第15話  脱出と再会

文字数 1,749文字

その夜、陸の話は母と引き離されて、突然ごんぞうの家の地下室に連れてこられた時から始まった。
「夜中に突然連れ去られたんだ。声を上げる隙もないあっという間だった。そして、地下の一室に閉じ込められたのさ。」
「人がゾンビになるゲームがあっただろう。地下に研究施設があってウイルスが閉じ込められているやつだ。あれと同じようにごんぞうの家の地下にも研究施設があると思うんだ。」
「まさか、ごく普通の小さな家じゃないか。」
「僕が閉じ込められている間、人が出入りする気配を感じたんだ。」
次の日、午後になって陸の母和子がやってきた。和子さんの部屋は陸の隣に用意されていた。二人は再会すると抱き合って涙を流していた。僕と母の間に2人の様な交流はないような気がして僕はなんとなく床を見つめた。
和子さんは僕の姿を見つけると目を見張って僕の顔をじっと見つめた。
陸が僕に走り寄ってきて、和子さんを紹介してくれた。
1人で逃亡しようとしていた陸と今の陸は別人だった。安心しきった幼子の様な陸の姿を見て僕はうらやましかった。
和子さんは少し栗色ががったショートヘアで古風なうりざね顔だった。どちらかといえば小柄な方で動きやすいグレーのストレートのパンツとダスティピンクのプルオーバーを着ていた。荷物は意外に少なかった。そして陸に家はまだ残してあるといった。
奇妙な共同生活が始まった。聖母マリアのように慈愛に満ちた人なのだろうか、和子さんは陸と同じように接してくれた。そしてふと気づくと僕たちを見つめて穏やかに微笑んでいた。母はいつものように食事の支度をしたりと家事をこなしていた。もともと感情に乏しい人であったが、和子さんの登場で僕は一層母の事を無機質に感じるようになっていた。和子さんも時折軽食やおやつを準備してくれた。ただ、それは何時も美味しいというわけではなかった。ねぎが煮え過ぎていたり、にんじんが硬いときもあった。そんな時「無理に食べなくてもいいから」と言って恥ずかしそうに言う表情が子供のようだった。「いえ、おいしいです。」
「新さん、無理しなくていいんだよ。母さんは、あまり料理しないほうが良いと思うな。」「陸、それはちょっとひどくないか。」
たわいない会話を続けるうちに僕も和子さんが時折本当の母親のように思えてきた。
一見して穏やかな日常が続いているようだったが、僕たちはごんぞうの家の地下室の事を忘れなかった。
陸がこの家で暮らすことになったあの晩、閉じ込められていた時の事やこれまでの陸の生活を話してくれた。
陸が閉じ込められていたのはごく普通の地下室の一室だったが、何人か人間が出入りしているような気配を感じることがあったということが僕の心にとげのように引っかかっていた。
この世界で何が起きているのか真相を確かめる必要がある。けれど、この平和な生活が崩れていくようで怖かった。
「いつか、はっきりさせなければいけないんだ。」
夜明け前、僕は1人こっそりごんぞうの家に向かった。僕たちが自由に動ける時間は夜9時から朝の8時までらしいと陸の話で知っていたから落ち着いて行動できた。
と言っても、地下室に行くときはさすがに胸が高鳴った。
階段下の扉を開けるとその中に地下室への階段がある。階段を降りるとそこは何の変哲もない物置のようになっていた。右手の扉を開けると陸が閉じ込められていた狭い部屋があった。陸はここで2週間程過ごしていたらしい。シャワールームとトイレが併設されているとはいえ突然閉じ込められて怖かったに違いない。
左側には棚があった。目の高さにある工具箱を持ち上げた時だった。突然、棚が反転した。
中には事務室の様な部屋があった。奥のガラス戸の向こうには3体のアンドロイドがあった。2体はごんぞう夫婦、そして一体は母だった。
「やはり母もアンドロイドだった。」予想していたが、子供の時からの記憶がよみがえって鼓動が激しくなっていくのが分かった。奥にはいくつか部屋があるように見えた。ただ、部屋に入ることは出来そうになかった。
呆然と立ちすくんでいると、「新様」と聞きなれた声がした。
振り返るとそこには佐藤が立っていた。
「やはり、来られたのですね。」
「お父様も真実を話す時がきたと言われていました。社員達が来る前にもどりましょう。」
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