7.カーレ攻城戦#2

文字数 6,093文字

 コツコツとヒールの高い革のロングブーツを鳴らしながら、その魔女は俺達の前を行ったり来たりしていた。
 すらりとした均整の取れた身体に、革製のズボンと銀の刺繍の入った白いカットシャツ。赤い宝石と銀細工で装飾された革製の胸当てと手甲をつけ、腰には細身のレイピアを帯びている。
 レイピアの柄には大きめの橙水晶。剣が魔法杖としての役目も担っているとみた。
 女性にももてるんだろうなと思える男性的な美しい顔とオレンジ色の髪のショートカットがよく似合っている。
 凜々しく、整然とした態度も好印象。部下にも分け隔て無く対応している。良い上司だな。
 そんな美人…現在、カーレを支配している東の魔女の一番弟子「サンサス」を、俺はまたしても硬い石の床に跪いた格好で見上げていた。
 俺の隣には、鎧を着込んだクーガが跪いている。ちなみに、余計なことを言うと困るので口をキッドの貨物室にあった、ゴリラのマークの強力ガムテでばってんに止めてある。
 魔法で馬車に偽装したキッドは馬たちと共に城内の格納庫に停められている。ドラゴンもその中だ。
 キッド、クーガ、そして、シャムから借り受けた数名の兵達と共に、俺たちはカーレへの侵入に成功していた。
 皆、サンサス軍から鹵獲した鎧を着込んで武装しているので、傍目にはわからないようなっている。
 カーレは河の両岸にある門と東西にある船着き場を閉鎖してしまえば、正に難攻不落の要塞だった。
 厚く高い城壁と外部からの侵入を防ぐための数々の仕掛け、魔法兵器が大量に装備されている。
 城壁に沿うようにして魔法で動作する巨大な大砲も装備されており、そいつが押し寄せるシャムの軍勢を容赦なく蹴散らしていた。
 とても外からの攻撃で陥落するのは難しい、まさに、難攻不落、イゼルローンみたいな感じである。
 そこでまず俺たちはあの超有名スペースオペラのお手本通り、シャムに一時的に魔法通信を妨害するようにカーレを中心とした通信妨害を行わせる。
 サンサスの本拠地と定期的に連絡をとっていた、使い魔のカラス達もシャムの範囲魔法で捕らえることに成功した。
 そして、
「シャムが新しい古代魔法を復活させてカーレをもうすぐ攻め落とす」
といった、これまたデマを流し、城の外に偽物の魔法装置をいくつか設置させて、怪しげな儀式まで皆で行わせたりした。
 シャムの軍には被害が最小限になる形で、カーレへの攻撃を続行。
 聞けば、現在のカーレの城主サンサスは、生真面目な軍人タイプで、少し柔軟性にかけるところがあるらしい。
 集団の統率、魔法を駆使した集団戦闘を得意としていて、サンサスの魔法はクーガと同程度かそれ以下とのこと。
 生真面目、魔法はそんな得意ではないというのもつけいるポイントだ。
 デマについてはくだらない噂だと判断するはずだが、気にはなるはずだ。
 一度気になったら最後、生真面目な性格が災いして、確かめずにはいられなくなるだろう。
 家臣達の生命に責任を持つリーダーとしても、戦闘に関わることは可能な限り調べておきたいはずだ。
 数日が経った後、サンサスの本拠地から重要な伝令をもった一隊がやってくるという、新しいデマを流させた。
 そして、外装をサンサス軍の馬車風に仕立てたキッドを中心に、サンサス軍に擬態した俺たちが、シャムの偽装攻撃のさなか、ボロボロになってカーレへと駆け抜ける。
