48話 その鳥の名は!

文字数 2,451文字

「遅いではないか、舞」

 銃口を突きつけられている琥珀お嬢様が、さも当然のようにアタシに文句を言ってくる。
 念のため、アタシはいったん足を止めた。アンドロイドたちもそれに倣う。
 アンナロイドも、この辺りは指示しなくてもやってくれるのか。助かるな。

「か、勝手にしゃべるんじゃねぇ!」
「ふむ。すまんな。事前にそうは言われてなかったのでな」

 落ち着きの度合いが、人質を取っている側となっている側で逆のように見える。

「面白いぞマスター。マスターも含め、この中であの人質になっている娘の心音が一番正常だ」
「熱感知でも、唯一異変がありません。平常通りと思われます」

 ああ、そうだろうよ。
 だからといって、人質のふりをしている訳でもないんだろう。
 マスク越しでも、テロリスト達の様子に余裕がないことが、はっきりと窺える。

「お仲間になられたのではなかったのですか?」

 なんとなくイラッとしたので、嫌みを言ってやる。

「質問されているのだが?」

 顔色ひとつ変えない琥珀お嬢様が、銃口を突きつけているテロリストにお伺いをたてる。

「お、お前らがリーダーをどうにかしたんだろ! リーダーはどこだ⁉」

 お嬢様に返答する許可を出さずに、テロリスト自身が言葉を投げてくるが……リーダーがいないのか?
 春暁さんのことだよね。
 どういうこと?
 師匠か? 人質救出の際に邪魔になって排除したとか?
 いや、遭遇したのなら学校内だろう。わざわざ倒した相手を隠す理由がない。師匠は無駄なことに時間を使わない。

「そんな人は知りません。私の用事はそこのお嬢様だけです。貴方がたにも興味はまったくありません。お嬢様をお返し頂ければさっさっと出ていきますので、テロなり革命なり、好きになさっていただいて結構です」
「うるさい!」

 なにが気に喰わないのか、テロリストが声を荒げる。

「こっちの要求はひとつだ! 俺達をタワーから無事に脱出させろ! 余計な手出しをしたら、このお嬢様の命は保証しない!」

 よし、OK!
 完全に仲間から人質にクラスチェンジ!
 これで他の人に見つかっても、琥珀お嬢様の立場が悪くなることはないだろう。
 琥珀お嬢様の立場が悪くならないのなら、お嬢様が多少怪我をしようが問題ない。
 せいぜいが数か月の減給と、始末書提出程度で済むだろう。

「テメェ、なに笑ってやがる!」

 しまった。顔に出た。
 テロリストが琥珀お嬢様の美しい黒髪を引っ張り顎を上げさせると、銃口を強くお嬢様に押しつける。
 お嬢様の端正な顔が、一瞬とはいえ苦痛に歪んだ。
 ……ムカつくな。
 お仕えしてから約一ヶ月。
 琥珀お嬢様にはいろんな意味で煮え湯を飲まされてはきているから、いつかはギャフンと言わせてやりたいとは思っていたけれど、それはあくまでアタシの実力によってであって、暴力に頼ったり、ましてや他人の手によってで良いはずがない!

「ランス以下、アンナロイド達は指示があるまでこのまま待機」
「なにをするつもりだ、マスター」

 小声で指示をだしたアタシに、ランスが訝しげに問い返してくる。
 でも、その問いにアタシは答えない。

「返事は?」
「サ、サー・イエス・サー」

 戸惑いながらでもしっかりとした返事にアタシは小さく頷き、琥珀お嬢様達に向かって、ゆっくりと、だがしっかりと歩みを再開する。

「く、来るんじゃねぇ! お嬢様がどうなっても良いのか⁉」
「それはこちらの台詞です。36名家の人間。それも上位3家に入る日ノ本家の者にかすり傷ひとつでもつけたら、どうなると思っているのです? 自分たちの身が可愛くないのですか? 良くて裁判なしの処刑。ですがおそらく、そうはならないでしょう。死なぬよう手厚い治療付きで、老衰まで拷問尽しでしょう。生き地獄ですね、おめでとうございます♪」

 テロリスト達の喉が、ゴクリと動くのが目に入る。

「素直に投降するのが、貴方たちの最善です。リーダーに見捨てられたいま、彼に義理立てしてテロを続けていても仕方ないでしょう。情報の提供と引き換えにすれば、最悪の展開は回避できるかもしれませんよ」

 リーダーに見捨てられた?
 自分の口からテキトーに出てきた言葉だったが、口にした途端、カチリと何かがハマる音を聞いた気がする。
 いやいや、待て待て!
 それだと余計に、このテロの意味がわからなくなる。
 わざわざ失敗するために、こんな大がかりなことをしたなんてことありえる?
 あの人は、結局外に向けて、自分の意思も要望も、なにも発信していないんだよ?

「と、とまれ!」

 アタシの思考を遮るように、琥珀お嬢様背後のテロリストが、叫びながら銃口をお嬢様から離し、アタシへと向けてくる。
 だが、その程度ではアタシの歩みはとまらない!

 アタシはテロリストを睨みつけるふりをしつつ、お嬢様を睨みつけ、ズンズンと歩みを進める。

「来るなぁぁぁぁ!」

 テロリストの叫び声と、これまででだいぶ聞きなれてきた発砲音が、重なり合いながらアタシの耳を打つ。
 瞬間、アタシの左足に激痛が走った。
 身体を支える力を急激に失ったアタシは、無様に転がる。

「舞!」
「マスター!」

 琥珀お嬢様とランスの叫び声が重なる。
 アタシも一緒になって泣き叫びたかったが、下唇を噛んで必死に耐え、唸り声を上げるにとどめる。
 痛い。無茶苦茶痛い。
 ピンポイントの痛みのせいか、師匠に半殺しにされた時より痛みが酷く感じる。
 少なくとも摩擦熱で焼けた指の痛みが、気にならなくなるほどには痛い。
 叫びは堪えられても、大粒の涙が両の瞳から溢れ出すのはどうしようもなかった。 
 だがしかし! 
 こんな痛みに負けてやるもんか!
 あの人の前で、こんな情けない姿、いつまでも晒してやるもんか!
 アタシを、誰だとおもってる!

「アタシはぁぁぁぁぁ!」

 うつ伏せの状態から両こぶしをレンガ風の路面につき立て、吠え声と共に痛みを吐き出し一気に立ちあがる!

「飛鳥 舞! 未来のトップアイドルになる女ァ! 泣こうが、撃たれようが! 何度だって、飛んでやる!」
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