おまけ① 【為】
文字数 4,606文字
「扇がまた動き出したって?」
「そのようですね」
「黒夜叉だっけ?あいつなんでわざわざ俺たちに教えてくれるわけ?実はめちゃいい奴なの?」
「そのようですね」
「いや違うだろ!!!あ、違うってのはそこじゃなくて、いい奴のとこじゃなくてな。お前に協力してほしいからじゃねえの?」
「何を仰っているんですか」
「俺はそう感じたんだけど」
「勘ですか。あてになりませんね」
「そういう言い方する!?一応俺上司なんだけど!?っていうか主だから!」
「黒夜叉は群れません。一人でなんとかするでしょう」
「一人じゃなんともならねえから助けてほしいんじゃねえの?それを素直に言えねえから暗に伝えてるんじゃねえの?」
「そんなまどろっこしいことはしないかと」
「そうかなー」
瑠堂は、てきぱきと自分の目の前で仕事をこなす龍海を眺める。
いつの間にか体を横にして側頭部を手で支えるようにしていると、瑠堂の方に視線を向けることなく、龍海は言う。
「瑠堂様、早くしないと女性たちとの集まりに間に合いませんよ」
「そうだ!そうだった!俺の大事な時間が!!!!」
なんとなくやる気を取り戻した瑠堂は、それから仕事を頑張っていた。
時間になって女性たちとの楽しいお話をする場所へと向かうと、その間龍海は鍛錬を始める。
どのくらいの時間が経った頃だろうか。
「なんだ」
龍海が急に言葉を発する。
風が揺らぐこともなく、物音ひとつ出すことなく、そこに男は現われる。
龍海は軽く息を乱しながらも、汗を手ぬぐいで拭いている。
「・・・・・・」
「扇の件か?俺はここを離れるわけにはいかない」
「奴らはいずれここにも現われるぞ」
「その時は戦う」
「その時では遅い。奴らはすでに俺たちの想像を超える勢力となっている。こうしている間にも力をつけ、虎視眈々と身を潜めている」
ある程度の汗が拭けたところで、龍海は動きやすそうな黒の服の上から着物を羽織る。
「他をあたれ」
「他とは」
「例えば・・・海埜也とか」
「奴は今治療中だ。深手を負ったらしい」
「じゃあ銀魔とか」
「奴は放浪していてどこにいるかわからない」
「じゃあ・・・誰かいるだろう。とにかく、俺は無理だ。さっきも言ったがここを離れるわけにはいかないんだ」
「お前だって、森蘭には世話になっただろ」
「・・・・・・」
忘れたことのない名前に、龍海は多少の反応を示す。
「確かに世話にはなった。あの人には恩がある」
「きっと、銀魔や海浪も動くぞ」
「今どこにいるかわからないんだろ」
「わからない」
「じゃあ、本当に動くかなんてわからないだろう」
「きっと動く」
「根拠は」
「無い」
「無いって・・・。お前、そんな勘ごときで動くような奴だったか?」
「根拠はない。だが、あいつらなら動くだろう」
「なんでそう思う」
「そういう奴らだからだ」
「・・・・・・」
「平凡な人生を歩むつもりなら幾らだって出来る。だが、恩人のためならそれ以上になんでもする。あいつらは、そういう奴らだ」
「・・・・・・」
「今お前があの主のためなら再び戦う覚悟をしているようにな」
「・・・・・・」
男の言葉に龍海は髪の毛をかき乱す。
いつもは綺麗に整えられている髪は、いつもよりも風に靡く。
「俺だって、恩を仇で返すつもりはない」
「だけどな、同じくらい、ここを離れることも出来ない」
「・・・・・・」
今度は、男が黙る。
「俺は、一度自分を捨てたんだ。自分を殺した。新しく生きるためにな。そしてこの道を選んだ」
「・・・そうか」
「ブランクもある。正直、役に立てるかがわからないというのもある」
「いやいやいけるって」
「そんな簡単に言われても・・・え?」
気づくと、いつの間にか瑠堂がそこにいた。
「る、瑠堂様。どうなさったのですか。まだお時間では」
「なんか女の子たちがね、龍海がいないねーって話を始めちゃってね、俺の話を聞かなくなったし話さなくなったから解散しちゃったよ」
「そうでしたか」
「酷くない?俺のために集まってくれたって思っていたのになんなの?みんな龍海龍海って言うんだけど。どういうこと?もしかして言いやすい名前なのかな?確かにう行よりあ行の方が言いやすいかも・・・」
女性たちと楽しく話をしていたはずの瑠堂だったが、みんなして龍海の話ばかりするため拗ねてしまったようだ。
解散して龍海に文句のひとつでも言ってやろうと思い探していたところ、男と一緒にいる龍海を見つけたのだろう。
いつからいたかと聞かれると、結構前からいた。
「でさ、黒夜叉だっけ?]
