~バンド結成まで その4~

文字数 2,011文字

 源三郎が学校内にオオノヨウコを発見して3日目、その日も登校してすぐ2組の教室に向かった。すでにヤバそうな奴が(教師も含め)何人か廊下でモジモジとしつつ、中を伺っていた。源三郎はそんな連中を意に介せず、廊下から斜めにジッと意中の人を見つめる……。

 だが、源三郎の目は昨日までのようにヤバくはなかった(厳密に言えば、昨日まで

はヤバくなかった)。すでに「コールド・ターキー」の完コピを達成していたので、気が済んで昨晩はぐっすり寝ていたのだ。さすがに冷静さを取り戻し、(あんまり長居したら廊下でブラブラしてるコイツらみたいにおかしな奴と思われるだろう)と考え、1分程度でその場を去るつもりでいた。だが、すでに2組の生徒たちには、「またお決まりのメンバー来てるよ」と、ヤバい奴の一人にカウントされていた。

 やはりオオノヨウコは、源三郎の心を(たかぶ)らせた。
――なんて魅力的な人なんだ。つくづく、一緒のクラスになれなかったことが残念だ!

 オオノヨウコは今日も隣の女子と話していた。(さすがオオノさんと親しいだけあって、隣の女子も上品でまあまあキレイな人だなあ)と源三郎は思ったが、オオノヨウコとは比べようがないと感じた。(オオノさんには、他の人にはない、俺の心臓に突き刺さるような何かがある。みんなもそうなのか? いや、俺のこの痛みにはかなわないだろう。いずれにしても、俺はそんな女性に出会ってしまったんだ。もとい、出

ってしまったんだ。ああ苦しい、命がけだ。まさに

難!)などと思いつつ、源三郎は雑音の向こうの二人の会話に耳を澄ませた。

「5組にライムちゃんて名前の子いるよね。ああいう洒落(しゃれ)た名前いいなあ」とこれはオオノヨウコ嬢。
「雰囲気もライムちゃんって感じだしね。どんな字だっけ?」とこれは隣の嬢。
「来るに夢。これはまだ音読みがそのままだからいいけどさ、7組のプリンス君なんて、字は〈王子〉だからね」
「それは完全なキラキラネームだね」
「そこまで行くとちょっとイヤだけど、私たちの名前もつまんないよね~」
「そうだよね、今どきヨウコなんて、私もつまんない」
「でも、クラスに二人いて良かった~。心強いわ~」
「フフフ。こちらこそ、どういたしまして」

 源三郎は目を丸くして何度か肯いた。
――なるほど、あの二人がやけに親しいのは、下の名前が同じだからか!

 収穫があったので、納得していつもより早めにその場を去った。しかし5分は経っていた。

 その日の昼食時、源三郎の左後ろから声が聞こえてきた。例のトーンだった。あの話題だ。

「俺、今日も登校のとき、見かけちゃった」「俺なんて2限目の休み時間に廊下ですれ違ったぞ。いい香りしてたし、たぶん目も合ったかも」「それ、いいなあ!」「お前はちゃんと名前覚えてないからダメなんだよ。『2組のヨウコちゃん』ってばっかりで。2組のヨウコちゃんは二人いるんだよ」「そうなの?」「そう。あの、右隣でよく喋ってるのがオオノヨウコってんだよ」「そうだったのか!」「ちゃんと、『2組のゴショガワラヨウコちゃんに会いたい』って念じないと」「なるほどな。念じ方が甘かったのか。どおりで、隣のあのエキセントリックな奴にはよく会うと思った」「ゴショガワラヨウコちゃんは競争倍率高いんだから、大雑把にヨウコちゃんじゃなくて、ちゃんとフルネームで念じないとダメだ。この学校のマドンナには、半端な崇拝では謁見(えっけん)できんぞ」「かしこまりました!」

 話を聴いた源三郎は、頭の中を整理した。(コイツら、会えるか会えないか運頼みかよ。意気地なしだな~。俺みたいに朝、直接2組に行って見てこればいいのに。……で、連中(いわ)くヨウコちゃんが二人いるらしいな。んーと、つまり、あのヨウコちゃんは右側にいるから、オオノヨウコちゃんだよな。左の人と喋ってるもんな。で、学校のマドンナは、オオノヨウコちゃんじゃなくて、つまり左の人なんだね。そうだよね、アイウエオ順的にもそうだ。なーる……)

――みんな、女見る目ねえなあ!!

 源三郎は、事態が信じられず、学校中の男どもをあざ笑いたいくらいだった。(確かに隣の子は、今思えばブサイクじゃないし、まあ美人なんだろうしかわいいんだろうけど、

のヨウコちゃんに比べたら、魅力が足元にも及んでないじゃないか。それも分からず、あの隣のとびっきりキレイな子に熱上げるなんて、みんなどうしたんだろう? やっぱ、俺のセンスが良すぎるんだろうな)

 源三郎は優越感に浸り、オオノヨウコへの想いをますます強めニタニタした顔で弁当を頬張っていた。そんなふうに学校生活を送っていたため、入学早々、源三郎はクラス中からいささか距離を置かれることになった。

 ――まだバンド組まねえんかい――
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