ダレカガイル

文字数 1,293文字

 ――彼は気づいた。
 
 誰もいないはずのこの部屋に、自分以外の何者かが隠れている。部屋に入った瞬間、空気や物の位置などに微妙な違和感があった。
「さあ、何を観ようかな」
 彼は声高に自分の行動を説明する。
「ユーチューブにするかな。それとも、風呂にするかな」
 おおげさに物音と足音をたて、バスルームに向かう。

 カランの栓を捻り、シャワーヘッドから水を勢いよく出す。
(やつは、動いただろうか?)
 彼は隠密者をおびき出すためにシャワーを浴びている演技をする。
 耳を澄まして、しばらく待って見たが、移動したような気配を感じなかった。
(まだ同じ場所にいるのだろう)
 彼は演技をやめ、頭にシャンプーをつけて本格的に洗い始めた。

 シャワーを浴びて、玄関を確認すると、部屋のチェーンロックはかかったままだった。
(出て行ってはいないようだな)
 念のため窓も確認したが、同じく鍵がかかっていた。
(やはり、まだ隠れているな)
 彼は迷った。炙り出して捕まえるべきかどうか。このままではゆっくりと眠ることもできない。

「出てこないなら、こちらから探すぞ」
 彼は宣言した。
「ここか?」
 寝室のクローゼットを覗いた。衣類がかかっているだけで、人らしきものは認識できなかった。
「それとも、ここか?」
 廊下にある掃除用具入れを開けた。ここにも人はいなかった。
「誰なんだよ。出て来いよ」
 彼は叫んだ。
「鈴木か?」
 彼は同僚の名前を叫んだ。
「真木か?」
 彼は高校時代の同級生の名前を叫んだ。
「くそっ。あくまで、だんまりなんだな」
 彼はバスルームに向かった。改めて人がいないか確認する。
「どこなんだよ」
 バスルームを出た刹那、頭に衝撃があった。彼は棒状の物で殴られていた。

 *

 **

 ***

「こいつ、なんなんだよ。気持ち悪い」
 筋肉質で大柄の男が、廊下で倒れている男を見ながら言った。
「ありがとう。良太。助かった」
 ソバージュ髪の女が、大柄の男に縋りついた。
「優子、ロープとかある?」
 良太に聞かれ、優子はかぶりを振った。
「ないか。そりゃそうだよな。しかし、気持ち悪いな、こいつ」
「うん。気持ち悪いよね。私の家に、勝手に、私がいない時間帯に自分の家のように振舞って過ごすなんて……」
 優子は嫌悪感を露わにして、倒れている男を見た。
「よく、俺がここに駆けつけるまで、見つからなかったな」
「うん。私、体は柔らかいから、クローゼットの旅行鞄に隠れていた」
 優子と良太は笑った。

 ***

 **

 *

 男女はベッドで寝そべっていた。
「ねえ」
 女が甘えた声で聞く。
「もし、私が浮気しているってバレたら、どうする?」
 女の発言に、男は引きつった笑いをした。
「それは困るな……。君の彼、筋肉隆々だし、強面だし、殺されそう」
「ふうん。私と逃げようって考えはないの?」
 女は毛布の中で男のモノを強く握った。
「イテテ。――だって、どう考えても勝ち目ないでしょ」
「じゃあ、どうするの?」
 女の問いに、男はしばし考え、
「それなら、僕をストーカーっていう設定にして、浮気ではないということにすればいい」
 と言った。
「いいね。そうしよう」
 優子は楽しそうに笑った。
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