綺麗なママ
文字数 2,025文字
今日も、ママは肌がつるつるで綺麗だ。
パパが言うには、ママは整形してから喋れなくなったらしい。その代わり、お肌が綺麗になった。
「おはよう、ママ」
朝の挨拶をすると、ママはいつもの優しい笑顔を浮かべていた。
*
*
*
千奈美 は有給休暇をとり、年末年始は実家で過ごすことにした。
実家は北陸地方のとある市で、県庁所在地ではないが中心地並みに栄えている。
「わあ」
駅を出て、懐かしさのあまり、千奈美は感嘆の声をあげた。積もる雪の中を当然のように歩く人々の姿は、幼少時から見慣れた光景だ。
地元に帰るのは五年ぶりで、大学卒業以来の帰郷だった。
「お帰りなさい」
「おかえり」
両親が千奈美を出迎えた。二年前に購入したというワゴンタイプの自家用車がロータリーに停車していた。
「ただいま。結構積もったね」
「ああ。近年は温暖化の影響であまり降っていなかったが、先週あたりから、どかどか降るようになったよ」
父親の浩二 が答えた。五年会わないだけで、すっかり老け込んだ印象だ。年齢は五十八歳で、まだ現役のサラリーマンだ。
「新幹線、止まらなくてよかったわね」
母親の美智子 が言った。五年前とさほど変わらず若々しさを保っている。父親の二歳年下の五十六歳で、たまにパートに出て働いているが、専業主婦だ。
「本当。一時はどうなるかと思った」
両親は北陸訛りだが、千奈美はすっかり東京に染まり、オーソドックスな標準語になっていた。
親子三人は車に乗り込んだ。運転席に浩二、助手席に美智子、後部座席に千奈美が座り、一路、実家に向かう。
「はあー。我が家だなぁ。変わらないな」
実家の佇まいを見て、千奈美はしみじみと言った。
「どうぞ」
母が玄関ドアを解錠し、娘を促した。
「ただいまー」
家に入り、空気を吸う。ふわりと鼻腔をくすぐったのは、それぞれの家がもつ独特の匂いだ。
「懐かしいな。この匂いも」
離れて暮らしていたからこそ判別できる香り。
「なにそれ」
美智子がくすりと笑った。
「そういえば、近くのコンビニ、まだ潰れていないよね?」
千奈美が聞いた。
「潰れてないわよ。むしろ、昔よりも売り上げありそう。最近、ここら辺、新しい住宅が増えているから……。市の人口も増加しているみたい」
「へえ。地方なのに、凄いね」
美智子の説明に千奈美は驚きの感想を述べたが、それは母にとっては気に入らないようだった。
「なにそれ。『私は都会人だ』みたいな発言」
顔が少し険しくなった。
「あは。とにかく、後でコンビニ寄ってくるよ」
荷物を客室に置き、居間で両親と軽く雑談を交わしたのち、千奈美はコンビニに向かった。
家を出て200メートルほど歩くと、おろおろとしている五歳くらいの女の子がいた。
「どうしたの? 迷子?」
千奈美が尋ねると、幼女は戸惑いながら口を開いた。
「実は、さっき、知らないお兄ちゃんが、女の人を雪に埋めていて」
「えっ」
「その女の人、そこの雪の塊に埋められていた」
幼女は歩道にうず高く積もっている雪を指差した。予想外の言葉に、千奈美が狼狽していると、
「それだけ大人の誰かに伝えたくて。あたし、早く帰らないと、ママが心配しちゃう」
幼女は気忙しそうに言った。
「わかったわ。私が警察に通報しておく」
千奈美が頷くと、幼女は去っていった。
「どうしましたか?」
ただならぬ気配を感じたのか、近所の中年男性が声をかけてきた。
「あの、実は――」
千奈美は幼女の目撃情報を説明した。
「それは大変だ。男を何人か呼んでくるので、待っていてください」
*
「遅かったわね。どうしたの?」
実家の居間で、母の美智子が不審顔で聞いた。
「実は、近所の女の子が、雪に女性が埋まっていることを教えてくれて……」
「えっ。そんなことがあったの」
美智子の表情は驚愕したものに変わった。
「男性数名が来てくれて、雪を掘ってみたら、たしかにいたの」
「その女性は無事だったの?」
母の問いに、娘はかぶりを振った。
「無事というか……。そもそも人 間 じ ゃ な く て 、マ ネ キ ン だ っ た 」
「なんだぁ」
美智子は安堵すると、
「じゃあ、なんで、そんな深刻な顔をしているのよ」
と言った。
「だって、おかしいよね。女の人とマネキンを間違えるなんて……。幼稚園児の年長さんって、そういうレベルの認識だった?」
「うーん。そういうものじゃない。幼いんだし」
美智子は煎餅にかじりついた。
「それに、家にママがいるなら、何故、そ の マ マ に 埋 め ら れ て い る こ と を 伝 え な か っ た ん だ ろ う って……」
千奈美は嫌な胸騒ぎが止まらなかった。
*
*
*
「今日ね。ママみたいに整形している女の人が雪に埋められていたから、近所の人に教えたんだ」
ママはいつもの優しい笑顔であたしの話を聞いてくれていた。
「パパはいつ帰ってくるかなぁ。三日前にお仕事に出かけてから、帰ってこないよね」
