第6話     男同士の話 1

文字数 1,380文字

「男同士の話があるから、家に帰るのが少し遅れる」
父は家族のグループラインにそう送った。
母からは「あら、久し振りね。じゃあ夕飯は要らないかしら?」
と来た。
「おでんを作ったけれど、明日の方が味が沁み込んで美味しいと思うわ」
「有難う。じゃあ、花とケーキを買って帰るから。君に似合う赤いバラを」
父はそう返した。
母からはハートマークが届いた。

恥ずかしくないのかな。この夫婦・・。高校生の息子も見ていると言うのに。
毎度の事ながらそう思う。

父は新宿にある広告会社で働いている。
政府との黒い癒着が取り沙汰される超有名広告会社の子会社である。謂わば、下請け。

父は母にとても優しい。そして息子の自分が言うのも何だが、中々、男前である。
山岸T程では無いが。

母はどちらかと言うと普通である。顔が丸くてちょっと太め。丸い顔に丸い眼鏡を掛けている。可愛いと言えない事も無いが、・・まあ、普通。それなのに父は母をとても可愛い人だと思っている。
電波に乗ってやって来る人々はちょっと美的感覚が違うのかとも思う。
2人の愛の結晶である僕は、まあ普通。足して二で割り余りなし。全くなし。

「男同士の話」
父は僕が小学生の高学年になった頃から、そう言って二人で内緒の話をした。
大人しい母は自分に男の子をちゃんと育てられるかどうか心配したらしい。だから父の「男同士の話」には諸手を挙げて賛成した。
そしてその内容には全く干渉しなかった。
父を心から信頼していたのである。

僕がこの年になるまで大して反抗もせずに、まずまず順調に育って来たのは父の「男同士の話合い」のお陰だと思っている。


僕達は回転する寿司屋に入った。
それも高速で回転するという口コミで有名な寿司屋である。
狙った皿は待ち構えて「はい!」と言って取らなければ、あっという間に行ってしまう。
客に食わせる気はあるのかと問いたい。
なんで寿司を食べるのにそんなにしゃかりきにならなければならないのか。
僕は嫌だったがここは父のお気に入りなのである。
「ネズミを狙う猫の気持ちがよく分かる」
そう言って「ネギトロ」に目を光らせる。
「今時の猫はネズミを捕らない」
僕は返す。


「やっぱり気配を感じていたか。だが、それをお前と間違うのは、ちょっとポンコツだな。そのエージェント」
父は獲得したネギトロを食べながらそう言った。
「山岸Tも箱舟を追って来たのでしょう?」
僕は聞いた。
父は頷いた。


僕は山岸Tとの会話を話した。
「もうこの地に骨を埋めるって言っていた。愛しい妻と子がいるから。・・・もう転移は無しだって・・・」
父は僕を見て深く頷いた。
「その気持ちは良く分かるよ。そうやって幾人ものエージェントがこの星に骨を埋めて行った。・・・」

「骨、もともと無いじゃん」
僕は言った。
「いや,例えだ。例え」
父は言った。

父は箱舟のその後を追い掛けるエージェント達を監視するエージェントなのである。
鹿児島で監視をしていたエージェトN34が亡くなった。
N34も転移はもういいと言って宿主と伴にこの世から消えて行った。
N34が間借りしていた「藤堂林太郎」という老人。
その男が火葬にされた時に、N34も一緒に火葬になった。

次の監視対象はエージェントN67である、山岸Tである。
第一期のエージェント。100名。
今では櫛の歯がぼろぼろと抜けるように欠番が多くなり、第一期は、もう十数名を残すのみとなっていた。
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