文字数 1,457文字

「ハリー。ドクター知らない?」
暖かな午後の日差しの中、顕微鏡から顔を上げて振り返るとアルフレッドが手を振っていた。
「お疲れ様です。今日は見てないですね。検死室じゃないんですか?」
「んー、そっちにいなくてさあ……」
腰に手を当てて考え込むアルフレッドの向こうから、彼の相棒のルカが小走りにやってくるのが見えた。
「食堂行ったらしい。入れ違いみたいだな」
「あいつ、本当早く助手取るべきだよ」
「僕も食堂へ行くつもりなので声かけときましょうか?」
「うん、よろしく。――そうだ、ハリー。お前にお願いがあってさ」
「何ですか?」

立ち去ろうとしていた足を再びこちらへ向けながら、アルフレッドは眉間に皺を寄せて言った。
「この前来てたNCISの捜査官いるだろ。あの人にお前の電話番号教えてもいいか」
「えっ?」
僕が返事を返す前に、彼は溜息を吐いた。
「何か知らないけど俺に電話かかってくるんだよね。爆弾に関しては完全に素人だって言ったのに」
「嫌がらせじゃないのか」
「あ、それ多分……」
僕があなたに確認するように言ったためです、と言い訳するより先にアルフレッドからメモを押し付けられた。
「おそらく海軍絡みの爆弾に関することしか聞かれないから、答えられる範囲で答えてやって」
「面倒事押し付けるなよ」

辟易というルカにアルフレッドは一瞬むっとした視線をやると、突然にやりとした。
「あー、もしかしたら俺に気があるのかもなあー」
わざとらしく張り上げられた声にどきりと反応してしまう。
僕に対してルカは冷静なものだった。
「そんな希少な人間がいるなら是非会ってみたいものだな」
「同じ人間に惹かれる者同士として?」
「同じ人間に苦労させられる者同士として」
「お前、いつも俺が問題児みたいな言い方するけど、そっちだって……」
彼らの漫才のようなやり取りに口を挟む隙もない。結局何も言い返せずに彼らが去っていくのを見送ってから、僕は小さく溜息を吐いた。

食堂は人もまばらで空いていた。
窓際のカウンター席に目的の人物を見つけて、僕はトレイに乗せたサンドイッチを持って歩み寄った。
「ドクター、アルたちが探してましたよ」
眼鏡をかけた白衣の男性は怪訝そうに顔を上げた。
「ちょっとくらい休ませろって話だ」
可愛い顔に似合わず毒舌な彼のギャップに僕は苦笑いを浮かべる。
「タイミング悪かったみたいだね。行き違いって言ってたし」
「あの人たちすぐからかってくるから会いたくない……」
机に突っ伏して独り言を零す。こちらは苦笑を浮かべるしかない。
卵サンドを口に運ぼうとした時、突然ドクターは顔を上げていった。
「そういえば君のことも探してる人がいたよ」
「……誰?」
サンドイッチを持つ手を止めて、僕は首を傾げる。ドクターはこめかみに指を当てて考え込んでいた。
「多分、外部の人間。スーツ、背が高い、爽やか」
口に咥えたまま動作が止まってしまった。無理やり水で流し込む。
「いつの話?」
「午前中。いないならいいって、すぐ帰ったけど。……恋人?」
半分楽しんだ様子で覗き込む眼鏡に、僕は咳き込んだ。
「何言うんですか!」
「いや、俺も誰かからかってないとストレスが溜まるからね」
「僕で発散しないでください!」

ひらひらと手を振る背中に向かって叫ぶも虚しい。
言い返すのを諦めて食事を再開する。
片手にサンドイッチを持ちながら、もう片方で無意識に携帯を開いていた。
もちろん着信などないことはわかっているのだが。
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