 サンサスが一時的に、カーレから自軍をだして展開、シャムの軍を押し返すと、包み込むようにして俺たち偽装伝令部隊を場内へと取り込み、展開した軍も鮮やかな手際で城内に収容した。
 その先頭で指揮を執っていたのが、今、目の前にいるサンサスだった。
「で、シャムの復活させた古代魔法とは、どんなものだ?」
 跪く俺にサンサスが近寄る。ふわりと良い香りがした。
「それは…」
 前にうずくまるように低く声を出す俺。自然と前のめりになるサンサス。
「こういうことです!サンサス将軍!!」
 俺は決め台詞を吐くと同時に、太もものナイロンホルスターに突っ込んであったハンドガン、マテバ2006Mを抜き取ると、サンサスの右側面に入り身投げの容量で回り込む。
 剣のつかを押さえる形で左手を添え、右手の銃をそのままサンサスのこめかみに突きつけた。
 ふぅ。思っていた以上にうまくいった。
 あ、なんでマテバなんてマニアなイタリア製のリボルバーを持っているかというと、キッドのバンボディ、貨物室に積んであったの。
 他にも、アサルトライフルから、サブマシンガン、対戦車ロケット、はたまた対物ライフルまで積んであった。
 そうそう対物ライフルは、一昔前まで、対戦車ライフルといわれていたライフルのことね。カリオストロで次元がラストで使っていたのがロシア製の対戦車ライフル。
 海兵隊の中隊規模の装備に匹敵する武装が、キッドの貨物室に積んであったのだ。
 そして、一振りの日本刀。
 鯉口を切って、すらりと刀身を抜いてみる。
 うん、あれだ。本身だった。
 本身ってあれね、刃がある事ね。
 居合道とか、練習用のやつは刃がないからね。
 澄んだ水面のように美しい刀身。
 波紋のにえも引き込まれるよう。まるで目が吸い寄せられるようだった。
 希代の秋水ってやつか。
 俺は間違って指でも落とさないように、そっと刀身を鞘にしまった。
 まあ、ここで使うことはないかもだけど、このある意味変わったファンタジー世界では、銃より役に立ちそうだよね。だって銃弾よけそうなやつもいたし。マトリクスかよ。
 他の武器も、物好きなサバゲーマニアの東京マルイとかMGCとか、電気とかガスとかのコレクションではなく、重さ、質感、なにより、その機構自体がパチモンではなく、マジモンだったのだ。
 そういえば昔はエアータンクという、スキューバ用のボンベの小さい感じのやつに圧縮空気をつめてその空気圧でBB弾撃ってサバゲーしたよねー。スターリングに横引きのBB弾タンク付けてさぁ。
 少し現実逃避。
 なんか色々想像すると、怖くなってくるので。ヤクザの出入りの装備としても重装備すぎるしね。どちらかというとテロとか?いやいや、五反田で?
そういや大使館がいくつか…
 一旦思考停止した俺は装備一式を一通りあらためておいて、一番かっこよかったマテバと予備弾倉を太ももに付けたフォルスターに入れてきたのだった。
 一旦、場面を戻そう。
 右手のマテバを、サンサスの十二等身の小さな頭に突きつける。
「この城を明け渡してもらおう。サンサス将軍」
 俺はなるべくゆっくりと、腹から声を出すようにして脅しをかけた。
 一瞬の静寂。サンサスの屈強そうな銀鎧の近衛兵達が凍り付いたように見える。
「は、そんなもので私を脅すのか?」
 高らかな笑い声と共に、サンサスの威厳のある声が石壁の接見室に鳴り響いた。
 間髪入れず、俺は、近衛兵の持つハルバードに向けて一発、マテバをぶっ放す。
