41話 はぐれた鳥は、馬槍の穂先に巣を作る

文字数 1,986文字

 公立第六中学校の運動場に落とされた、照明の傘の部分に下り立ったアタシは、ロープから手を放すと、素早く周囲を見回す。
 さすがにギミック太陽だけあって、運動場内におさまっていない。敷地を取り囲む塀の部分にもまたがっているのだろう、傘が校舎側を下に若干傾いている。
 それは、まぁ良いとして……やっぱり師匠のヤツ、もう姿が見えない。ジュピターに預けられた中継器の入った袋だけを置いて、姿を消している。
 ランスは……すごいな。予想はしていたけど普通に立ちあがった。あの高さから落としたのに表面に傷がついた程度みたい。対する照明の傘も、少しへこんでいるだけのようだ。
 タワーに使われている物質は、300年前に地球に緩衝着陸したとかいう流星群から取り出された物らしいが、明らかにタワー外の建築物に使われている素材とは違う。
 その物質は、アンドロイド達にも使われているということなのだろう。
 メイド選抜訓練の時に、師匠がアンドロイドとは殴り合いのケンカをするなと言っていた意味が良くわかった。
 鈴木さんもカモミールちゃんに対して、打撃ではなく投げ技で対応してたもんな。
 固いのに柔軟、人間の肌とほとんどかわらない外見を実現させている質感。
 アタシはタワーの中に入るまで、こういったアンドロイドが存在することさえ知らなかった。タワー外で会っていたなら、普通に人間だと思っていたに違いない。
 それはアタシだけではないだろう。タワー外の住人は、誰一人として、この存在を知らないはずだ。
 タワー内では当たり前の、この存在を。

「お、おい。時田さんはどうした⁉」

 遅れて到着した冬児さんが、少しばかり怯えた様子で周囲を警戒しながら、アタシに声をかけてくる。

「私が到着した時には、すでにいませんでした。元々、侵入するまでの共同戦線でしたから」
「そうか。そうだよな」

 おや? なんだか胸を撫で下ろしているようだ。
 てっきり、冬児さんは師匠を戦力として頼りにしているものと思っていたが……。
 アタシが疑問に感じている内容がわかったのだろう、冬児さんは苦笑しつつ頭を掻く。

「いや、凄い人だとは理解してるんだが、少し怖くてな」

 ふむ。意外に物事の本質を見抜く目を持っているのかもしれない。

「その認識は正しいです。能力的には信頼する以外に道のない人ですが、私達自身が依頼人でもない限り、信用してはいけない相手です」
「ああ。なんとなくわかるよ」

 冬児さんが頷き、アタシは再びランスに目を向けた。

「ランス! 身体の支配権は取り戻せましたか? 私たちの現状は把握できていますか?」

 ランスが、とても不機嫌そうに顔を歪めつつも頷くのを確認し、アタシは電波妨害装置をONにして、バッグごとランスに投げつける。
 一直線に飛んだソレを受け取ったランスが、まじまじと見つめる。

「電波妨害装置だな。これを我にどうしろというのだ?」
「身体の操作に支障がないなら、ONにしたまま持っていてください。それでジュピターからの再度の乗っ取りは防げるでしょう」
「ほう。それは我としては助かるが……。貴様、我になにを望む?」

 ランスが訝しげに尋ねてくる。

「このフロアにおける、()の人質の解放及び、琥珀お嬢様の奪還に協力してください。ジュピターはまったく信用できませんが、貴方の発言には所々ジュピターに反発する所があった。その分だけは信用できます。貴方としても、問答無用で身体を奪ってきたお母さんを見返す良い機会なのでは?」

 ランスは顎をさすりながら暫し逡巡していたが、やがてニヤリと口角を吊り上げた。

「承知した。子は親を越えるべき者。それをマザーに教えてやるのは吝(やぶさ)かではない。かといって明確な目的を与えられねば、我らアンドロイドは動きづらいのも事実。人質の救出及び、日ノ本琥珀お嬢様の奪還まで、貴官の指揮下に入ることを約束しよう」
「それで結構です。タワーのデータベースから情報は読み込めないでしょうから、私が伊邪那岐学園まで先導します。貴方は私の護衛を」
「サー・イエス・サー!」

 軍服姿のランスが敬礼するとそれなりに様になるが、敬礼している相手がメイド服姿の美少女(・・・)とあっては、ある種の異様さが拭えない。

「あー、できれば俺との共同戦線は継続してもらえると助かる。目的地は一緒な訳だし」

 交渉を終えたアタシ達に、冬児さんが遠慮がちに申しでてくる。

「まだ16にもなっていない小娘なので、足手まといになるかもしれませんが、宜しいのですか?」
「ああ」

 アタシの嫌みには少しも取り合わず、こちらに歩み寄ってくるランスに目を向ける。

「少なくとも、俺にはあのゴツイのを担ぎあげて、放り投げるなんてマネはできない。ジュピターを出し抜いて、支配下のアンドロイドと交渉するなんてことは、想像すらできないよ」

 顔を引き攣らせながら、怯えるようにそう言った。
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