第五笑 【補】
文字数 9,267文字
逃げた者はもう一度戦える。
デモステネス
第五笑【補】
「てやんでい!!おめぇさん、さっきから嬢ちゃんにちょっかい出しやがって!!!」
「てめぇこそ!!!たぬきの分際でこの子に色目なんて使ってんじゃねえぞ!!!!」
「はん!おめぇには俺のような色気がねえからな!悔しくて仕方ねえってか!!」
「はああん!?んなわけねえだろ!!!俺の方が色気むんむんだっての!!てめぇこそ色気の”い”の字もねぇだろうが!!!」
「色気むんむんって言ってる時点でおめぇさん古臭ぇんだよ!!」
「てめぇこそたぬきって時点ですでに色気ねぇんだよ!!!!」
「あんさんら恥ずかしいからやめてくださいな」
とある星に住んでいる男たちがいる。
紫の髪をした『かぐや彦』は、周りから『夜彦』と呼ばれている。
夜彦の前にはたぬきときつねがおり、夜彦とたぬきは何やら近くにいる女の子のことで言い争いをしているようだ。
きつねが止めに入ってみるも、言い争いは止まらない。
「そもそも俺は一人称”俺”であってんのか!?すでに覚えてねえぞ!すっとこどっこい!」
「知らねえよ!!!俺たちの作品書いたの随分前だから作者だって忘れてんだよ!きっと読者だって忘れてるからいいんだよ!!!また新しく設定しなおせばいいんだよ!!」
「おめぇさんは本当に適当だな!そんなんだから女にモテねえんだよ。歩を見習え」
「なんで歩なんだよ!あいつより俺の方がモッテモテだっつーの!!!」
「んなわけねえだろ!!!あいつよりモテてんのは俺だぜ!」
「あんさんら、二人して歩兄さんには勝てませんて」
「「ああん!?」」
「・・・・・・」
「あの、これ、作ったので良かったら食べてください」
「・・・・・・」
「お、お嫌いですか?肉じゃがなんですけど・・・。えと、おはぎも作ってきてて、甘いものはいかがですか?」
「悪いけど、さっきおかずもらったからこれ以上あっても食べられない・・・」
「俺が食べる!!!」
「俺も食うぜ!!!」
「はあ・・・。やっぱり来た」
歩のもとには一人の女性がおり、何やら歩にとおかずなどを持ってきたらしいが、歩はそれを断るところだった。
しかし、夜彦とたぬきがその女性の手からおすそ分けを引き取る。
歩は返すように伝えるが二人して断固拒否してきたため、仕方なくもらうこととなった。
「歩!ああいうときはな、もらっておくんだよ!それが男ってもんだ!」
「べらぼーめ!その通りだ!」
「貰ったら勘違いするだろ。そういうの面倒くさいから嫌なんだよ」
「勘違い上等だろうが!つかなんだ!?俺たちに対する嫌味か!?自慢か!?これは俺たちで有難くいただくからな!」
「勝手にしろ」
すでにたぬきはおかずをつまんでおり、それを見て夜彦はたぬきからおかずを奪おうとする。
夜彦とたぬきがそんな争いをしている中、きつねとこの男、歩はさっさと家へと戻っていく。
静かにお茶でも飲んでいようかと思い用意をするが、やっとゆっくり出来ると思ったとき、またしても夜彦とたぬきがわーわーと騒ぎながら帰ってきた。
「だから!!!これは俺が食うって言ってんだろ!!!!」
「なんでいこのちんちくりんが!!!俺が食うにきまってんだろ!てめぇなんぞの腹に入るわきゃねえだろ!!!!」
「ああん!?お前腹出てんだからそれ以上食うんじゃねえよ!!ただでさえぽよんぽよんしてんだからそれ以上ぽよんぽよんするんじゃねえよ!」
「この腹が良いっていう美女もいるんだぜ!そんなこともわかねぇからお前ぇさんはモテねえんだよ!!」
「お前らさっきからうるせえんだけど」
「あんさんら、歩兄さんが怒ってますよ。いい加減にしたらどないです?」
「歩も歩なんだよ!!なんでお前はいっつもいっつもいっつもいっつも女の子から何かしら貰ってんだよ!!!どうすれば貰えんのか教えろよ!!!!伝授しろよ!!!」
「面倒くせぇ」
「お前そういうの良くねえぞ!!もっと俺に寄り添えよ!!優しくしろよ!!」
「なんでお前に優しくしねぇといけねぇんだよ。つかうるせえから静かにしろ」
歩はのんびりと何事もなく毎日を過ごしたいだけなのに、とため息を吐きながらお茶を啜ると、夜彦とたぬきが迫ってくる。
思わずお茶を出しそうになった歩は、いきなり目の前にきた夜彦とたぬきを睨みつけるが、二人はお構いなしだ。
「そもそもなんで俺には女の子が寄ってこねえんだよ!!こんなに愛想よくてかっこいいのに!!!目立つのに!!!!」
「そりゃおめえ、悪目立ちしてんだろうよ。俺を見てみろ。この可愛いフォルム。おめぇみてぇなチャラチャラした男よりも、女は俺みてえな硬派な男が好きなんだよ」
「おめぇのどこが硬派なんだよ」
「・・・うるさい」
「あんさんら、ここは歩兄さんの部屋でっせ。五月蠅くするなら部屋を出ておいきな」
あれからしばらく経つが、夜彦とたぬきは相変わらずぎゃーぎゃーと仲良く言い争いを続けていた。
頬杖をつきながら呆れている歩は、なかなか終わらない二人のやりとりに、眉間にしわを寄せながら立ち上がると上着を手に持つ。
「出かけるんで?」
「ああ」
上着を羽織りながら部屋を出ていくと、少し肌寒い中、歩は一人でその辺を適当に歩いていく。
なんで自分の家から追い出される形となってしまったのか、歩は納得がいかないものの、あの二人を追い出す方が大変ということもわかっているため、どこかでゆっくりお茶でも飲もうかと歩きまわる。
歩が出ていってしまったあとすぐに、夜彦とたぬきはきつねによって説教されていた。