 乾いた破裂音と共に、9.1ミリの弾頭がハルバードの斧部分が吹き飛んだ。
 って、耳と手首が痛えー。
 マテバの引き金を引いた俺自信が、かなりどんびき。
 わーないわー。銃とか人に向けるのとかほんとないね。
 信長が銃の戦術性の一つに、発砲時の轟音と迫力といった威圧感も計算にいれていたというけど、銃ってほんとこわいわー。素人相手に一発ぶっ放せば、実効制圧力はてきめんだね。
 俺は、震えそうになるのを必死で押さえて、マテバを持つを手をもう一度サンサスに向ける。
 こんな美人に銃をむけるなんて。ほんとひどいと自分で思う。
 すると、今度は、近衛兵を含んだ全員が一斉に笑い出した。
 サンサスは高らかに笑った後、ゆっくりとこちらに向き直った。
 余裕綽々としてニヤリと笑う。
「この私にそんな子供だましが効くと思っているのか?」
 目が細められ、眼光がより細く鋭く、俺の目を射貫く。
 なんか、魔女っていうより、剣豪って感じなんだけど。
 少しでも気を許したら抜き打ちで踏み込んでくるな。
 銃口をサンサスの眉間に向けたまま、目を離せない俺。あまりの迫力に膝が笑いそうになる。
 どうしたもんかな。魔女って話だったから接近戦には弱いと思ってたんだけど。
 どっちにしろ、俺にこの銃を撃つ気はないし、捕まるつもりもない。
 俺が左手を横に向かって小さく振ると、一緒に侵入したシャムの兵士達と、クーガが腰に付けていた円筒をつかむと一斉にピンを引き抜いた。
「ここで全員死ぬか!それとも城を明け渡すか!二つに一つ!Dead or Alive!」
 巨乳格闘ゲーム名を大音声ってやつで叫んでみる。はずいわー。
 円筒はキッドに摘んであったフラッシュバン(閃光手榴弾)なので、数分間視界を奪う閃光と失神するくらいの大きな音が出るくらいで死ぬことはない。
 これでもサンサスが折れなければ、フラッシュバンを破裂させて、混乱している間に脱出といった手はずだ。
 サンサスと近衛兵達の顔色が少し変わる。こちらの覚悟を見せて交渉に引き込むしかないか。
 石壁で囲まれた接見室が膠着状態に陥った、その時。
 接見室の扉が勢いよく開かれた。
「サンサス閣下!緊急事態で・・・」
 報告に来た軽装の兵士がその言葉を言い終わらぬうちに、サンサスの抜く手もみせぬ鋭い突きが俺のみぞおちに突き込まれた。
 半身をひねって避けるが間に合わない。
 マテバのトリガーガードの辺りで剣を弾いて受け流す。金属をすり合わせる嫌な音が鳴り火花が散る。同時に俺は、踏み込んで相手の右側面に回り込む。
 そのまま肘をきめて、立ったまま押さえ込もうとするが、敵もさるもの。
 前方に華麗に受け身をとって、俺の陸奥圓明流ばりの腕絡みを回避。そのまま立ち上がると剣を構えて距離を取った刹那、二連撃目。
「しばし!しばし待たれよ!」
 伝令に来た老練そうな兵士が、俺とサンサスの間にわって入った。
 た、助かったー。よく割って入ってくれた
。次の攻撃はよけらんなかったよ。まあ、俺も初撃の突きをよく避けられたな。しかも、相手の側面に入り身で踏み込むなんて、すごいぞ俺。若い頃がんばって稽古に励んでおいて良かったなー。師範ありがとう!
 その伝令、白髭の老人は、左手のターゲットシールドでサンサスの次の突きを弾き、伸ばされた右腕が俺のマテバを持った右腕を握っていた。いや、こいつ、ただものじゃないぞ。握られた手ごと俺の右腕はその老人にしっかりときめられていて身動きできない。ゆ、ユパ様ですか?
