20.Like a Rolling Rice Ball 1

文字数 3,283文字

 ノーム王の永久窟の横穴は、光を吸収する闇の成分で満たされているのか、ランタンの光が届く範囲が極端に悪く、1メートル先の足下をかろうじて照らせる程度だった。
 もう、かれこれ3時間は歩いてんだけどね。
 しかし、あれだね。こういう暗くてジメジメした洞窟を歩いていると、色々思い出しちゃうなぁ。
 オズに来てからの数日間、色々あってすっかり忘れていたけど、会社の方はどうなっているんだろうか?
 通常、企画から2年はかかるサービスサイトの立ち上げを、僅か半年で成し遂げ、運用後にサービスの拡充をはかっていく計画だったあのプロジェクト。
 入社した当日に理想だけが書かれた企画書を渡され、
「半年後にオープンしろ」
 と命令したあの役員の顔が思い浮かんじゃうんだよねぇ。
 半年では不可能だったため、オープン後にサービスを拡充する計画で了承を得て進め、ようやくオープンにこぎつけた時、何故か俺はリーダーの座を変わるように命令される。
 理由を聞くと、
「ジョブローテーションと言っているだろう。みんな上の指示にしたがうぞ」
 と無表情の政治家みたいな顔をしたその役員に言われたのだ。
 困るのは現場のメンバー、直属の上司や他の役員達。この件が撤回されるように色々と動き回ってくれた。しかし、「天皇」と影で呼ばれる業界でも有名なグループ総帥にかわいがられているその役員に反抗することは、自殺行為なんだってさ。
 まあ、それでも大混乱の中、血尿出しながらみんなでオープンさせた直後のグループ社員全体会。
「このプロジェクトは失敗でした。内容が整っていません。メンバーを変えてやり直します」
 と壇上でその役員が言い出した時にはみんなでひっくり返ったものだ。
 そう、まさにこれからって時だったんだけど、なんか気にくわなかったらしい。彼にとって大事なのは、すべてが自分の功績になること。プロジェクトメンバーが自分より目立つことが許せない勝ったらしい。仕事はなんもしてないのにね。
 その後、その役員が新たに採用した犠牲者達と、新たにプロジェクトがスタートした。
 まあ、俺たち旧なメンバーは、そのあと色々な目に遭って、今はみんなでリストラフロアにいるわけだけだが。
 個人レベルでは絶対悪なことが、階級組織レベルだと何故、絶対善としてあつかわれるのか、人間という種の不思議だよね。戦前の日本、ナチスと一緒。幾ら試験勉強して良い大学入っても、その試験用に詰め込まれた内容は現実にいかされない悲しみ。
 うわぁ、暗い気持ちになっちゃったよ。
 書いてても聞いてても面白くない話なので、この辺でやめとこう。
 さて、なんか思い出したら急激に腹が立ってきたので、なんか暗い洞窟の恐怖も薄まり、むしろなんか勇気が湧いてきたな。
 あの役員に比べたら、グールやらゾンビやら、悪の魔法使いやらの方がよっぽどマシだぜ、こんちくしょう。
 俺は腹立たしさの勢いに任せて闇に向かってずんずんと歩き出した。
 どうせあれだろ、箱の手前くらいに、ダースベーダーが出てきて、倒すとその顔が俺の顔に変わったりするんだろう?
 ダークサイドだろうが、なんだろうが、すべて利用してこの状況を打開してやるぞ。
「おい、おまえ」
「うひょおっぱぁあ、うぉおお???!!!!」
 すぐ足下から話しかけられて、俺は今世紀最大級に動転して後ろに3メートルほど飛び退いて尻餅をついた。
 腰をついたままランタンを差し向け、震える手で腰のコンバットマグナム引き抜く。
「だ、だ、誰にゃああ?!」
「にゃあ?」
 動転した俺の変な語尾に、闇から突っ込みの声が上がった。
「まあ、落ち着け。俺のことをよく見てみろ」
 恐る恐る声のする方にランタンを近づけてみる。
 すると、そこにいたのは、でかい一匹のカエルだった。
 そのカエルが俺の方を黄色い眼で見上げて喋っているようだった。
「か、カエル…」
 俺がつぶやくと
「ほぉ。おまえにはカエルに見えるのか」
 さまも珍しいように、そのカエルが答える。
「な、何か用でしょうか」