「・・・・・・」
「相変わらず無口だ。やっぱり忍者ってこういうタイプが多いの?クールな人多いの?もっと人情的っていうか、感情的な人はいないの?」
「忍をひとくくりにされても困ります」
「だって俺の周りのニンニンたちはみんな無口なんだもの。ひょうきんなニンニンに会ったことないんだもの」
「なんですかニンニンって」
「ひょうきんなニンニンがいるなら連れてこい。俺と似た感じがいるなら会ってみたいから連れてこい」
「なんですか急に」
「ひょうきんなニンニンって言いたかっただけ」
「暇なんですか。ひょうきんなニンニンは私もあまり見たことはありませんが、普通に明るい者はいますよ。あとやる気のない感じの者とか」
「龍海、お前がニンニンとか言うとまたそれはそれで可愛いとか言われて人気になるからやめろ」
「そういう話ではありません」
「どうせ黒夜叉も人気なんだろ。この野郎。きっとそうだ。忍ってだけで人気なんだよ。お前らいいよな。俺はどう頑張ったってこれ以上にはなれねえんだよ。逆立ちしたってお前らには敵わないんだよ」
「逆立ちする時間があるなら仕事にとりかかっていただきたいです」
二人の脱線していく話をおとなしく聞いていた男は、いまだ会話に入ることはない。
そもそも話を聞いているのか聞いていないのかもわからないが、じっと二人を見ていることから少しは耳に入っているのかもしれない。
すると、急に瑠堂が男を見る。
「で、黒夜叉」
「・・・・・・」
「扇って確か、前にも戦った奴らだよな?そんときほぼ壊滅させたって聞いたけど?」
「・・・・・・扇の意志を受け継いだのか、それとももともと生き残りがいたのか、そこまではわかっていないが、扇と名乗る者たちが今も動いていることは確かだ」
男、黒夜叉の言葉に、瑠堂は顎に手をあてて何か考える素振りを見せる。
「そっか。まあ、お前が言うなら間違いないんだろうな」
「・・・・・・」
「なんだよ」
「そんなに簡単に俺を信じていいのか」
「え、なに嘘なの」
「嘘ではないが」
「ならなんだよ。龍海からお前のこと聞いたけど、めちゃ優秀なんだろ?なんか昔色々あったみたいだけど、なんなら俺としてはお前もここにいてくれたっていいくらいなんだけど」
「それは断る」
「即答」
けらけら笑う瑠堂に対し、黒夜叉は眉一つ動かさない。
「じゃあ、真面目な話な」
ここまでは真面目な話じゃなかったようだ。
瑠堂は先ほどより少しだけ顔つきを変えると、一気にその場の空気も変わる。
黒夜叉も思わず息を飲む。
「龍海のこと連れて行ってもいいが、絶対死なせるなよ」
「・・・・・・」
「ッ!?瑠堂様!?何を仰って!!」
龍海は目を見開いて瑠堂に対して声を荒げるも、瑠堂は黒夜叉の方をじっと見つめている。
「扇の存在は今後も脅威となるだろう。それを抑えておく必要はある。お前の実力はだいたいわかる。そんなお前が協力を依頼するからには相当重要な事態なんだろう。そんなときに龍海を頼ってくれるのは嬉しい。俺は誇らしく思う」
「・・・・・・」
「正直、龍海がいなくなったら仕事が回る自信はねえけど、優先順位をつけるならそっちが上だ」
「・・・・・・」
「だがな、ひとつだけ約束してくれ」