「あんさんらいい加減にしなせえ!歩兄さんの部屋でなんです、みっともない!情けない!子供ですかまったく!喧嘩するなら外でしなせえ!!」
「「だってこいつが!!!」」
「どっちもどっちです!あんさんらが歩兄さんよりモテることがないのはそういうとこです!」
「うっ・・・」
「きつね、おめぇさんは俺よりあの若造の方がモテてるって言いてえのか」
「当然です!あんさんが歩兄さんに勝ってるところなんてあると思てはるんですか!?思てはるなら言うてみなはれ!!!全否定ですわそんなもん!!!!!」
「ぷっ」
「夜彦、お前ぇが笑うんじゃねえ!」
「だって!!はははは!!!確かに!顔も腕の長さも足の長さも腹のへっこみ具合も勝てねえわな!!!!はははは!!!」
「こんちくしょうめ!」
「夜彦はんもでっせ!!!」
「すみません」
きつねの説教に夜彦とたぬきがショボン、としているとき、歩は一人カフェでホットカフェラテを飲んでいた。
普段はそこまで甘いものを口にはしないのだが、ストレスなのか、自然と甘いものを頼んでいた。
その店には時計もなく、時間が過ぎているのをそれほど感じることもなく、ただ空の明るさだけが頼りだ。
本でも持ってくればよかったかな、と思っていると、温かさのせいか眠くなってきてしまった。
「お母さん、お父さんはどうして僕を無視するの?」
「お父さん、お母さんはどうして僕のことを殴るの?」
「お母さん、どうしてお母さんは僕と一緒にいてくれないの?」
「お父さん、どうして僕をそんな目で見るの?」
「お母さん、お父さん、どうして僕のことを嫌うの?」
「僕は何か悪いことをしたの?」
「どうしたら僕のことを許してくれるの?」
「なんで僕のことを好きになってくれないの?」
「何がいけないの?何がダメなの?ダメなところがあるなら直すから。どうか許して。僕のことを見て僕のことを好きになって。お願いします」
ふと目を覚ます。
ああ、寝てしまっていたのかと、歩は小さく息を吐く。
残っていたカフェオレを口に含むと、会計を済ませて外へ出る。
少し暗くなっていた道を歩いていると背後から声をかけられたため、歩はその聞き覚えがあるようなないような、その声の方向へと顔を向ける。
そこに立っていた人物は、正直、見覚えがない男だったが、男は歩のことを知っているようで、変ににやにやしていた。
「どっかの星に飛ばされたって聞いちゃいたが、ここだったんだな。まさかまた会うとは思ってなかったぜ」
「・・・・・・」
「俺は別に飛ばされたわけじゃねえからな。単なる小旅行だ。懐かしい顔を見られるとはな」
「・・・・・・」
「おい、なんだ?どうした?俺のこと忘れたわけじゃねえよな?」
「・・・忘れたというか、知らない」
「おいおいおいおいおい、ふざけんじゃねえぞ。お前と散々一緒にいたじゃねえか。お前が一人だったから一緒に遊びに行ったりしたじゃねえか」
「知らない。人違いだと思う」
「俺だって!!!俺!!!!なんで覚えてねえんだよ!!!!」
「なんで自分が覚えられてると思ってるのかが不思議なんだけど」
「お前のことめたくそにいじめた野郎のことなんで覚えてねぇんだよ!!普通は会ってすぐに思い出してトラウマ引き出すところだろうが!!!!」
「え?・・・ああ、いたかも。なんかやけに毎日にやにやしながら近づいてくる気持ち悪い奴がいたかもしれない。それか」
「それとか言うなよ!つかニヤニヤしてる気持ち悪い野郎だと思ってたのか!ふざけんなよててめぇ!!!やっぱムカつく野郎だな!!!だから嫌いなんだよ!!お前はどこ行っても嫌われ者だと思って可哀そうだから顔でも見せてやろうと思ってきたんだよ!!だろ?お前は所詮、すべてを壊すことしか出来ないんだからな!人間関係だってそうだろ!?お前と一緒にいたい奴なんているわけねえもんな!!!」
「・・・・・・」
「なんだよ!!言いたいことがあるなら言い返して来いよ!聞くくらいならしてやるからよ!!」
「・・・・・・」
「相変わらずだな!何か言えって!!」
「いや、よく喋るなと思って。息継ぎしてるのか?」
「本当にふざけてんな!!もう一回痛めつけてやろうか!!!体にわからせてやらねえとダメみたいだな!!!」
そういうと、男は歩に駆け寄ってくる。
駆け寄る、という表現は正しくないかもしれない。
抵抗も反論もしていない歩に対し、襲い掛かってきたのだ。
「お前みたいな奴はなあ!!!!存在しねぇ方が世の中の役に立つんだよおお!!」
勢いよく殴られてしまった歩は、勢いのまま後ろへ倒れていき、そのまま尻もちをついてしまった。
男は倒れた歩に近づいてくると、歩に馬乗りになる。
「てめぇ、面の良さだけで今日まで生きてこれたんだろ?なら、その面ボコボコにしてやるよ」
一度、二度、三度と、歩は抵抗することなくおとなしく殴られていく。
「はあ・・・はあ・・・ったく、殴るのも疲れるってんだよ」
男はようやく歩の体の上から移動すると、血だらけになっている歩の顔を見て満足そうにそこを立ち去ろうとする。
男が振り返ったそのとき。
「いっ・・・・・・てえええええええ!!!!!!!」
歩を殴った男の叫び声が聞こえてきたのだが、歩は興味がなかったのか、それとも体が動かなかったのか、男の声の原因を探すことはなかった。
しかし、聞こえてきた別の声によって、男の声の原因がすぐにわかった。
「げっ。まじか。おい、大丈夫か?」
「男前がぼろぼろだな」
「歩兄さん大丈夫でっか?」
「お前ら!!許さねえぞ!!よくも俺の顔を!!!絶対許さねえからな!!!!」
自分の顔をのぞいてきた三人に、歩は助けを求めることもなく黙っていた。
