第5話

文字数 643文字

 その直後だった。大きな衝撃が車体を揺らした。前を見ると歪んだボンネットの上に伯爵の姿があった。僕は拳銃のグリップを握った。伯爵は勢い良く右手を突き出した。フロントガラスを突き破った。右手は助手席に乗っていたキノシタさんの顔面を掴んだ。僕は伯爵に向かって発砲した。弾丸が伯爵のコートで弾かれる。キノシタさんが伯爵の右腕にナイフを突き立てようとしたとき、彼女の顔面は後ろへ曲げられ、木材が割れる様子に似た音を立てて握り潰された。血が車内に舞った。フロントガラスが内側から赤く染まり、一瞬、伯爵の姿が視認できなくなった。僕は撃ち続けた。流れ落ちる血の小さな隙間から伯爵を確認したとき、伯爵は上へ飛び上がった。僕は車から転げ落ちるように外に飛び出した。拳銃に残されていた弾丸を上空に向かって連射した。何の手応えもなかった。
 国道の先を見ると二十メートルほど先の外灯が揺れ、その先の外灯も揺れ、それは遠くまで立ち並ぶ外灯まで連続的に起こっていた。
「こちらF地区K班! 伯爵の襲撃に遭い、一人死亡! 伯爵は現在、東北東、U地区に向かっている! 弾丸の追跡可能時間は推定残り三分! 追跡を開始する! 至急、応援を頼む!」
 僕は本部に報告を終えると、腕時計の表示を追跡に切り替えた。弾丸には特殊な塗料が施してあり、例え伯爵のコートで弾かれても、その塗料が付着したなら発する電磁波を受け取ることができる。しかし時間は短い。もって数分だ。
 車の後部座席のドアを開けた。ヤマザキくんは血を浴びて震えていた。
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