「なんの用もないんだがね。おまえさん、この先が何か知っているのか?」
 カエルがさも呆れ顔で聞いてきた。(カエルの呆れ顔というのを俺はその時始めて見た) 
「この先は、パンドラの箱があるんだよね」
 多少落ち着きを取り戻しながら聞くと
「ああそうだが、パンドラの箱がある場所はあの世だぜ」
「あの世?」
「ああ、知らないのかい?」
 ブリキの旦那にはパンドラの箱のことしか聞いてないんだけど。
「あんた、その魂を持ったまま、あの世に行くのかい?」
 カエルがそう言うと、俺の胸の辺りが赤く光った。
「魂を持ったまま、あの世に行くと、二度と帰って来られないぜ」
「え、そうなの?!」
 なんか純粋にびっくりする俺。
「なんだ知らなかったのか」
 カエルは哀れむように言った。
 なら、ブリキの旦那はどうやって戻ってきたんだろう?
「あの全身鉄で出来た人形か。奴ならそこに魂を置いていったぜ」
 カエルが洞窟の傍らを見やると、そこには布とおがくずで出来たハート型の赤い針刺しが転がっていた。
「もっとも、帰りにはすっかりそのことを忘れていたみたいだけどな」
 俺はその赤く光る針刺しを拾い上げる。
 ハート型の針刺しは湿っていてなんだか気持ちが悪かった。
「持って行くのかい?」
 俺は黙ってその針刺しを背中のバックパックにしまい込んだ。
 さてどうしたものか。
 俺は魂をここに置いていくわけにはいかないからなぁ。
 悩むこと数分。
 まあ、このカエルが嘘をいっているということもあるしな。
 このまま進むか。
 俺はカエルに一応礼を言ってそのまま進むことにした。
「おい、あんた。忠告はしたからな」
 カエルは俺の方を見てそう言うと闇の中への消えていった。
 そこから更に1時間ほど進んだが、行けども行けども暗い闇の中。
 ランタンの明かりは俺の周り、1メートルほどした照らし出さない。
 時々、洞窟の壁を這う、何やら生物らしきものの物音が聞こえるが、光を向けてもその姿をみることはできなかった。
 腹減ったなぁ。
 少し行くと洞窟は斜面となっており、その手前にお弁当を広げるのにちょうど良さそうな岩があった。
 俺はそこに腰掛けると、オズの国に自生する大きめの葉でくるまれたおにぎりとお茶の入った水筒を取り出す。
 バックパックの底に、何やら琥珀色をした液体の入った小瓶も入っていた。
 コルクの栓を開けて臭いを嗅いでみる。
「ブランデーだな」
 と声に出していってみた。たぶん、ビビが入れてくれたんだろう。
 俺はコルクをぬくと、ニヤリと笑って一口煽った。
 程よい甘さと鼻を抜けるフルーティーな香り。喉を焼いて落ちていく液体が胃に入る感覚が心地よい。
 数時間、緊張しっぱなしで歩いてきたせいもあるが、染みるわー。
「うめー」
 また、声に出して言ってみる。人間は孤独になると独り言が増えるそうだ。
 おにぎりは三つ入っていて、左から、梅干し、鮭、おかかとなっている。
 正確には、オズで獲れる似たような植物や生物から作られている。
 俺は、まず梅干しのおにぎりから食べ出した。好物のおかかは最後にとっておく。長男は好きな物を最初に食べるって言うけど、俺は好きなタイミングで食べる派。
 しばらくもぐもぐと、おにぎりをかみしめる。
 炊き方が良いのか、この米に似た穀物はほんとうまい。
 梅干しというか、小さな果実のピクルス的な物も、この穀物に良くあっている。
 時々お茶をすすりつつ、俺はもくもくとおにぎりを食べ続けた。
 さあ、最後はお楽しみのおかかのおにぎりだ。
 俺が最後の一つを手に取ろうとしたそのときだ。
 目測を見誤ったのか、おにぎりは俺の指に弾かれると、そのまま地面に落ちて、コロコロと目の前の斜面を転がり出した。
 いや、おにぎりってそんなに転がらないだろうって思うでしょ?
 それが、凄まじい勢いで転がり出したのだ。
 眼を疑う俺からどんどん離れていくおにぎり。
「あ、こら、まてぇー!」
 俺は、間抜けな声を出して俺はおにぎりを追いかけ始めた。

To be continued.
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