たぬきときつねが歩の体を支えながら起こそうとしているとき、もう一人の男、夜彦は男の方を見ていた。
「いや、お前の顔一回しか殴ってねぇじゃん」
「一回殴ってんだろうが!!!なんで殴られなきゃいけねんだよ!!そもそもお前なんなんだよ!!変な髪色しやがって!!!!」
「こいつのことどんだけボコったと思ってんだよ!!!顔見ろ顔!こいつが唯一俺に勝ってるところだぞ!!他は俺が勝ってるけどな!!それにな!髪は個性だからな!個性と言え!そして俺に跪け!」
「なんだお前!面倒くせぇ奴だな!!!」
「お前に言われたくねえわ!!!」
「お前らもこいつと同じか!どうせ”屑入れ”って呼ばれるこの星に飛ばされたんだろ!可哀そうになああ!!!同情しちまうぜ!!」
「俺はなあ!!吹っ飛ばされてきたんだよ!!!それに別にここ嫌いじゃねえから!お前に同情なんてされる覚えねえから!!」
「ああん!?てめぇ俺に喧嘩売ってんのかよ!?ボコボコにしてやろうか!?」
「喧嘩はダメなんだぞ!みんな仲良くて生きていくんだからな!!」
「お前馬鹿だろ!!そいつみてぇに呪われた奴も、よくわかんねえ形してるそいつらも、変わってるお前も!!!仲良くするなんて無理に決まってんだろ!!ごめんだわ!」
「歩はなあ!呪われてるわけじゃねえんだぞ!お前知らねえのか!!もともとなんだぞ!!すげぇんだぞ!!!」
「もともとだから呪われてるって言ってんだよ!!!そいつはなんでも”無”にしちまうおっかねえ力持ってんだぞ!お前らだって、その力で殺されんのが落ちだな!!!」
「まじか!そんなこと出来んのか!!それは俺も知らなかった!!すげぇな!確かにおっかねぇな!!!!それはまずいな!!」
「なんなんだよまじでお前!!!!そういう話はしてねえんだよ!!!」
「急に歩自慢してきたのかと思ったけど違ったのか!!!」
「違ぇよ!!!阿呆か!!!」
「なんだと!!お前の方こそ阿呆っぽい顔してるぞ!!俺が言うのもなんだけどな!!お前すごく阿呆っぽいぞ!!俺が殴ったからか?!殴ったから余計にか!?だったらごめんな!!!」
「まじでムカつく野郎だな!!話全然通じねえし!!!!くそったれ!!!」
「ちゃんと会話になってるじゃねえか!」
「どこがだよ!!」
夜彦と男はしばらくそんなくだらない言い争いをしていた。
それをずっと見ていた歩たちは、特に夜彦に加勢することもなく、なんとなく面白いことになってるなー、といった感じだ。
きつねは怪我をしている歩の手当をしようとするが、歩は「平気だ」と言ってなかなか動こうとしない。
しまいにはたぬきは欠伸をし始める。
「お前も大概変だからな!!!」
「お前にだけは絶対言われたくねえんだけど!!!」
「五月蠅い」
「お前が原因じゃね!?」
まだ止まりそうにない二人に対し、歩は淡々と文句を言う。
そんな歩に対し夜彦がツッコミを入れると、その時、男がまた歩に襲い掛かろうとした。
いや、それよりも手前にいた夜彦を襲おうとしたのかもしれないが、夜彦からしてみると歩へ向かったように見えたのだ。
夜彦は男の足に自分の足をひっかけると、綺麗に腹にグーパンを入れる。
男は腹を抑えながらも歩を睨みつけるが、夜彦がひょこっと顔をのぞかせて男の視界に入る。
にっこりと笑う夜彦に、男はさきほどの会話のこともあってか、これ以上関わらないようにしようとその場を去っていった。
「まったく災難だな」
「まったくだ」
「お前の場合は自業自得だけどな」
「なんで」
「だってお前がそんな愛想悪いからだろ?俺は愛想いいから殴られなかったんだよ」
「・・・お前はめでたいな」
「あ?褒めてんのか?」
夜彦が歩に手を差し出すが、歩はその手を取ることなく立ち上がり、一人で家に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見ていた夜彦たちは、家までずっとそのままついていくように一緒に帰った。
家に帰ると、歩は自分で治療をしようとする。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なあ、お前なんでいっつも一人でなんとかしようとすんだ?」
「・・・・・・」
救急箱を取り出している歩に声をかける夜彦だが、歩はそれに答えることなく着々と手当をしていく。
きつねは心配そうに見てはいるが、手を出してもいけない気がしておどおどしており、たぬきに至ってはまるで自分の部屋かのように体を横にしてくつろいでいる。
何も答えない歩に近づくと、夜彦は歩の前で胡坐をかく。
「貸せって。やってやっから」
「いい。自分でできる」
「出来てねぇじゃん。怪我してねえとこばっか消毒してっけど」
「鏡があれば出来る」
「鏡がねえから言ってんの。俺が嫌ならきつねに任せろって。全然出来てねえから」
「なんとなくわかるから大丈夫だ」
「わかってねえから言ってんの」
「五月蠅い奴だな」
「頑固な奴だな」
珍しいその紫の髪をガシガシとかき乱しながら、夜彦は歩の手からガーゼを奪うと、器用に歩の怪我をした部分へとあてていく。
自分が怪我をしたときには「唾つけときゃ治る」などというわりに、こういうところはお兄ちゃんらしいな、とたぬきときつねは思っていた。
「よし。こんなもんか」
消毒液などを救急箱にしまうと、夜彦は歩の頭に手を乗せて、まるで弟の頭を撫でるようにわしゃわしゃとする。
歩は少し目を見開くと、夜彦の手を振り払う。
なぜか拗ねたように口を尖らせながら不機嫌そうな顔で夜彦を見る歩に対し、夜彦は二ッと満面の笑みを見せる。
