12.スライムイーーターー

文字数 5,906文字

 グレーとか灰色ではなく、その肌の色は”ねずみ色”と言うにふさわしい色あいだった。
 全身は汚物にまみれ、絶えず強烈な悪臭を辺りにまき散らしている。
 カーレの地下下水道。その高さは一〇メートル以上あるが、頭の上から生えた鼻のような呼吸器官を天井にこするようにして、その汚物の固まりのような生物はこちらに近づいてくる。
 赤く腫れた目の縁から巨大な目やにが落ちた。
 通称、汚物喰らい…スライムイーター。
 たぶん、カーレで最も会いたくない生物トップ3に入る怪物だ。
 カーレの地下下水道に住み、汚物を喰らい、たまに下水道に落ちてくる人間や動物をも捕食する。
 うげぇーーー。
 我慢できずに、俺は下水路にぶちまけた。一晩で二升空けたときよりひどいゲロり方だった。まるで、巨神兵のように胃の中の物をあたりにぶちまける。
 それを皮切りに、フランカー達もドラゴンも、なんとキッドまでゲロを吐く動作をしている。グール化したクーガまでも腐った藁を口からビームのように放出していた。
 臭いなんてもんじゃない。暑い真夏の公園のトイレに汚物まみれになってぐっしゃりと湿り落ちているティッシュペーパーを、口の中と鼻の穴に無理矢理ねじ込まれたような、そんな、触覚をも刺激する、肉眼で見えるような悪臭だった。
 これは、だめだ。臭いだけで全員が完全に戦意喪失。
 悪臭で弱らせて喰う。それが正しい捕食スタイルなのか、やつはゆっくりと下水をかき分けて近づいてくる。
 ドラゴンもブレスを吐こうとしているが、別のもの吐いちゃってるよ。
 走って逃げようにも力が入らない。外に出ても追っ手に見つかったら万事休すだ。
 俺は、片手でもストックを脇に挟んで射撃可能な、オーストラリアのブルパップ型アサルトライフル、ステアーAUGを一弾倉たたき込むも、巨体な上、厚い皮で弾頭が止まるらしく、近距離なら車のドアも紙のように抜く、5.56x45mmのNATO弾も効果が無い。
 ちなみに映画なんかで、サブマシンガンとアサルトライフルの威力の描写が同じように描かれているけど、サブマシンガンとアサルトライフルだと破壊力も貫通力も全然違う。
 ざっくり言うと、ハンドガンの弾を連続で沢山撃てるようにしたのがサブマシンガン。アサルトライフルはライフル弾という歩兵が扱える弾の中でも一番威力、射程、貫通力の高い弾を単発、または、連射できるライフルのことだ(対物ライフルを除く)。
 アサルトライフルの弾は、防弾処理していない車のドアなんかは、近距離で撃つと貫通してしまうので、よくドアや車の影に隠れて弾をやり過ごすシーンがあるけど、あれはフィクションだ。
 人体に当たった時の威力も桁違いで、アサルトライフルの弾は射入口は弾の直径程度の大きさだが、弾が抜けた側の肉体は爆発したように大きくえぐられて四散する。
 火薬量も多く長いライフリング(銃創)で回転のかかったライフル弾の威力は凄まじい。
 高校生の頃、父の知り合いの外科医の方が、国境なき医師団としてアフガニスタンの野戦病院に半年間勤務して帰国し際に、医療用のスライドを見せてもらいながお話を伺ったことがあった。
 四肢外傷のみ運ばれてくるその野戦病院。四肢外傷、つまり、手足の損傷のことだけど、頭や胴体に損傷がある場合は病院に運ばれてくる間に死んでしまうので諦めるという。
 いたいけな少女の肩を打ち抜いた弾丸は、射入口は口径程度の大きさの傷だが、後ろに抜けた弾丸は、背中側の筋肉と肉、骨を大きくえぐっていた。
 他にも地雷で吹き飛ばされた両足、ライフルが突き抜けた腿、肘から先のない腕、見るに堪えないスライドに写った人々のほとんどが女性や子どもといった一般人だ。スライド共に説明されるその世界は、正にこの世の地獄、いや地獄以上の何かだった。
 最後に一命をとりとめた少女から摘出したAK47という世界で最も使用されているアサルトライフルの弾とメッセージカードをいただいた。
「シロウ君が戦争を心の底から憎み、世界の平和に貢献出来る人になれますように」
 銃や兵器とサバゲー大好き、兵器と戦争の世界大好きの私のことを心配してくれたのだろう。
 おかげで今では、俺はかなりの戦争反対の平和主義者だ。
 そのメッセージカードとライフル弾は今も大切にしまってある。
 こういう銃器の戦闘というのは、空想のお話しの中だけだから良いんだよね。
 長くなったけど、閑話休題。
 話を戻そう。
 ゲロまみれの口を拭い、体を引きずるようにしてキッドの後ろに回り込むと、貨物室のドアを乱暴に開ける。
 貨物室の奥、大きめの樹脂ケースを引っ張り出す。
 ご丁寧にプレートに使用方法が書いてあるのがありがたい。
 手早く準備を整えると片手で持ち上げて肩に担ぐ。バックファイヤに巻き込まないように、後ろに誰もいないことを確認する。
 俺の様子に気がついたフランカーがこちらにフラフラと駆け寄ってきて、俺の前に膝を落として砲身を支えてくれる。
 AT4。八四ミリ形成炸薬弾を発射する、アメリカ軍正式採用のロケットランチャー。こいつを喰らって生きていられる生身の生物を俺は知らない。
 ってか、戦車とかハインドクラスの装甲ヘリとかを撃破できるロケットランチャーだぜ!
