだし……、っていうか、それよ、ソレ!」
ピンと来ない、ニコは眉を顰めてその先を求めた。
「『ありがとう』よ、私に言ってくれたでしょ、今。どうしてアンジーにも言って上げなかったの!」
迂闊だった。
ここ数ヶ月、アンジェラが何某らかの行動をとっているのに気付かないニコではない。判った上で何もせず、放置していた。それくらい頭の中は追加メンバーの人選で一杯一杯だった。だからこそ、アンジェラはひとりで行動していたのに……。
そんな彼女が助けを求めてきたのだ。助言を求めてきたのだ。
真っ先に掛けるとすれば、それは『労いの言葉』以外に無かった。間違っても『否定』は……。
『善意の行動に対する否定は怒りしか生み出さない。そう言う浅はかなリーダーをこれまで沢山見て、知って、私は憤ってきたはずなのに……』
改めて、自分がどういう状況にあったのかを確認したニコが、メサ渓谷へ向かうのは必然だった。
「どうする? 迎えに行くんでしょ?」
「そうね、取り敢えず私ひとりで行ってみる。確証がある訳でも無いし、入れ違いで戻って来るかもだし……」
「わかった。じゃあ、私はここで待ってるから。ちゃんと連れ戻して来てよね!」