第6話  秋桜

文字数 1,012文字

嵐の夜の出来事は頭から離れなかった。新学期初めての今日あの夜のことを一真に話してみようと決心していた。一真に話すかどうか僕はずいぶん悩んだ。あの夜の事は出来れば、なかったことにしたかった。少年の苦悩に満ちた顔は僕によく似ていたし、サスペンス映画に出てくるような黒ずくめの男達、どう猛な顔つきの犬たちが僕の生活圏にいたと思いたくなかった。ただ、あれは夢だったんだと自分をだますことはできなかった。

屋上では秋桜がそよ風に揺れていた。9月になっても日差しはまだ強く時には汗ばむこともあったが、屋上は心地よい秋の気配がしていた。
一真は、時折うなずきながら、僕の話を真剣に聞いてくれた。
「うん、大変だったな。他に何か気になることあるか。なんでも。些細な事でもいいんだ。」
「おかしな話だろう。ほんとに聞いてくれてありがとう。気になることと云えば、実はもう一つあったな。」
僕はさくらと3階に行った時の事を話した。あのロビーは心地よかったから、その後一真たちも誘って行こうと思っていた。ところが次に登校してすぐ全校生徒が集められ、寮生以外は3階に立ち寄らないように申し渡されたのだ。理由は病院も3階にあってトラブルが起こった場合両親が責任を取らなければならないからと僕らは言い渡された。
だから、その後3階に行くことはなかった。
病気になった時もたいていはオンライン診療で治療もロボットが派遣されてやってくれるから、病院に行く必要はほとんどなかった。病院に行くのは派遣のロボットだけではできない重大な病気の場合だけだった。僕は一度骨折したことがあったが、ロボットにギプスをつけてもらって治療した。完治までオンライン診療を3回受けただけだった。
病院に行くのは医療技術を使っても若さと美貌を保ちたい人々か命にかかわるような重い病気にかかった人ぐらいだった。
おそらく、僕が病院に行くのは一生に1度、たぶん死ぬときくらいに違いない。だから、必要もないのに3階に行ってはいけないというのもうなづけた。
ただ、あの時のクロークの3人あわてた様子や支配人の鋭い目つきが気になっていた。
「それまで寮生に会いに来た生徒がいなかったのかな。確かに不思議な空間の様な気がするな。」
「ああ、言葉は丁寧だったが、支配人の目つきは気になったな。それに、クロークの男のメンテナンス中だってどういう意味だろう。」
「ちょっと考えてみるよ。僕もずっと気になっていることがあるんだ。」
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