「何事だ!」
 次の攻撃の邪魔をされたサンサスがいらだちを隠さず鋭く叫ぶ。
「城内に不死者の集団が!一隊はもうそこまで来ております!」
 その報告に、サンサスの美しい眉が醜くしかめられる。
 なんだ、この手の冷静沈着タイプにしては珍しいな。
「数は?!」
「数百はおるかと。大群です!城内の地下墓所をはじめあらゆるところから一斉にわいてきております!」
「シャムのやつか。師匠ですら倦厭した禁忌を犯すとは。まさか、ノーム王と盟約したのか…?」
「まずは、混乱した城内の兵をまとめませぬと。すでに数十名が不死者の群れに加わっております」
「わかった。各隊の指揮系統を回復する」
 サンサスの左手がレイピアの柄に付けられた橙水晶へと触れ、美しいまつげに装飾された瞳が閉じられる。
 オレンジ色の淡い煙のような光があたりを漂った。
 時間にして数十秒。
 ゆっくりと開かれた瞳には、すでに憂いの色はない。
「各隊に集結位置と撤退路の指示を出した。住民達は建物に籠城、武芸に秀でた物には道にバリケードを築かせる。それと武器庫から魔装具を各隊に届けさせろ」
 魔法通信か何かかな。
 俺は、ユパ様、白髭の老人にそっと離された手をそのままホルスターへと持って行き、マテバをロックする。
 助かったよと目顔でうなずくと、老人は口元にかすかな笑みを浮かべ黙礼を返す。
 ふと見回すと、シャムの所から借り受けてきた兵士達は、全員青ざめていた。
 かわいそーに。捨て駒にされたんだね。
 わかる。わかるよ、その気持ち。きっと一生懸命に忠誠を誓っていたんだろうね。
 まあ、この兵士も俺ら中途採用も同じようなもんだな。
 ところで、不死者の群れというと、あれだな、ゾンビだよな。
 基本的にゾンビゲーは苦手なんだけど、昔は良く、週末に家に集まってみんなでバイオ合宿やったよなぁ。ドミノピザとハイネケンとバイオハザード。
 そうそう、俺が一番好きなゾンビゲーは、ゾンビリベンジ。もちろん、キャラは毒島でしょ。あの当時、ゾンビゲーもベルトスクロール型のアクションゲームにしちゃうSEGAってやっぱ最高だよね。
 ちょっと手持ち無沙汰になっちゃった俺は、現実逃避気味の頭をこの場にもどして、皆のフラッシュバンのピンを元に戻させる。
「スパイク!スパイク!」
 クーガが鎧の兜を深めにかぶり俺の背中をつついて小声で話してきた。
 おまえガムテは?と思ったが、自分で無理矢理剥がしたらしく、口の周りの布が痛々しいことになっている。あとで直してやらんと。
「不死者の召還となるとこの城が落ちるのも時間の問題だよ。早く逃げよう」
 こちらは、おびえの色を一切隠さず、顔面蒼白の体である。
「なにおまえ?ゾンビ怖いの?」
「な、何を言っているんだ。私はだな。お前達が喰われちゃうとかわいそうだなと思うから…」
「う、ううう…うぉおおおお…」
「や、やめろばかぁ!こわくなんてないんだからぁ!」
 俺がゾンビの真似をすると、すばやく後ろに飛びずさり、他の兵の後に回り込む。
「お前達!」
 ふざけだした俺たちをサンサスが一喝した。
「何をしている?」
「あ、はい。ごめんなさい」
 二人で謝る。
「き、貴様。まさかクーガ?!」
 まあ、気がつくよな。
 慌ててあとずさるクーガに、サンサスがつかつかと歩み寄る。
「ち、ちがうってば。何言ってるのこの人」
 連れてきた兵士の後ろに逃げ込み、首だけ出してサンサスを見上げるクーガ。
「よくぞ焼かれず生き残ったものだな」
 首根っこを猫のように捕まれて引きずり出される。
「で、貴様達。どうするつもりだ。このまま続けても良いが、その間にこの城ごと全滅するぞ」
 俺に言ったみたいだな。
 どうもこうも、こうなったら脱出あるのみなんだけど、外はゾンビでいっぱいだっていうし。
 イゼルローン攻略(ちがうって)に来たと思ったら、今度は、バイオハザードかよ。
「BioHazard」
 一応、プレステで起動した時のオープニング声で言って雰囲気を出してみる。
 怪訝な顔をするサンサスに、
「ま、一次休戦だな。俺たちもゾンビになって死ぬのは嫌だ。とりあえず、協力はするよ」
 俺は両手を挙げて一時的な恭順の意思を示した。
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