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文字数 1,828文字

近くでガタンと物音がして、体がすくみあがる。
襲われたときのショックがよみがえる。まさかあいつが戻ってきた? 恐る恐る見回してみたが、人影らしきものはない。
きっと風の音だったのだと自分に言い聞かせる。
今は何時くらいなんだろう。そろそろ誰か気づいてくれただろうか。
段ボールの上に座り直してしばらくじっとしていると、耳にかすかな電子音が届いた。ぼくのスマホの着信音だ! 犯人はスマホを外に捨てていったのだ。
コールは十回ほど鳴って途切れ、また静寂が戻ってくる。
「ロニー……」
なんの根拠もなく、彼からの電話だと考えていた。ただの妄想だ。
本当のところ、誰が電話してくれたのだろう。またかかってくるだろうか。
音を聞きのがすまいと、しぜんと耳に意識が集中していた。しかし電話はなかなか鳴らない。
そのまま一時間くらいたっただろうか。もしかしたら数分間だったのかもしれないが、ぼくにはそのくらい長く感じられた。
ふたたび耳が着信音をとらえた。手が届かないことがもどかしくてたまらない。また十回コールが鳴ったのち、静かになった。
電話の主はつながらないことをおかしいと思っただろうか。探してくれることを強く祈った。
体力的にというよりは、精神的にかなり消耗している。あれこれ考えるのはやめて、気長にかまえていた方がいいと分かっているが、なかなかそうもできなかった。
そのうち倉庫の屋根に雨の当たる音が聞こえてきた。それほど強い雨ではないようだけど、スマホが雨に濡れて壊れてしまうことが心配だった。たとえ出られなくても、電話が鳴るだけで、誰かがぼくを探そうとしてくれているのだと、淡い期待を抱くことができた。スマホが壊れてしまったら、そのわずかな希望の糸までプツリと切られてしまうような気がする。
ぼくの願いもむなしく、雨は降りつづいた。
ずっと待っているのに、あれから着信音は鳴らないままだ。スマホが壊れてしまったのだろうか。それとも相手が連絡をとることをあきらめてしまったのか。どちらにせよ良いことではなかった。
もう今晩はここで明かすしかないのだろうとあきらめかけた時、車のエンジン音と、濡れた路面を走るタイヤの音が耳に届いた。
立ち上がり、ドアに耳を当てた。どうやら一台ではないようだ。音はだんだん近づいてきて、すぐそばまで来て止まり、車のドアを開け閉めする音が二、三回続いた。
複数の足音が近づき、誰かがドアをドンドンと叩いた。
「ノア! いるんだろ?」
ロニーの声だ。
「ロニー!」
「怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だ」
「待ってろ。今、鍵を壊すから」
固い物を叩きつけるような音が何度か鳴って、ドアが開いた。
倉庫の中の暗闇が薄くなる。戸口にロニーが立っていて、泣きそうな顔でぼくを見ている。
「ノア!」
彼の力強い腕が、ぼくの冷えた体を抱きしめた。
「ロニー」
「無事でよかった。遅くなってごめん」
「そんなことないよ。来てくれてありがとう」
「体が冷たい。大丈夫か?」
彼は腕をゆるめ、体を離してぼくの顔をのぞきこんだ。
ぼくは彼を安心させるよう、笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。今、何時くらい?」
「十一時過ぎだ。何時からここにいた?」
「二時からだ。買い取り依頼の電話があって、ここに呼び出されたんだけど、いきなり誰かにスタンガンを当てられて、置き去りにされたんだ」
「詳しいお話を伺ってよろしいですか?」
その声で、ロニーの後ろに立っていた人にようやく気付く。
制服を着た中年の女性警官で、右手に警察手帳をかかげ持って見せた。
その後ろから、二十代くらいの男性警官が、ライトを手に入ってきて、倉庫の中を調べはじめた。
ぼくは彼女の質問に答えながら、依頼の電話を受けてからこれまでのことを詳しく話して聞かせた。ロニーはぼくの隣に立って話を聞いていた。
「中は、特に変わったところはないようです」
男性警官が報告しに来て、続いて外を調べに出て行った。
「バンの下からスマホを発見しました」
間もなく彼が戻ってきてそう報告した。
「これはあなたの物ですか?」
女性警官は手袋をはめ、スマホを受け取ってぼくに見せた。
「そうです。ぼくのです」
「指紋を調べますので、こちらで一時お預かりします。ご不便でしょうが、明日にはお返ししますので」
「分かりました」
「ご協力感謝します。今日はもう帰っていただいて結構です。車の運転はできそうですか?」
「大丈夫だと思います」
「いや、おれが送っていく。車は明日取りにくればいい」
ロニーがぼくの腕をつかんで言った。

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