何か言うのかと思ったら、何も言わずに、だらだらしているたぬきの腹を触りだした。
「・・・・・・」
懲りずに歩の部屋でくつろぎ始める夜彦たちに対し、歩は珍しくいらっとした様子で口を開く。
「いい加減にしろ。出ていけ」
とげとげしい口調の歩に、夜彦たちはきょとんとした顔を見せる。
「何そんなイライラしてんだよ」
「別にしてない」
「してるじゃねえか。いつもなら俺たちがお前の部屋でだらだらしてようとあんまり気にしてねえだろ」
「当然のように居座るのがおかしいだろ」
「え?だってお前の部屋ってことは俺の部屋も同然じゃね?」
「お前はどこのガキ大将なんだ」
「強いて言うならここの?」
「ふざけるな」
「おい、お前本当になんか変だぞ」
そう言って夜彦が歩に触れようとしたそのとき、伸びてきたその腕を振り払おうとした歩は、無意識に力を出してしまう。
「!」
「おい!でぇじょうぶか?!」
「ッ!!!!」
夜彦の指先が、ほんの少しだけ欠けたようになり、そこから血が出てきた。
それを見てたぬきが体を起こしながら声をかける。
歩は一歩後ろへと下がりながら、自分の指先をさする夜彦と、その夜彦を心配して近づいていくたぬきときつねから離れようと背中を向ける。
しかし、夜彦が歩の腕を引っ張る。
そして、歩にではなく、自分に声をかけてきたたぬきに対して返事をする。
「大丈夫だ」
夜彦は自分の力で怪我を治したらしい。
たぬきときつねはホッとした様子だが、歩はいまだ夜彦の方を見ようとしない。
ほんの少しの間だけ沈黙がその場を占領するも、すぐに夜彦の声が響く。
「大丈夫だから。ここにいろって」
「・・・・・・」
「歩、こっち向け」
「・・・・・・」
「歩」
「・・・・・・」
「このやろ」
「!!!」
なかなか自分の方を見ようとしない歩に対し、夜彦はいきなり歩の体をこちょこちょし始める。
突如として訪れた思いがけない攻撃に、歩は大声で制止をかけるが、夜彦はなかなか手を止めない。
ついにはたぬきときつねも一緒になって歩をくすぐり出したものだから、歩は涙目になりながら精一杯声を出す。
ようやく手が止まるころには、歩は息をあらげながら夜彦たちを睨みつけるが、夜彦たちは大笑いしていた。
夜彦にいたっては、床をどんどんとたたきながら盛大に笑っている。
「なんのつもりだよ!!!」
「はははは!!!お前がいつまでも拗ねてるからだろ!!つか面白ぇ!お前脇弱いんだな!!!!!いつものクールな歩君じゃねえ!!!」
「うるせえ!!」
こちらはこちらで涙目になりながら笑っている夜彦も息を整えると、歩の方を真っ直ぐに見る。
「お前、何怖がってんだよ」
「別に怖がってねぇよ」
「もともといた星で何があったかは知らねえけどよ、俺たちは全員何かしらあってここにいんだから。気にすんなよ」
「・・・お前らは、誰かを直接傷つけたことがないからそんなこと言えんだよ」
「・・・・・・」
「俺は、この力のせいで親からも見放されたんだ。誰も俺に近づいてこない」
「・・・人を傷つけるってよ、別に肉体的なことばっかじゃねえだろ。言葉で傷つけることの方が多いかもな。それに、お前が故意的に傷つけたなんて俺たちは思ってねえ。だろ?それになんだ?お前女の子たちが寄ってきてるくせにそんなこというってことは、俺たちのこと馬鹿にしてんのか?そんな力持ってねえのに近づいてこねえんだけど」
「な?」と隣にいるたぬきに話しかける夜彦だが、たぬきはあくまで自分には寄ってきている、と断言する。
「お前のことわかってねぇ奴のことなんて気にすんな」
「・・・・・・」
「お前のことは、俺たちがわかってっから」
「・・・・・・」
「お前に何かあったら、俺たちが助けてやる。絶対にな」
「・・・・・・」
「だから、俺たちに何かあったときには、助けろよ?絶対な!」
「・・・・・・」
夜彦の言葉に、たぬきときつねが続く。
「あったぼーよ!俺の次にイケてるお前さんは、俺の弟子みてぇなもんだからな!」
「何を言うてはるんですか。私らがいますから。いつでも呼んでくださいな」
「・・・・・・」
「なんか言えよ」
ゆっくりと深呼吸をしてから、歩はため息のように強く息を吐く。
「お前ら、本当にいつもうるせえんだよ」
「楽しいと声ってでかくなるよな」
「俺の部屋にいつも居座って」
「なんか落ち着くんだよな」
「勝手に食うし飲むし寝るし」
「幸せってこういうことだよな」
「話聞かねえし」
「お互いにな」
「・・・だから、いねぇと物足りなく感じるときがある」
「・・・・・・」
「面倒臭ぇのは嫌いなんだ」
「・・・え?デレた?デレてるのこれ?」
「・・・悪かったな」
「なにが」
「指」
「指・・・?ああ、これな。だから大丈夫だって。俺ってばすげぇんだから!」
「・・・お前は本当にめでたいな」
小さく笑いながら言う歩を見て、たぬきときつねは互いの顔を見て微笑む。
夜彦は、いつものようにニカッと笑う。
「これが俺の専売特許よ!!」
歩は呆れたように笑う。
「馬鹿」
「ほんとこいつは馬鹿だよな」
「あ?なんだてめぇこの太っ腹が」
「太っ腹は褒めてんだぞ。だからお前は馬鹿って言われんだ」
「意味は知ってっから!あえて使っただけだから!!!!」
またしても始まった夜彦とたぬきの言い争いに、きつねは首を横に振りながら呆れる。
いつもならきつねと同じように呆れている歩なのだが、この日は違っていた。
人はそれぞれ背負っているものがある。
違うことを異端と見るか個性と見るか。
それは生まれながらに持った『疾風勁草』である。