ママはじっと庭を見ていた。
「庭が気になるの? そうだよね。あそこに、パパが昔 の マ マ の 体 を 埋 め て い た も ん ね 」
パパが言うには、ママは整形してから喋れなくなったらしい。その代わり、お肌が綺麗になった。
「おはよう、ママ」
朝の挨拶をすると、ママはいつもの優しい笑顔を浮かべていた。
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実家は北陸地方のとある市で、県庁所在地ではないが中心地並みに栄えている。
「わあ」
駅を出て、懐かしさのあまり、千奈美は感嘆の声をあげた。積もる雪の中を当然のように歩く人々の姿は、幼少時から見慣れた光景だ。
地元に帰るのは五年ぶりで、大学卒業以来の帰郷だった。
「お帰りなさい」
「おかえり」
両親が千奈美を出迎えた。二年前に購入したというワゴンタイプの自家用車がロータリーに停車していた。
「ただいま。結構積もったね」
「ああ。近年は温暖化の影響であまり降っていなかったが、先週あたりから、どかどか降るようになったよ」
父親の
「新幹線、止まらなくてよかったわね」
母親の
「本当。一時はどうなるかと思った」
両親は北陸訛りだが、千奈美はすっかり東京に染まり、オーソドックスな標準語になっていた。
親子三人は車に乗り込んだ。運転席に浩二、助手席に美智子、後部座席に千奈美が座り、一路、実家に向かう。
「はあー。我が家だなぁ。変わらないな」
実家の佇まいを見て、千奈美はしみじみと言った。
「どうぞ」
母が玄関ドアを解錠し、娘を促した。
「ただいまー」
家に入り、空気を吸う。ふわりと鼻腔をくすぐったのは、それぞれの家がもつ独特の匂いだ。
「懐かしいな。この匂いも」
離れて暮らしていたからこそ判別できる香り。
「なにそれ」
美智子がくすりと笑った。
「そういえば、近くのコンビニ、まだ潰れていないよね?」
千奈美が聞いた。
「潰れてないわよ。むしろ、昔よりも売り上げありそう。最近、ここら辺、新しい住宅が増えているから……。市の人口も増加しているみたい」
「へえ。地方なのに、凄いね」
美智子の説明に千奈美は驚きの感想を述べたが、それは母にとっては気に入らないようだった。
「なにそれ。『私は都会人だ』みたいな発言」
顔が少し険しくなった。
「あは。とにかく、後でコンビニ寄ってくるよ」
荷物を客室に置き、居間で両親と軽く雑談を交わしたのち、千奈美はコンビニに向かった。
家を出て200メートルほど歩くと、おろおろとしている五歳くらいの女の子がいた。
「どうしたの? 迷子?」
千奈美が尋ねると、幼女は戸惑いながら口を開いた。
「実は、さっき、知らないお兄ちゃんが、女の人を雪に埋めていて」
「えっ」
「その女の人、そこの雪の塊に埋められていた」
幼女は歩道にうず高く積もっている雪を指差した。予想外の言葉に、千奈美が狼狽していると、
「それだけ大人の誰かに伝えたくて。あたし、早く帰らないと、ママが心配しちゃう」
幼女は気忙しそうに言った。
「わかったわ。私が警察に通報しておく」
千奈美が頷くと、幼女は去っていった。
「どうしましたか?」
ただならぬ気配を感じたのか、近所の中年男性が声をかけてきた。
「あの、実は――」
千奈美は幼女の目撃情報を説明した。
「それは大変だ。男を何人か呼んでくるので、待っていてください」
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「遅かったわね。どうしたの?」
実家の居間で、母の美智子が不審顔で聞いた。
「実は、近所の女の子が、雪に女性が埋まっていることを教えてくれて……」
「えっ。そんなことがあったの」
美智子の表情は驚愕したものに変わった。
「男性数名が来てくれて、雪を掘ってみたら、たしかにいたの」
「その女性は無事だったの?」
母の問いに、娘はかぶりを振った。
「無事というか……。そもそも
「なんだぁ」
美智子は安堵すると、
「じゃあ、なんで、そんな深刻な顔をしているのよ」
と言った。
「だって、おかしいよね。女の人とマネキンを間違えるなんて……。幼稚園児の年長さんって、そういうレベルの認識だった?」
「うーん。そういうものじゃない。幼いんだし」
美智子は煎餅にかじりついた。
「それに、家にママがいるなら、何故、
千奈美は嫌な胸騒ぎが止まらなかった。
*
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「今日ね。ママみたいに整形している女の人が雪に埋められていたから、近所の人に教えたんだ」
ママはいつもの優しい笑顔であたしの話を聞いてくれていた。
「パパはいつ帰ってくるかなぁ。三日前にお仕事に出かけてから、帰ってこないよね」
ママはじっと庭を見ていた。
「庭が気になるの? そうだよね。あそこに、パパが