05

文字数 1,857文字

 はじめて倒れたのは中学の終わりの頃だった。


 生まれて初めて乗った救急車の記憶はない。

 覚えてるのは病院で目覚めたとき真っ青になった親の顔ぐらいだ。


 とりあえず医者から告知はされているが、漢字ばかりがならんだその病名を俺は覚えてない。

 ただ、俺の心臓は俺の身体を動かすのに出力が足りないということだけ覚えさせられた。


 故にもう全力で走ることも跳ぶことも許さない。


 それを行えば自らの命で対価を払うことになるから。


 実際、神社の石段を登ったくらいで死にかけたのだから反省しないわけにはいかない。


 俺の心臓は思っていた以上に脆弱だったようだ。

 

だから残念だけど、心臓に負担がかかるようなことはできない

 運動を取り上げられた人生に未練は少ない。女の子と仲良くなってもそこまで。

 もう俺の人生に楽しいことなんて残ってないのかも。


 だからといって、それを簡単に捨てるなんてことはしないけど。

なるほど心臓の病気ですか
ああ、親からもらった命だ。欠陥品でも粗末にはできないからな
 ガラにもなくそんなことを言う。


 それを聞いた魅木は「なるほど」と顎に手をあて、何やら考えている。

残念ながら……ということは、本当は私としたくてしたくてたまらないと
そこまで言った覚えはない
だけれど、心臓が悪いので私と契りは結べないと
おおざっぱに言えばな
でしたら問題はありません
 魅木はきっぱりとそう言い切った。
まさか、無事ことが済んだらその後の俺の命は用済みですというんじゃないだろうな?
それこそまさかです。影史はこの夜口神社の効用は知っておいでですか?
効用って……温泉じゃないんだから
失礼しました。

この夜口神社では、昼と夜の境目を司る神様を祭っているのです

ああ、厄除けの神様だろ
 そんな話を聞いて登る気になったんだ。


 途中でどうでもよくなったけど。

はい。


まぁ、神様と気取った名前で呼んだところで、妖怪と大差ないのですが

いいのか、巫女がそんなこと言って
 問題ありません。


 人の役にたつものが神で、害をなすものが鬼もしくは妖怪と呼び方を分けた程度のものですから。

 こだわりなんてありませんよ。


 それに神が善でそれ以外は悪であり、全て滅ぼせとか言いだしたら争いの元にしかなりません

 そういうものなのだろうか。


 難しいことはよくわからん。

それはさておき、当夜口神社の神は確実に影史の力になってくれますよ
ここまで来ておいてなんだが、あんま神頼みは性に合わないんだが……

 言いかけた俺を前に、魅木は立ち上がると巫女服の帯をすっと解いた。


 起伏のすくない艶やかな肌が俺の前に晒される。


 そして俺は魅木の白い身体から目が離せなくなった。

これが、当神社の祭る夜口の姿です

 彼女の腹部は縦に大きく裂けており、それはまるで人間の口のようになっていた。


 その異貌の口を見て、今度こそ心臓が止まるかと思った。

要するに、私自身がこの神社の神なのです。


見た目はまるっきり妖怪ですけど

 茶化したように言い、半裸のまま俺にしなだれかかる。
造り物じゃありませんよ
 それを証明するように、唇の隙間から桃色の舌が伸びてくる。
人の身体ではないという意味では、偽物なのかもしれませんけど

 粘液を帯びた舌が伸びてくるが、俺は金縛りにあったかのように動けない。


 魅木は手で器用に俺のシャツのボタンを外して胸をはだけさせた。


 そして長い舌を心臓のあたりまで伸し、そこをひと舐めする。


 生暖かいヌルッとした感触が這う。


 すると、そこから八本足の影が這い出した。

えっ!?

 蜘蛛は天敵に見つかったがごとくその場から逃げだそうとする。


 しかし魅木の舌はなんなくそれを捕まえると、そのまま大きな口まで運び咀嚼してから飲み込んでしまった。

どうやら影史には悪い虫がついていたようですね
 いたずらっ子のように魅木が告げる。
それでどうですか?
本当に本物の口なんだな
いえそうでなくて心臓の方です。


まだ痛みますか?

そういえば、痛くない?
 胸はまだドキドキしたままだけれど、締め付けるような痛みは感じない。
これは……
私の口に食べられないものはないんです。


例えそれが病であっても

 そう言って魅木は、ニッコリと微笑む。
さて、これで二人の間に障害はなくなりましたね
いや、その……
あんまり我が儘ばかり言わないでくださいね。


だって私の口は人間だって食べられるのでから……

 幼くも妖艶に微笑む彼女に俺は言葉を失った。




 その後、俺は必死に言い訳をして自らの貞操を守った。


 そのためにいくつかの約束を魅木としたのだけど、それはまた別の話だ。

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