「歩、女の子を引き寄せる方法を」
「五月蠅い」
デモステネス
第五笑【補】
「てやんでい!!おめぇさん、さっきから嬢ちゃんにちょっかい出しやがって!!!」
「てめぇこそ!!!たぬきの分際でこの子に色目なんて使ってんじゃねえぞ!!!!」
「はん!おめぇには俺のような色気がねえからな!悔しくて仕方ねえってか!!」
「はああん!?んなわけねえだろ!!!俺の方が色気むんむんだっての!!てめぇこそ色気の”い”の字もねぇだろうが!!!」
「色気むんむんって言ってる時点でおめぇさん古臭ぇんだよ!!」
「てめぇこそたぬきって時点ですでに色気ねぇんだよ!!!!」
「あんさんら恥ずかしいからやめてくださいな」
とある星に住んでいる男たちがいる。
紫の髪をした『かぐや彦』は、周りから『夜彦』と呼ばれている。
夜彦の前にはたぬきときつねがおり、夜彦とたぬきは何やら近くにいる女の子のことで言い争いをしているようだ。
きつねが止めに入ってみるも、言い争いは止まらない。
「そもそも俺は一人称”俺”であってんのか!?すでに覚えてねえぞ!すっとこどっこい!」
「知らねえよ!!!俺たちの作品書いたの随分前だから作者だって忘れてんだよ!きっと読者だって忘れてるからいいんだよ!!!また新しく設定しなおせばいいんだよ!!」
「おめぇさんは本当に適当だな!そんなんだから女にモテねえんだよ。歩を見習え」
「なんで歩なんだよ!あいつより俺の方がモッテモテだっつーの!!!」
「んなわけねえだろ!!!あいつよりモテてんのは俺だぜ!」
「あんさんら、二人して歩兄さんには勝てませんて」
「「ああん!?」」
「・・・・・・」
「あの、これ、作ったので良かったら食べてください」
「・・・・・・」
「お、お嫌いですか?肉じゃがなんですけど・・・。えと、おはぎも作ってきてて、甘いものはいかがですか?」
「悪いけど、さっきおかずもらったからこれ以上あっても食べられない・・・」
「俺が食べる!!!」
「俺も食うぜ!!!」
「はあ・・・。やっぱり来た」
歩のもとには一人の女性がおり、何やら歩にとおかずなどを持ってきたらしいが、歩はそれを断るところだった。
しかし、夜彦とたぬきがその女性の手からおすそ分けを引き取る。
歩は返すように伝えるが二人して断固拒否してきたため、仕方なくもらうこととなった。
「歩!ああいうときはな、もらっておくんだよ!それが男ってもんだ!」
「べらぼーめ!その通りだ!」
「貰ったら勘違いするだろ。そういうの面倒くさいから嫌なんだよ」
「勘違い上等だろうが!つかなんだ!?俺たちに対する嫌味か!?自慢か!?これは俺たちで有難くいただくからな!」
「勝手にしろ」
すでにたぬきはおかずをつまんでおり、それを見て夜彦はたぬきからおかずを奪おうとする。
夜彦とたぬきがそんな争いをしている中、きつねとこの男、歩はさっさと家へと戻っていく。
静かにお茶でも飲んでいようかと思い用意をするが、やっとゆっくり出来ると思ったとき、またしても夜彦とたぬきがわーわーと騒ぎながら帰ってきた。
「だから!!!これは俺が食うって言ってんだろ!!!!」
「なんでいこのちんちくりんが!!!俺が食うにきまってんだろ!てめぇなんぞの腹に入るわきゃねえだろ!!!!」
「ああん!?お前腹出てんだからそれ以上食うんじゃねえよ!!ただでさえぽよんぽよんしてんだからそれ以上ぽよんぽよんするんじゃねえよ!」
「この腹が良いっていう美女もいるんだぜ!そんなこともわかねぇからお前ぇさんはモテねえんだよ!!」
「お前らさっきからうるせえんだけど」
「あんさんら、歩兄さんが怒ってますよ。いい加減にしたらどないです?」
「歩も歩なんだよ!!なんでお前はいっつもいっつもいっつもいっつも女の子から何かしら貰ってんだよ!!!どうすれば貰えんのか教えろよ!!!!伝授しろよ!!!」
「面倒くせぇ」
「お前そういうの良くねえぞ!!もっと俺に寄り添えよ!!優しくしろよ!!」
「なんでお前に優しくしねぇといけねぇんだよ。つかうるせえから静かにしろ」
歩はのんびりと何事もなく毎日を過ごしたいだけなのに、とため息を吐きながらお茶を啜ると、夜彦とたぬきが迫ってくる。
思わずお茶を出しそうになった歩は、いきなり目の前にきた夜彦とたぬきを睨みつけるが、二人はお構いなしだ。
「そもそもなんで俺には女の子が寄ってこねえんだよ!!こんなに愛想よくてかっこいいのに!!!目立つのに!!!!」
「そりゃおめえ、悪目立ちしてんだろうよ。俺を見てみろ。この可愛いフォルム。おめぇみてぇなチャラチャラした男よりも、女は俺みてえな硬派な男が好きなんだよ」
「おめぇのどこが硬派なんだよ」
「・・・うるさい」
「あんさんら、ここは歩兄さんの部屋でっせ。五月蠅くするなら部屋を出ておいきな」
あれからしばらく経つが、夜彦とたぬきは相変わらずぎゃーぎゃーと仲良く言い争いを続けていた。
頬杖をつきながら呆れている歩は、なかなか終わらない二人のやりとりに、眉間にしわを寄せながら立ち上がると上着を手に持つ。
「出かけるんで?」
「ああ」
上着を羽織りながら部屋を出ていくと、少し肌寒い中、歩は一人でその辺を適当に歩いていく。
なんで自分の家から追い出される形となってしまったのか、歩は納得がいかないものの、あの二人を追い出す方が大変ということもわかっているため、どこかでゆっくりお茶でも飲もうかと歩きまわる。
歩が出ていってしまったあとすぐに、夜彦とたぬきはきつねによって説教されていた。
「あんさんらいい加減にしなせえ!歩兄さんの部屋でなんです、みっともない!情けない!子供ですかまったく!喧嘩するなら外でしなせえ!!」
