あなたに歌を、君には時計を

文字数 840文字

 時計はシンシンと残酷な時間を刻んでいく。僕とあなたの時間は縮まらない。それでも僕は、あなたへの想いを募らせていく。
 あなたは自分の命を絶とうとする小説を書いた。僕はそんなあなたを知って曲を書いた。あなたからの手紙を元にした、アルバムを作った。タイトルは、『プロポーズ』。
 あなたから送られて来た小説は、僕の心を誑かした。あなたは僕のことをなんとも思っていないのかもしれない。それなのに、僕はまんまと魔女の魔法にかかってしまったんだ。その責任を取ってくれ。あなたがいらないと言った命をかけて、あなたの本当の『愛』をかけて——。
 僕の想いの丈を詰めたアルバムを、あなたは嫌でも買うだろう。買わざるを得ないだろう。自らが僕に影響を与えたことを知っているから。
 僕が書いたのはね、ラブレターなんかじゃないんだ。恋文なんて安っちいものじゃない。精一杯の愛の歌を書きました。それでもひねくれているかもしれないけれど、きっとあなただったらわかってくれるでしょう? それともこの思い自体が僕のエゴなのかな。

 私の時計はいつの間にか止まってしまった。父から成人式のときに譲り受けた、大事な時計だ。
 まさか『プロポーズ』なんて曲が入っているなんて思わなかった。何かの冗談でしょう? 私は君とは住む世界が違う。同じ世界に住みたいなんてすら思わない。君は矮小で脆弱な人間です。君と私は釣り合わない。君へ小説を送ったのは、その自惚れて腐った性根を、同じ作家として正したかっただけ。別に愛だの恋だのという感情はない。
 そう、だったら私の一番大事なものをあげるから、勘弁してちょうだい。私の止まった腕時計を贈るわ。私は新しい青い腕時計を買ったから。大事なものだったけど、今は私より、君に必要なものでしょう? 『時を止める』ということは、きっと君には大事なんだ。

 ——時計が送られてきた。
 プロポーズの返事に時計を贈るのは、『お受けします』という意味だよね?

 ——時計を贈った。
 もうこれで君とはさよならだ。

 
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