交差点プレリュード
文字数 937文字
早朝4時。
眠れなかった僕は、スマホで渋谷のスクランブル交差点の定点動画を何気なくのぞいた。
こんな時間にいる歩行者はひとり、ふたり。車もあまり流れていない。歩行者信号の色が何度か変わるところを眺めていると、突然交差点の動画が止まった。
——なんだろう? バグか? こんな時間でも、視聴者はそこそこいるのに。現場では何が起きているんだろう。チャット欄もフリーズしている。
しばらく止まっていると、突然画面が切り替わったように思った。実際は変わっていないのだが、歩行者信号は赤のままなのに、交差点には車が一台も通っていない。まるで時が止まっているようだ。
ふと気がつく。交差点の中心に、ピアノが置かれている。ストリートピアノ。その単語が頭に浮かぶ。でも、こんな時間にこんな場所で弾く人間がいるわけがない。何かの企画だったりするのか? 例えば、CMの撮影とか。
興味津々で見ていると、大きな袋を持った人物がふらふらとピアノに近づいていく。見たところ、ホームレスだ。まさか。
そのまさかだった。
ホームレスのおじさんは、イスの腰掛けると、ピアノに手を伸ばす。まるで魔法のように、小さな旋律が冷たい街の中を走り出す。
この曲は……ショパンのプレリュードだ。
2分ちょっとの演奏会。僕はごくりと唾を飲み、その風景を目に焼き付ける。
空がだんだんと晴れてゆく。カクテルのように、夜のとばりの紫と朝日のオレンジが重なる。まるで、おじさんの弾いているプレリュードは、渋谷の夜明けを知らせているようだ。
曲が終わると、おじさんはさっさと袋を持って去っていく。また画面が止まり、一瞬でピアノが消える。歩行者信号が青に変わると、まばらに人が歩いていく。
今見たのはなんだったんだ? 僕は夢を見ていたのだろうか。動画のチャット欄も何事もなかったかのようにいつもの流れなのは変わっていない。
不思議な朝の体験。誰かに共有したいけど、きっと信じてはもらえないだろう。僕はスマホを置いて、学校へ行く時間までもうひと眠りすることにした。
夢だったのならそれでもいい。まるで夢のような出来事だった。不思議で、素晴らしい夢。
少なくとも、僕があのおじさんの演奏と朝の空に、深い感銘を受けたことは変わらない事実なのだから。
眠れなかった僕は、スマホで渋谷のスクランブル交差点の定点動画を何気なくのぞいた。
こんな時間にいる歩行者はひとり、ふたり。車もあまり流れていない。歩行者信号の色が何度か変わるところを眺めていると、突然交差点の動画が止まった。
——なんだろう? バグか? こんな時間でも、視聴者はそこそこいるのに。現場では何が起きているんだろう。チャット欄もフリーズしている。
しばらく止まっていると、突然画面が切り替わったように思った。実際は変わっていないのだが、歩行者信号は赤のままなのに、交差点には車が一台も通っていない。まるで時が止まっているようだ。
ふと気がつく。交差点の中心に、ピアノが置かれている。ストリートピアノ。その単語が頭に浮かぶ。でも、こんな時間にこんな場所で弾く人間がいるわけがない。何かの企画だったりするのか? 例えば、CMの撮影とか。
興味津々で見ていると、大きな袋を持った人物がふらふらとピアノに近づいていく。見たところ、ホームレスだ。まさか。
そのまさかだった。
ホームレスのおじさんは、イスの腰掛けると、ピアノに手を伸ばす。まるで魔法のように、小さな旋律が冷たい街の中を走り出す。
この曲は……ショパンのプレリュードだ。
2分ちょっとの演奏会。僕はごくりと唾を飲み、その風景を目に焼き付ける。
空がだんだんと晴れてゆく。カクテルのように、夜のとばりの紫と朝日のオレンジが重なる。まるで、おじさんの弾いているプレリュードは、渋谷の夜明けを知らせているようだ。
曲が終わると、おじさんはさっさと袋を持って去っていく。また画面が止まり、一瞬でピアノが消える。歩行者信号が青に変わると、まばらに人が歩いていく。
今見たのはなんだったんだ? 僕は夢を見ていたのだろうか。動画のチャット欄も何事もなかったかのようにいつもの流れなのは変わっていない。
不思議な朝の体験。誰かに共有したいけど、きっと信じてはもらえないだろう。僕はスマホを置いて、学校へ行く時間までもうひと眠りすることにした。
夢だったのならそれでもいい。まるで夢のような出来事だった。不思議で、素晴らしい夢。
少なくとも、僕があのおじさんの演奏と朝の空に、深い感銘を受けたことは変わらない事実なのだから。