「「だってこいつが!!!」」
「どっちもどっちです!あんさんらが歩兄さんよりモテることがないのはそういうとこです!」
「うっ・・・」
「きつね、おめぇさんは俺よりあの若造の方がモテてるって言いてえのか」
「当然です!あんさんが歩兄さんに勝ってるところなんてあると思てはるんですか!?思てはるなら言うてみなはれ!!!全否定ですわそんなもん!!!!!」
「ぷっ」
「夜彦、お前ぇが笑うんじゃねえ!」
「だって!!はははは!!!確かに!顔も腕の長さも足の長さも腹のへっこみ具合も勝てねえわな!!!!はははは!!!」
「こんちくしょうめ!」
「夜彦はんもでっせ!!!」
「すみません」
きつねの説教に夜彦とたぬきがショボン、としているとき、歩は一人カフェでホットカフェラテを飲んでいた。
普段はそこまで甘いものを口にはしないのだが、ストレスなのか、自然と甘いものを頼んでいた。
その店には時計もなく、時間が過ぎているのをそれほど感じることもなく、ただ空の明るさだけが頼りだ。
本でも持ってくればよかったかな、と思っていると、温かさのせいか眠くなってきてしまった。
「お母さん、お父さんはどうして僕を無視するの?」
「お父さん、お母さんはどうして僕のことを殴るの?」
「お母さん、どうしてお母さんは僕と一緒にいてくれないの?」
「お父さん、どうして僕をそんな目で見るの?」
「お母さん、お父さん、どうして僕のことを嫌うの?」
「僕は何か悪いことをしたの?」
「どうしたら僕のことを許してくれるの?」
「なんで僕のことを好きになってくれないの?」
「何がいけないの?何がダメなの?ダメなところがあるなら直すから。どうか許して。僕のことを見て僕のことを好きになって。お願いします」
ふと目を覚ます。
ああ、寝てしまっていたのかと、歩は小さく息を吐く。
残っていたカフェオレを口に含むと、会計を済ませて外へ出る。
少し暗くなっていた道を歩いていると背後から声をかけられたため、歩はその聞き覚えがあるようなないような、その声の方向へと顔を向ける。
そこに立っていた人物は、正直、見覚えがない男だったが、男は歩のことを知っているようで、変ににやにやしていた。
「どっかの星に飛ばされたって聞いちゃいたが、ここだったんだな。まさかまた会うとは思ってなかったぜ」
「・・・・・・」
「俺は別に飛ばされたわけじゃねえからな。単なる小旅行だ。懐かしい顔を見られるとはな」
「・・・・・・」
「おい、なんだ?どうした?俺のこと忘れたわけじゃねえよな?」
「・・・忘れたというか、知らない」
「おいおいおいおいおい、ふざけんじゃねえぞ。お前と散々一緒にいたじゃねえか。お前が一人だったから一緒に遊びに行ったりしたじゃねえか」
「知らない。人違いだと思う」
「俺だって!!!俺!!!!なんで覚えてねえんだよ!!!!」
「なんで自分が覚えられてると思ってるのかが不思議なんだけど」
「お前のことめたくそにいじめた野郎のことなんで覚えてねぇんだよ!!普通は会ってすぐに思い出してトラウマ引き出すところだろうが!!!!」
「え?・・・ああ、いたかも。なんかやけに毎日にやにやしながら近づいてくる気持ち悪い奴がいたかもしれない。それか」
「それとか言うなよ!つかニヤニヤしてる気持ち悪い野郎だと思ってたのか!ふざけんなよててめぇ!!!やっぱムカつく野郎だな!!!だから嫌いなんだよ!!お前はどこ行っても嫌われ者だと思って可哀そうだから顔でも見せてやろうと思ってきたんだよ!!だろ?お前は所詮、すべてを壊すことしか出来ないんだからな!人間関係だってそうだろ!?お前と一緒にいたい奴なんているわけねえもんな!!!」
「・・・・・・」
「なんだよ!!言いたいことがあるなら言い返して来いよ!聞くくらいならしてやるからよ!!」
「・・・・・・」
「相変わらずだな!何か言えって!!」
「いや、よく喋るなと思って。息継ぎしてるのか?」
「本当にふざけてんな!!もう一回痛めつけてやろうか!!!体にわからせてやらねえとダメみたいだな!!!」
そういうと、男は歩に駆け寄ってくる。
駆け寄る、という表現は正しくないかもしれない。
抵抗も反論もしていない歩に対し、襲い掛かってきたのだ。
「お前みたいな奴はなあ!!!!存在しねぇ方が世の中の役に立つんだよおお!!」
勢いよく殴られてしまった歩は、勢いのまま後ろへ倒れていき、そのまま尻もちをついてしまった。
男は倒れた歩に近づいてくると、歩に馬乗りになる。
「てめぇ、面の良さだけで今日まで生きてこれたんだろ?なら、その面ボコボコにしてやるよ」
一度、二度、三度と、歩は抵抗することなくおとなしく殴られていく。
「はあ・・・はあ・・・ったく、殴るのも疲れるってんだよ」
男はようやく歩の体の上から移動すると、血だらけになっている歩の顔を見て満足そうにそこを立ち去ろうとする。
男が振り返ったそのとき。
「いっ・・・・・・てえええええええ!!!!!!!」
歩を殴った男の叫び声が聞こえてきたのだが、歩は興味がなかったのか、それとも体が動かなかったのか、男の声の原因を探すことはなかった。
しかし、聞こえてきた別の声によって、男の声の原因がすぐにわかった。
「げっ。まじか。おい、大丈夫か?」
「男前がぼろぼろだな」
「歩兄さん大丈夫でっか?」
「お前ら!!許さねえぞ!!よくも俺の顔を!!!絶対許さねえからな!!!!」
自分の顔をのぞいてきた三人に、歩は助けを求めることもなく黙っていた。