 スライムイーターの眉間に照準を合わせると、俺は躊躇なく引き金を引いた。
 豪快な発射音、どでかいロケット花火みたいな音が耳元で炸裂して、紅蓮の炎を引いた弾頭がまっすぐにスライムイーターに向かう。
 弾頭が近づいた瞬間、大きく口を開けるスライムイーター。
 こいつは形成炸薬弾だ。しかも、HEATではなくHPと呼ばれる五〇〇ミリから六〇〇ミリの装甲を貫通できる弾頭だ。
 戦車等の装甲をつきやぶり、内部に侵入した弾頭は内側から爆発して対象を破壊する。
 そのまま口を閉じたスライムイーターが爆発四散することを想像して俺は身を伏せた。
 ゴクリ。
 ごくり?うん。どうした?なんか飲み込む音が聞こえたような…
 そして、くぐもった爆発音がスライムイーターの”中”から聞こえた。
 えーーー!?マジか?!
 飲み込んじゃったよ。しかも中で爆発しても大丈夫ってどういう内蔵してんだ?!
 ゲップのように爆発の炎を吐き出したスライムイーター。
 知性があるのか、馬鹿にしたように、こちらを見つめる。闇の深淵を見るようなその瞳を見てしまい、背筋に寒気が走る。
 もうそこまで迫ったスライムイーターにヒノノ二トンが果敢にチャージ!
 しかし、機械にまで影響を及ぼすその悪臭のためか、キッドの自慢のDOHCエンジンも馬力が出ていない。
 スライムイーターはがっしりと、両手でキッドをつかむと、丸呑みにしようと大口を開けてキッドをくわえこんだ。
 肥喰らいに運転席まで飲み込まれるキッド。
 ゲロまみれでのたうち回る、クーガ、ドラゴン、フランカー達。
 阿鼻叫喚、地獄絵図ってこんな感じ?
 飲み込まれようとするキッドの貨物室に駆け込み武器を持ち出そうとすると、目の前にガスマスクが転がってきた。
 チェーンソーの入った箱が目に止まる。
 こうなりゃ、死なば諸共!スプラッターハウスにしてやる!(意味不明)
 フランカーにガスマスク放って渡すと、俺は足でチェーンソーを押さえつけてイグニッションコードを引っ張りあげる。
 こいつは片手で使うのは無理か。
 フランカーにチェーンソーを渡すと、驚いた顔でチェーンソーを見つめる。
「こ、これは…マジックソード!?」
 ま、まあ、そんなもんだな。
 俺が大仰に頷いてみせると、チェーンソーをエクス化リバーのように高々と掲げるフランカー。
 デレレレェー♫
 どこからともなくゼルダでアイテムを手に入れたときのテーマが流れる。
 何故か、フランカーの体からこれまでにない覇気があふれ出した。
 うん、まあ、こんな時だし、気分って大事だよな。
 刃が高速回転するエクスカリバーを八双に構えて、猛々しく突っ込んでいくフランカー。
 キッドを飲み込むのをやめて、こちらに向かってくるスライムイーター。
 意外と動きが速い!
 巨大な尻尾の一閃でそこら中の廃棄物をなぎ払う。
 後ろに華麗にもんどりをうって避けるフランカー。
 一瞬の隙をついて、ダッシュで突きを打ち込む。
 そして、そこで回転切り。
 戦い方までなんかリンクしてきたな。
 スライムイーターとフランカーの激闘が始まる。
 尻尾の引き際にチェーンソーを叩きつける。火花と煙が散り、チェーンソーが跳ね飛ばされる。
 フランカーは軽快な動きで渡り合っているが、スライムイーターの装甲のように固い皮膚が攻撃を寄せ付けない。
 俺は片手打ちにステアーで援護するが、こちらも固くそして柔軟性に富んだ皮膚に衝撃を吸収されてしまい、跳弾もしないで弾頭が下水に落ちていく。
 それでも、目や口といった部位にあたると多少の効果はあるようだが、ダメージには至っていない。
 よく見ると、スライムイーター全体を、紫色のオーラが覆っているようだ。
 まさか…
 シャムの手がここまで伸びているとは思いたくないが、可能性は捨てきれない。
 なんとか動き出したキッドと連携して、スライムイーターの進行を食い止めてはいるがこれではじきに俺たちの体力が尽きてしまうだろう。
 やはり危険だが、外に向かって逃げるしかないか。
 そう思ったとき、俺たちの後ろから、複数人の足音が聞こえてきた。
 追っ手か!?
