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文字数 1,945文字

『チャロです。どうぞよろしく』
『ワンちゃん、かわいいっ!』
『よろしくねー!』
土曜の定例会議でチャロが自己紹介すると、みんなそのかわいさに色めき立った。
ミルクティーのような色のふわふわの毛に、つぶらな黒い瞳。白いモコモコのベストが、愛くるしさをさらに引き立てている。
「チャロ、すごい人気だ。ほんとにかわいいもんな」
ぼくがチャロに見とれてそう言うと、ロニーが冷たく言い放った。
「言っておくが、中身は全然かわいくないぞ」
『かわいいでしょ。仲良くしてあげてね』
チャロを紹介したラブは、自分のことのように得意げだ。
『よろしく、チャロ。昨日、演説聞きに来てくれてたよね?』
レオードも愛しげに目を細めて微笑んでいる。
『はい。とても良かったです』
チャロが褒めると、すかさず、ミーも負けじと賛辞を送る。
『すっごくよかった。ほんとに感動したわ、レオード』
『ありがとう、チャロ、ミー。それからみんなも、拡散ありがとう。おかげでたくさんの人に集まってもらえたよ』
『あんたの思想ありきだ、レオード。ニウェ・ドリヒトはそこらの陰謀論者の集まりじゃない。思想あっての活動だからな』
ソルドもレオードに信頼を寄せていることがうかがえる。
『ありがとう、ソルド。でも、私一人では何もできない。本当にみんなのおかげだ。それに、私の思想ではなくて、オーベルの思想だよ』
『次は何をするの、レオード?』
ラブがピンク色の髪を揺らして首をかしげる。
『来月のオルセン市長選で何かできないか考えているよ。国政ではないけど、注目されている選挙だ。与党の擁立候補を負かすことができれば、離脱派にとっていいアピールになるはずだ』
『しかし今のところ、支持率で勝ち目はないな。どうする?』
ソルドが問いかける。
『現職の与党候補者、ロイド・キンドルは、秘書の若い女と不倫していると噂だ。市長にふさわしくない』
ニヒトだった。その黒い顔に、真っ赤な口が裂けるように開いてうごめく。
他のアバターたちが騒ぎ始めた。
『サイテー』
『スケベそうな顔してると思った』
『処刑しよ』
『ちょうどいいネタがあったな。これで形勢を逆転できるかもしれない』
ソルドが意気込んでそう言うと、レオードが思慮深げに頷いた。
『そうだね。それに、有権者には候補者の人間性を知る権利がある。正しい判断材料を広く知らせることは、私たちの義務かもしれない。みんな、拡散をよろしく』
『了解、レオード』
『がんばります!』
『期待しているよ、みんな』
レオードは青い目を細めて優雅に微笑んだ。
会議後、ぼくはロニーに尋ねた。
「さっきニヒトが言ってた不倫の噂は、本当だろうか?」
ロニーは眉を寄せて画面を見たまま答えた。
「調べてみないことにはわからないが、実はあのニヒトというアバターがスキャンダルを暴露するのは、これがはじめてじゃないらしいんだ」
「どうして知ってるんだ? 誰かに聞いた?」
「フロッキーがそう言っていた。やはりラブとフロッキーは同一人物で間違いなかったよ。この前、フロッキーとチャロと三人で会った時はっきりした」
「そうか。君が言ったとおりだったな」
「あいつはそうやって、色々なところに網を張ってるんだよ」
メールの通知音で会話が中断する。
「チャロからルームの招待が届いた」
招待に応じると、目の前に部屋が現れる。前にフロッキーやラブと会って話したときと同じ、小さな部屋だ。窓の外の夜空は晴れているけど、明るい街の光が邪魔をして、星は見えなかった。
向いの席にチャロが座って、片肘をついている。そのかわいい顔の上に、文字が並んだ。
『よお、探偵。ニウェ・ドリヒトの定例会議とやらは、なかなか楽しかったよ』
ぼくは何か違和感を覚えて尋ねた。
「なんかチャロ、さっきと雰囲気が違わないか?」
「だから中身はかわいくないって言ってるだろ。こっちが素なんだよ」
ロニーはぼくにそう答えてから、セリフを打ち込んだ。
『あの集団をどう思った?』
少し考えるような間があって、チャロが答える。
『ちょっと危ない感じだったな。自分たちが正しいと信じて、疑うところがない。みんなレオードというやつを崇拝しきってるし、ニヒトというやつの話も鵜呑みにして拡散しようとしている。この間のデモの規模からいってそれなりの影響力を持ってるんだろうから、市長選でも無視できない数の票を動かすだろうな。追う価値がありそうだ』
『記事にできそうか?』
『そうだな。実名は伏せることになるだろうが』
『かまわない。ニウェ・ドリヒトのやつらが見て自分たちのことだと分かれば、それでいいんだ』
『了解。記事を楽しみにしててくれ』
『よろしく頼む。それから、さっきニヒトが言ってた噂の真相について、お互いに調べて情報交換しないか?』
『いいぜ。来週の会議の後、またここで会って話そう』

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