たぬきときつねが歩の体を支えながら起こそうとしているとき、もう一人の男、夜彦は男の方を見ていた。
「いや、お前の顔一回しか殴ってねぇじゃん」
「一回殴ってんだろうが!!!なんで殴られなきゃいけねんだよ!!そもそもお前なんなんだよ!!変な髪色しやがって!!!!」
「こいつのことどんだけボコったと思ってんだよ!!!顔見ろ顔!こいつが唯一俺に勝ってるところだぞ!!他は俺が勝ってるけどな!!それにな!髪は個性だからな!個性と言え!そして俺に跪け!」
「なんだお前!面倒くせぇ奴だな!!!」
「お前に言われたくねえわ!!!」
「お前らもこいつと同じか!どうせ”屑入れ”って呼ばれるこの星に飛ばされたんだろ!可哀そうになああ!!!同情しちまうぜ!!」
「俺はなあ!!吹っ飛ばされてきたんだよ!!!それに別にここ嫌いじゃねえから!お前に同情なんてされる覚えねえから!!」
「ああん!?てめぇ俺に喧嘩売ってんのかよ!?ボコボコにしてやろうか!?」
「喧嘩はダメなんだぞ!みんな仲良くて生きていくんだからな!!」
「お前馬鹿だろ!!そいつみてぇに呪われた奴も、よくわかんねえ形してるそいつらも、変わってるお前も!!!仲良くするなんて無理に決まってんだろ!!ごめんだわ!」
「歩はなあ!呪われてるわけじゃねえんだぞ!お前知らねえのか!!もともとなんだぞ!!すげぇんだぞ!!!」
「もともとだから呪われてるって言ってんだよ!!!そいつはなんでも”無”にしちまうおっかねえ力持ってんだぞ!お前らだって、その力で殺されんのが落ちだな!!!」
「まじか!そんなこと出来んのか!!それは俺も知らなかった!!すげぇな!確かにおっかねぇな!!!!それはまずいな!!」
「なんなんだよまじでお前!!!!そういう話はしてねえんだよ!!!」
「急に歩自慢してきたのかと思ったけど違ったのか!!!」
「違ぇよ!!!阿呆か!!!」
「なんだと!!お前の方こそ阿呆っぽい顔してるぞ!!俺が言うのもなんだけどな!!お前すごく阿呆っぽいぞ!!俺が殴ったからか?!殴ったから余計にか!?だったらごめんな!!!」
「まじでムカつく野郎だな!!話全然通じねえし!!!!くそったれ!!!」
「ちゃんと会話になってるじゃねえか!」
「どこがだよ!!」
夜彦と男はしばらくそんなくだらない言い争いをしていた。
それをずっと見ていた歩たちは、特に夜彦に加勢することもなく、なんとなく面白いことになってるなー、といった感じだ。
きつねは怪我をしている歩の手当をしようとするが、歩は「平気だ」と言ってなかなか動こうとしない。
しまいにはたぬきは欠伸をし始める。
「お前も大概変だからな!!!」
「お前にだけは絶対言われたくねえんだけど!!!」
「五月蠅い」
「お前が原因じゃね!?」
まだ止まりそうにない二人に対し、歩は淡々と文句を言う。
そんな歩に対し夜彦がツッコミを入れると、その時、男がまた歩に襲い掛かろうとした。
いや、それよりも手前にいた夜彦を襲おうとしたのかもしれないが、夜彦からしてみると歩へ向かったように見えたのだ。
夜彦は男の足に自分の足をひっかけると、綺麗に腹にグーパンを入れる。
男は腹を抑えながらも歩を睨みつけるが、夜彦がひょこっと顔をのぞかせて男の視界に入る。
にっこりと笑う夜彦に、男はさきほどの会話のこともあってか、これ以上関わらないようにしようとその場を去っていった。
「まったく災難だな」
「まったくだ」
「お前の場合は自業自得だけどな」
「なんで」
「だってお前がそんな愛想悪いからだろ?俺は愛想いいから殴られなかったんだよ」
「・・・お前はめでたいな」
「あ?褒めてんのか?」
夜彦が歩に手を差し出すが、歩はその手を取ることなく立ち上がり、一人で家に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見ていた夜彦たちは、家までずっとそのままついていくように一緒に帰った。
家に帰ると、歩は自分で治療をしようとする。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なあ、お前なんでいっつも一人でなんとかしようとすんだ?」
「・・・・・・」
救急箱を取り出している歩に声をかける夜彦だが、歩はそれに答えることなく着々と手当をしていく。
きつねは心配そうに見てはいるが、手を出してもいけない気がしておどおどしており、たぬきに至ってはまるで自分の部屋かのように体を横にしてくつろいでいる。
何も答えない歩に近づくと、夜彦は歩の前で胡坐をかく。
「貸せって。やってやっから」
「いい。自分でできる」
「出来てねぇじゃん。怪我してねえとこばっか消毒してっけど」
「鏡があれば出来る」
「鏡がねえから言ってんの。俺が嫌ならきつねに任せろって。全然出来てねえから」
「なんとなくわかるから大丈夫だ」
「わかってねえから言ってんの」
「五月蠅い奴だな」
「頑固な奴だな」
珍しいその紫の髪をガシガシとかき乱しながら、夜彦は歩の手からガーゼを奪うと、器用に歩の怪我をした部分へとあてていく。
自分が怪我をしたときには「唾つけときゃ治る」などというわりに、こういうところはお兄ちゃんらしいな、とたぬきときつねは思っていた。
「よし。こんなもんか」
消毒液などを救急箱にしまうと、夜彦は歩の頭に手を乗せて、まるで弟の頭を撫でるようにわしゃわしゃとする。
歩は少し目を見開くと、夜彦の手を振り払う。
なぜか拗ねたように口を尖らせながら不機嫌そうな顔で夜彦を見る歩に対し、夜彦は二ッと満面の笑みを見せる。