 こう言うのなんて言うんだっけ?
 前門のスライムイーター、後門のグール?
 これで逃げ道すら塞がれた。
 振り向くと、十名ほどの集団がこちらに向かってきていた。
 浅黒い肌、全体的に尖った容姿、そして全員かなり背も高い。
 そして、一番特異なのが、全員が目を閉じていることだった。
 スライムイーターの方は、フランカーとキッドに任せて、俺はその集団に振り向いた。
 油断なく構えていると、戦闘のリーダー格が両手をあげて敵意の無いことを示す。
 そのまま全員前に出ると、横一列に並んだ。
 フランカーがチラリとその様子を見るとキッドに下がるように指示をだして、自分も空中で一回転して後方に下がる。
 紅蓮の炎が一斉にスライムイーターに吹き付けた。
 彼らの名はレッドアイ。目から高温の炎を吹き出す特殊な性質を持ったカーレの住人達だ。
 くぐもった悲鳴を上げてスライムイーターがのけぞるがそれも一瞬のこと。
 炎を手と尾で払いのけるようにして突っ込んでくる。
 レッドアイのうち何人かが下水道の壁まで吹っ飛ばされた。
「クーガ様!!」
 レッドアイのリーダーとおぼしき人物が、そこらでのたうち回っていた、グール兼かかし娘ことクーガに呼びかける。
 クーガの目が一瞬きょとんとなった。
 何かを思い出すように首をかしげる。
「我が愛しき暗黒神クーガよ。その名を冠する我が主の呪いをときたまえ!サーイーズー!」
 レッドアイのリーダーが叫ぶ。
うおぉおおおおお…
 叫ぶクーガを赤い光が包み込み、すぐに消えた。
 首についた鎖が消し飛び、両手を水平にして、ゆっくりと上昇していくクーガ。
 こちらを見据えるその目からはこれまでにない理性の光が感じられた。
「スパイクよ。よく聞け。おまえのはいているブーツの呪文。それを唱えて願いをかなえよ。いいか、私の呪いを完全に解くように願うのだぞ!」
 こちらを睥睨し、高飛車な態度で言ってくるクーガ。
 なんだとこのやろう。ちんちくりんが何言ってやがる。
「サマスが唱えた呪文は長くはもたない。いいか!よく聞け!」
 勝手に盛り上がるちんちくりん。まあ黙って聞いといてやるか。
 あ、ちなみにサマスってレッドアイのリーダーのことだね。
「まず左足で立って、アル!」
「次に右足で立って、ママ!」
「両足で立ち、両腕を上に広げて、ター!」
 そう言うと、クーガはゆっくりと地面に戻り、またウガァアアアーとそこらをグールしながら徘徊しだした。
「スパイク様!どうか、どうかクーガ様を元に戻してやってください」
 必死に懇願してくるサマス。
 なんだけど、なんかいやだなー。
 まあ、この事態を打破するには仕方ないのか。
 俺は気乗りしないまま、言われたとおりに呪文を唱えてみる。
 最後に両腕を上に広げたとき、すっぱり切り落とされた左腕が目に入った。
 このまま左腕なしってのも不便だな。けど、左腕を単に元に戻してくださいってのもなんか芸がないっていうか。
 ふと俺は、赤い全身タイツ、金髪、葉巻、甘いマスクににやけ顔の銀河最強の宇宙海賊と、やつの右腕に仕込まれた例のものを思い浮かべてしまう。
 すると、まばゆい光が俺の左腕から全身を包み込んだ。
 手首に黒いベルトを巻いた状態で、俺の左腕は完全復活した。
 もちろん、口の端には葉巻、筋骨隆々とした身長190センチの体は赤いタイツ状の服に覆われている。水面に映る二枚目のにやけた甘いマスク、髪は少し長めの金髪だ。
 これは腰に差している銃を、マテバからコルトパイソンに変えなければなるまい。
「あーーーーーー」
 サマスの間の抜けた声が響いた。
「まあ、まってな。でかいミートボールにしてやるぜ」
 決めぜりふを吐いて、フランカーやレッドアイたちを手で制すると、スライムイーターの前に仁王立ちで立ちはだかった。
 右手で左手首をつかみ、ゆっくりと前に引き出す。
 カチリという音がして、外れる左腕。その下から現れる黒光りするどでかい砲身。
 左手の黒い砲身を右手で支えるようにしてスライムイーターに向ける。
 何かを察知したようにスライムイーターがこちらに向き直り、突進してきた。
 撃ち方がよくわからんが、カメハメ波の要領?で左手に気持ちを込める。
 そう、この銃は指ではなく心で撃つもの!
 砲身から巨大な精神エネルギーが光の束となってスライムイーターに襲いかかった。
 轟音!
 肉片をそこら中にまき散らして、スライムイーターが文字通り消失した。
 俺は、余裕顔で左腕を戻すと、新しい葉巻に火をつける。
「スパイク様、その姿は…」
 びっくりするフランカーに、
「あててみろ、ハワイへご招待するぜ」
 ニヤリと笑って応える。こういうのはノリなんで最後までやりきらないとねw

To be continude
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