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彼は今日もスーツを身に付けていた。隙がなく、厳しそうな印象を受ける。
身長も相まって萎縮してしまいそうだ。

僕は吐息を吐いた。
「科学捜査班のハリー・ホワイトです」
彼のもとへ歩み寄る。机の前に立ちつくしていた男は左手を差し出した。
「捜査官のベンジャミン・アルフォードだ。NCIS」
大きな手を握り返す。その時、がっちりとして骨張った指に、指輪が光るのがちらりと映った。
「NCISの人だったんですね」
目線を上げながら改めてじっくりと観察する。
NCISは、海軍関連の事件捜査を専門とする機関だ。多くはないが海上での事件が彼らの管轄になることもあるため、合同捜査を行うこともあると聞いている。

手近の椅子を引いて本題へ入った。
「先日の爆弾についてという話ですけど……」
確か、海軍には関連していなかったはずだ。爆弾が設置されていた現場にあった遺留品から犯人が割れ、事件は解決している。
ああ、と頷いてアルフォードは胸ポケットから黒い手帳を取り出した。
先ほどまでの表情とは一変して、一瞬で厳格な雰囲気を纏っていた。その変化にこちらまで気が引き締まる。
「具体的にどんなものだったか教えてほしい。手作りだったよな?」
「はい。よくあるプラスチック爆弾で、作りは簡単なものでした。
遠隔ではなく、設定された時間が来れば爆発する類のものです。
少し知識があれば作れると思いますが…」

爆弾というものは、どこかしらに作り手の特徴がみられることがある。それは複雑になればなるほど顕著で、制作者の癖だったりこだわりだったりする。
反対に簡易的なものであれば、解体することは簡単だが特徴が見つけにくい。
手順通りに作れば誰でも作れてしまうので、癖を出す場面がなくなるのだ。
ただ一点、違うところと言えば……
「設置されていた船と一体化しているところがありました。無理に外せば爆発するような仕組みで」
しかし特徴と呼べるほどのものではなく、犯人特定の決定打にはならなかった。

「あの、それが何か…」
自分たちの調査に不備があったのかと不安に思い、僕はおずおずと尋ねた。
アルフォードは考え込んだ姿勢のまま説明した。
「いや、また爆弾が設置されていたんだ。同一犯のものかどうか、判断が出来なくてね」
「というと?」
「今回はこちらが処理する前に爆発した。
つまりほとんどの部品は粉々になってしまっている」
なるほど。それは確かに同一犯と特定するのは難しいかもしれない。
僕が低く唸る姿を見て、アルフォードはふっと笑った。彼が笑うと意外なほど厳しそうなイメージが和らいだ。
そのギャップに動揺する。
「簡単なもので特徴は見られないという報告は受けていたんだが、一応現場の人間からも聞いておきたかっただけだ。悩ませてすまない」
困ったような微笑を浮かべる。
僕は紅潮する熱を払うように首を振った。
「いえ、お役にたてず申し訳ありません」
「そんなことはない。参考になったよ」

立ち上がるアルフォードについて僕も部屋を出た。
「でも、同一犯という可能性は低いのでは?」
アルフォードの言う爆破がいつ起こったものかはわからないが、こちらの犯人は一昨日にはすでに拘留されていたはずだ。
「爆弾そのものを作った犯人はそいつで、設置したのは別人かもしれない。
今回は船じゃないし、設置場所と一体化していた形跡もなかった」
爆破した現場から遺留品を見つけ出すのは難しいのかもしれない。爆弾の制作者がわかれば、そこから関係していた人物を洗っていくのだろう。

階段を降りる広い背中を見つめていると、なぜか急に涙が溢れてきた。
わけがわからずたじろぐ。
まさか彼の期待に応えられなかったから?
それは事実だが、そんなことが泣くほどの理由にはなりえないし、
これくらいの協力なら今までだって幾度となくあった。
もちろんこんな感情を抱いたことなど一度もない。
まさにそのタイミングで、アルフォードが振り返るものだから僕は階段から足を踏み外した。
「――っ、大丈夫か?」
何かが地面へ落ちる軽い音が響いて、気づけば僕の目の前にはアルフォードの驚愕に固まった顔があった。
僕を抱え込んだ腕は逞しく、突然の出来事に対する対応とは思えないほどびくともしなかった。
「す、すみません」
慌てて身を引く。転ぶ前、一瞬視界に入ったアルフォードは驚いたように目を見開いていた。おそらく、泣いている姿を見られたのだろう。
「大丈夫です。……目に何か入ったみたいで……」
さっと腕で拭って笑顔を向けると、アルフォードの琥珀色の瞳が油断なくじっと見つめ返した。その視線に心が揺れ、また目頭が熱くなる。
僕は目を逸らした。
「アル……ウルフ捜査官を呼んできます。ここで待っててください」
「いや、声をかけるつもりだったから俺が直接行く。
時間を取らせて悪かったな、ありがとう」
「力になれず、すみません」
「そんなことはない。そうだ」
呟くと彼は手帳を取り出した。僕が首を傾げる前で何か書き込むと、
そのページを破って僕へ差し出した。
「俺の番号だ。何かあれば連絡してくれ、いつでも」

それを受け取った時、アルフォードを呼ぶアルフレッドの声が聞こえてきた。
僕たちは目を合わせて苦笑を浮かべた。
「また邪魔しにくるかもしれないけど、そのときはよろしく」
「は、はい!こちらこそ」
柔らかい笑みを浮かべて立ち去る姿を、今度はなかなか忘れることができなかった。
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