何か言うのかと思ったら、何も言わずに、だらだらしているたぬきの腹を触りだした。
「・・・・・・」
懲りずに歩の部屋でくつろぎ始める夜彦たちに対し、歩は珍しくいらっとした様子で口を開く。
「いい加減にしろ。出ていけ」
とげとげしい口調の歩に、夜彦たちはきょとんとした顔を見せる。
「何そんなイライラしてんだよ」
「別にしてない」
「してるじゃねえか。いつもなら俺たちがお前の部屋でだらだらしてようとあんまり気にしてねえだろ」
「当然のように居座るのがおかしいだろ」
「え?だってお前の部屋ってことは俺の部屋も同然じゃね?」
「お前はどこのガキ大将なんだ」
「強いて言うならここの?」
「ふざけるな」
「おい、お前本当になんか変だぞ」
そう言って夜彦が歩に触れようとしたそのとき、伸びてきたその腕を振り払おうとした歩は、無意識に力を出してしまう。
「!」
「おい!でぇじょうぶか?!」
「ッ!!!!」
夜彦の指先が、ほんの少しだけ欠けたようになり、そこから血が出てきた。
それを見てたぬきが体を起こしながら声をかける。
歩は一歩後ろへと下がりながら、自分の指先をさする夜彦と、その夜彦を心配して近づいていくたぬきときつねから離れようと背中を向ける。
しかし、夜彦が歩の腕を引っ張る。
そして、歩にではなく、自分に声をかけてきたたぬきに対して返事をする。
「大丈夫だ」
夜彦は自分の力で怪我を治したらしい。
たぬきときつねはホッとした様子だが、歩はいまだ夜彦の方を見ようとしない。
ほんの少しの間だけ沈黙がその場を占領するも、すぐに夜彦の声が響く。
「大丈夫だから。ここにいろって」
「・・・・・・」
「歩、こっち向け」
「・・・・・・」
「歩」
「・・・・・・」
「このやろ」
「!!!」
なかなか自分の方を見ようとしない歩に対し、夜彦はいきなり歩の体をこちょこちょし始める。
突如として訪れた思いがけない攻撃に、歩は大声で制止をかけるが、夜彦はなかなか手を止めない。
ついにはたぬきときつねも一緒になって歩をくすぐり出したものだから、歩は涙目になりながら精一杯声を出す。
ようやく手が止まるころには、歩は息をあらげながら夜彦たちを睨みつけるが、夜彦たちは大笑いしていた。
夜彦にいたっては、床をどんどんとたたきながら盛大に笑っている。
「なんのつもりだよ!!!」
「はははは!!!お前がいつまでも拗ねてるからだろ!!つか面白ぇ!お前脇弱いんだな!!!!!いつものクールな歩君じゃねえ!!!」
「うるせえ!!」
こちらはこちらで涙目になりながら笑っている夜彦も息を整えると、歩の方を真っ直ぐに見る。
「お前、何怖がってんだよ」
「別に怖がってねぇよ」
「もともといた星で何があったかは知らねえけどよ、俺たちは全員何かしらあってここにいんだから。気にすんなよ」
「・・・お前らは、誰かを直接傷つけたことがないからそんなこと言えんだよ」
「・・・・・・」
「俺は、この力のせいで親からも見放されたんだ。誰も俺に近づいてこない」
「・・・人を傷つけるってよ、別に肉体的なことばっかじゃねえだろ。言葉で傷つけることの方が多いかもな。それに、お前が故意的に傷つけたなんて俺たちは思ってねえ。だろ?それになんだ?お前女の子たちが寄ってきてるくせにそんなこというってことは、俺たちのこと馬鹿にしてんのか?そんな力持ってねえのに近づいてこねえんだけど」
「な?」と隣にいるたぬきに話しかける夜彦だが、たぬきはあくまで自分には寄ってきている、と断言する。
「お前のことわかってねぇ奴のことなんて気にすんな」
「・・・・・・」
「お前のことは、俺たちがわかってっから」
「・・・・・・」
「お前に何かあったら、俺たちが助けてやる。絶対にな」
「・・・・・・」
「だから、俺たちに何かあったときには、助けろよ?絶対な!」
「・・・・・・」
夜彦の言葉に、たぬきときつねが続く。
「あったぼーよ!俺の次にイケてるお前さんは、俺の弟子みてぇなもんだからな!」
「何を言うてはるんですか。私らがいますから。いつでも呼んでくださいな」
「・・・・・・」
「なんか言えよ」
ゆっくりと深呼吸をしてから、歩はため息のように強く息を吐く。
「お前ら、本当にいつもうるせえんだよ」
「楽しいと声ってでかくなるよな」
「俺の部屋にいつも居座って」
「なんか落ち着くんだよな」
「勝手に食うし飲むし寝るし」
「幸せってこういうことだよな」
「話聞かねえし」
「お互いにな」
「・・・だから、いねぇと物足りなく感じるときがある」
「・・・・・・」
「面倒臭ぇのは嫌いなんだ」
「・・・え?デレた?デレてるのこれ?」
「・・・悪かったな」
「なにが」
「指」
「指・・・?ああ、これな。だから大丈夫だって。俺ってばすげぇんだから!」
「・・・お前は本当にめでたいな」
小さく笑いながら言う歩を見て、たぬきときつねは互いの顔を見て微笑む。
夜彦は、いつものようにニカッと笑う。
「これが俺の専売特許よ!!」
歩は呆れたように笑う。
「馬鹿」
「ほんとこいつは馬鹿だよな」
「あ?なんだてめぇこの太っ腹が」
「太っ腹は褒めてんだぞ。だからお前は馬鹿って言われんだ」
「意味は知ってっから!あえて使っただけだから!!!!」
またしても始まった夜彦とたぬきの言い争いに、きつねは首を横に振りながら呆れる。
いつもならきつねと同じように呆れている歩なのだが、この日は違っていた。
人はそれぞれ背負っているものがある。
違うことを異端と見るか個性と見るか。
それは生まれながらに持った『疾風勁草』である。
「歩、女の子を引き寄せる方法を」
「五月蠅い」