再会

文字数 2,780文字

 中学校の入学式。

 担任の先生に案内され、新しい制服に袖を通した一年生が教室に入る。
 その中にケンもいた。
 だいぶ背が伸びたね。でも制服は、ちょっとオーバーサイズ気味で、だぶついている。

 ふいに後ろの女子に声をかけられる。 
 「男子なのに、ずいぶん可愛いキーホルダーつけてるのね。」

 ケンは振り返り、その顔を見る。
 すうっと通った細い眉毛の下に、凜々しい目元。

 「!?

 ケンは、その子の足先から頭のてっぺんまで、じろじろと視線を移し、二往復させる。そして、もういっぺん、その子の顔を見つめた。もちろんあの頃よりも背は大きいし、髪型はショートボブ。制服に身を包んだその姿は、何となく大人っぽい。

 でも間違いない。クミだ。

 「久しぶり。大事にしてくれてたんだ。クミくま。」
 そして、クミは自分の通学カバンを持ち上げ、そこにぶら下がっている『ロボケン』を振ってみせた。

「クミも、大事にしてくれてたんだ・・・というか、なんでこの学校にいるの?」
「父さんが教えてた小学校、あ、私が通っていた学校ね。今年で廃校になったの。私はそこの最後の卒業生。父さんはこっちの学校に転勤。だから私もここに戻ってきたのよ。」

「そうだったんだ。」
 クミが帰ってきた!

「でもね・・・」
 クミは何か言いかけたけど、担任の先生が入ってきて、「自分の名前が書いてあるシールの席に座るように」と促したので、それ以上聞くことはできなかった。

 ケンは窓側の前から三番目、クミは右斜め前の席だ。クミはちらっと振り向き、ニッと笑った。

「ひょっとしてクミ?」「ひょっとしてヨリ?」
          ↓
「キャー、久しぶり!」「キャー、久しぶり!」

 この中学には、小一の時、クミと同じクラスにいた子が何人も入ってきている。親友だったヨリもいる。この「キャー、久しぶり!」が何度も繰り返され、ケンは残念ながら、なかなかクミに声をかけられなかった。

 それでもケンは思う。
 また会えた。しかも、一緒のクラスだ。中学校という新しい世界に飛び込んで不安もあったが、一気に吹き飛んだ。クミ姫がいてくれれば、怖いものなしだ。

 入学式の諸々の行事と説明がなかなか終わらないのが、じれったかった。
 放課後、玄関で靴を履き替え、クミを待つ。

 階段からクラスメイトと一緒に下りてきたクミは、キョロキョロ周りを見回す。ケンの姿を見つけるとニコッと微笑み、友だちにバイバイと手を振って、そそくさと靴を履き替える。

「待っててくれたんだ。」
「うん・・・お家は前と同じところ?」
「ううん、駅の方の教職員住宅。前の家の方が中学に近かったんだけどね。でも帰り道はケンと同じ方向になるね。」

 この中学は、卒業した小学校より山側にあって、二人は緩やかな下り坂を駅に向かって歩く。
 二人は、ぽつりぽつりと話す。

「この街も、クラスの友だちも、懐かしいなあ。」
「そうだろうね。僕はずっとここに住んでいるからよくわからないけど。」
「でも、駅前のお店もだいぶ変わってるし、この大通りの分離帯に生えている木も大きくなったみたい。」

「で・・・」
 クミは上目遣いでケンの瞳をのぞき込む。
 ケンはクミより背が高くなっていた。

「私のこと、覚えてた?」
「・・・」 
 ケンはしばし言葉に詰まる。育ち盛りの小学生のガキんちょが、ずっと一人の女の子を思い続けていることができる?

「忘れて・・・いない。」
「?」
「正直に言うと、時々思い出した。例えば、この交差点までクミと一緒に帰ったな、とか、去年の秋に大型の台風が来たとき、クミ大丈夫かな、とか。」

「はは、私もそんな感じ。でも、ケンのお母さんと、うちのお母さんは年賀状のやりとりしていて、時々、ケンの様子とか話してくれたけどね。」
「えー! うちの母さん、そんなこと一言も言ってなかったよ?」
「アハハ。」

 中学から駅に下りていく途中に、遊具もなく、広い芝生とベンチが並んだ公園がある。二人はその公園に入った。
 空襲で犠牲になった人々の慰霊塔や、地元出身の詩人の詩碑などを見てまわる。二人とも、小学生の頃はこんなものがあったなんて、全然気がつかなかった。
 座り心地のよさそうな木のベンチに座る。

 一分くらい、無言の時間が流れた。
 クミはふうっと息を吐くと、前を向いたまま、ぽそりとつぶやいた。

「夏休みまでなの。」
「え?」
「・・・ここに居られるの。」
「ど、どういうこと?」

「お父さんの実家、神奈川なんだけど、そこで県外の教職員を特別に募集していて、採用が決まったんだって。」
「神奈川?」

「うん、おじいちゃんもおばあちゃんも、あまり体が丈夫じゃなくて。なるべく近くにいてあげたいんだって。お父さんは二学期からそっちの先生になるの。」

 ケンは念のため確かめる。

「・・・ということは、一学期終わったら、また転校するってこと?」
「そう。」

 クミは、桜の木から、花びらが舞い降りるのを目で追い、淡々と話す。
「ほんとは、母さんと先に引っ越して、入学式から神奈川に中学に行くことになってたんだけど、一度ここに戻りたいって、わがまま言って、無茶して。」
「・・・わがまま、無茶って・・・いくらクミでも、まさか、家出するとか言ってないよね?」
「アハハ、大当たり。お小遣い全部持って、フェリー乗り場で船を待っている時に、捕まっちゃった。」
「え!」

 クミは涼しい顔で、目の前に降りてきた花びらを手のひらで受け止める。
「だから三ヶ月ちょっと。ケンと一緒に学校に行って。それから引っ越すの。・・・いいでしょ? それとも・・・ガールフレンドでもできたかな?」

「い、いるわけないじゃん! 」

 ケンは一瞬黙る。
「ていうか・・・わかった。」

 いいも何も、他に選びようがない。
 わかった、と言ったけど、何がわかったのか、自分でもよくわかっていない。

「じゃあ私、まだ引っ越しの片付けがあるから帰るね。」
「うん、また明日。」
「バイバイ。」

 ケンは一人残って、公園のベンチに座っている。
 中学でクミと再び会い、ここで話した。
 でも、クミの姿が見えなくなると、それは、幻だったような気がする。

 よくテレビの刑事ドラマかなんかでアルアルの、「いい話と悪い話があります。」というのを思い出す。
 見習い刑事「警部、いい話と悪い話があります。」
 警部「やれやれまたか。・・・じゃあ、いい話から頼む。」
 見習い刑事「クミが同じ中学に戻って来ました。」
 警部「それは何よりだ。で、悪い話は?」
 見習い刑事「クミが夏休み前にまた転校していきます。」
 警部は、見習い刑事の報告に対し、どう解決策を見つけるんだろう。

 たった三ヶ月ちょっと。

 クミは家出未遂までして、このわずかな時間で何がしたいんだろう。

 翌日から、ケンとクミの、そしてクラスの仲間達との中学生活が始まった。カウントダウン付きだけど。
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