生ぬるい風が吹くと、瑠堂の青い髪が瑠堂から離れるのを嫌がるように小さく揺れる。
「龍海を死なせるな、絶対だ」
「・・・・・・」
それを聞いていた黒夜叉だけではなく、龍海も思った。
忍として生きてきて、死なないことを前提とした戦いなどこの世にはないことくらい瑠堂とてわかっているだろう、と。
以前の扇との戦いのときもその話をした。
死ぬかもしれない、死ぬ可能性の方が高い、それでも戦わないといけない時があり、忍はその最前線にいるのだと。
命があるということは、また次の戦いがあるということだと。
龍海はずっと前に戦うことを放棄した。
古い名を捨て今に至ることくらい、瑠堂は知っているはずだった。
黒夜叉は忍というものについて瑠堂に話そうかとも一瞬考えたのだが、瑠堂のあまりに真っ直ぐな視線に、思わず言葉を飲み込んだ。
そんな黒夜叉に気づいたのか、龍海は瑠堂に対して少し荒い口調で話す。
「瑠堂様、お言葉ではございますが、瑠堂様が認めたのであればこの男の手伝いはいたします。ですが!そこに命の保証はございません!以前にもお話しましたように」
「ダメだ。これは絶対条件だ」
「瑠堂様・・・!」
すう、と瑠堂は一度目を伏せたかと思うと、ゆっくりと目を開きながら龍海と目を合わせる。
その目つきに名前があるとするなら、きっととても切ない名前なのだろう。
続けようとしていた言葉が声として出てこなくなってきてしまうほどには。
「龍海」
「・・・はい」
「俺は忍ってもんを理解してないわけじゃない。ある程度のことはわかってるつもりだ。足りねえところはあるだろうが」
「・・・・・・」
「だがな、何度お前から説明されても、何度頭で理解しようとしても、どうにも受け入れられねえことがある」
「・・・・・・」
それは、至極単純なこと。
「忍は死ぬために戦う?ふざけんな」
「万が一にでも、そんなことになってみろ。俺はな、扇だろうとなんだろうと、誰が相手になったって許さねえ」
「忍だとかそんなこと関係ねぇ。ちゃんと生きて帰ってこい。龍海、これは約束じゃねえ。命令だ」
「俺のために生きろ。死んでも生きろ」
「・・・それは矛盾というものです」
呆れたように龍海はため息を吐き、それから小さく笑う。
瑠堂も同じように笑うと、また黒夜叉へと視線を戻す。
「てなわけだから。お前も死ぬなよ」
「・・・なぜ俺まで」
部下でもない黒夜叉に向けて言うと、黒夜叉は自分にまでそのようなことを言う意図がわからず困惑する。
瑠堂は歯を見せながら肩を上下に動かして笑う。
「俺と出会っちまったのが運の尽きだと思うんだな。俺ぁ知り合いが死ぬのを見たくはねぇんだ」
「知り合い・・・?」
「龍海のこと、頼んだぜ」
そう言うと、瑠堂は黑夜叉の肩に軽くグーパンする。
笑ってはいるが、その顔は寂しそうだったと、黒夜叉はなんとなく感じる。
だからなのか、いつもの黒夜叉ならば言わないようなことを口にする。
「ああ、任せておけ」
誰かのために生きることもまた、生きる意味となり得る。
何のために生かされたのか。
それがわかったときにまた、『不惜身命』を胸に戦う者がいるのだ。
「行ってこい。んでもって、ちゃんと帰ってこい」
「あなたはやはり、私が仕えた中で一番の主君・・・名君です」
そんな、別れの言葉を添えて。