プロローグ
文字数 1,348文字
雨が降っている。体に強く打ちつけるくらい強く強く。降っている雨の音が大きく聞こ
える。もしかしたら少しの物音くらいなら掻き消してくれそうなそんな音。
そんな強い雨が降りしきる中、外套を被った一人の男が走っていた。規則正しいリズム
で水が弾けながら靴を濡らす。足元から迫る冷気に背筋をぶるりと震わせる。唇が小刻み
に震えているのは寒さからなのか或いはまた別の理由なのか……。
「はぁ……はぁ……ちっくしょう。なんでこんなことになっちまったんだ」
太く枯れた声が空気を震わせる。誰もいない道に発するも誰からも答えが返ってこない
ことはわかっていたが、発せずにはいられなかったのだろう。男は小さな店を見つけると、
そこの屋根で息を整えた。汗が冷え更に体の体温を奪っていき、唇からは血の気を感じさ
せない色をしていた。
「はぁ……はぁ……ここまでくれば大丈夫だろう」
やはり男は何者から逃げていたようだ。それも何か重大なミスをしてしまい、それがき
っかけで仲間を失い自分だけがこうして生きている。実に情けなかった。
「ちくしょう……アニーもトリエンツォも……カーバックも……俺が……俺が殺したのも
同然だ……」
男の名はフィリモス。とある組織に属していたのだが、そのやり方が気に入らなくなり、
逃げてきたのはいいのだが、その途中で仲間が何者かに殺されてしまった。その正体を知
らないのはフィリモスが仲間を見捨て全速力で逃げてきたからだ。誰もいないから誰から
も責められないと安堵していたのだが、雨音がそれさえも許さないとばかりに勢いを増し
た。
「あー……これはしばらく動けないな」
これ以上体を冷やすことは得策ではないと判断したフィリモスは、仕方なく店の中で雨
宿りをすることにした。
乾いた音をたてながらドアは開いた。しばらく使われていないのか店の中は埃っぽく、大きく吸い込むことはできない。鼻で小さく呼吸し、店の奥まで進むと埃まみれではある
が一人用のソファがあった。フィリモスは座面を軽く払いゆっくりと腰を下ろす。少し狭
く感じたがこの際仕方ない。懐からタバコを取り出し、火をつける。小さな揺らめきが心
なしかフィリモスの心を落ち着かせてくれた。
「……ふぅ。一服したら少し寝るか」
指で挟んでいるタバコがちろちろと燃えている時、その火が一瞬で消えた。どこからか
隙間風が入ったかと考えたが、それはない。店の扉は締めてきたし窓はそもそも最初から
締まっていた。緩めていた気持ちが一気に緊張へと変わる。
「まさか……もう……」
タバコの火で辺りを照らすが、そこには誰もいない。誰もいないはずなのになぜか気配
がする……。今にも泣き出しそうなフィリモスは何かを感じた。それは体が冷えた時に感
じる冷たさではなく、もっと無機質な何か。そして、それは日常的に使っていて自分でも
それの存在は良く知っている。いつもそれを身に着けていているからこそ感じにくい何か
がそこにあった。やがてその何かは徐々に距離を縮めフィリモスの首元にまでやってきた。
そしてフィリモスは耳元で囁く美しい声を聞いた。
「大丈夫。痛みは感じないから」
その言葉を最後にフィリモスは仲間たちの元へと旅立っていった。
える。もしかしたら少しの物音くらいなら掻き消してくれそうなそんな音。
そんな強い雨が降りしきる中、外套を被った一人の男が走っていた。規則正しいリズム
で水が弾けながら靴を濡らす。足元から迫る冷気に背筋をぶるりと震わせる。唇が小刻み
に震えているのは寒さからなのか或いはまた別の理由なのか……。
「はぁ……はぁ……ちっくしょう。なんでこんなことになっちまったんだ」
太く枯れた声が空気を震わせる。誰もいない道に発するも誰からも答えが返ってこない
ことはわかっていたが、発せずにはいられなかったのだろう。男は小さな店を見つけると、
そこの屋根で息を整えた。汗が冷え更に体の体温を奪っていき、唇からは血の気を感じさ
せない色をしていた。
「はぁ……はぁ……ここまでくれば大丈夫だろう」
やはり男は何者から逃げていたようだ。それも何か重大なミスをしてしまい、それがき
っかけで仲間を失い自分だけがこうして生きている。実に情けなかった。
「ちくしょう……アニーもトリエンツォも……カーバックも……俺が……俺が殺したのも
同然だ……」
男の名はフィリモス。とある組織に属していたのだが、そのやり方が気に入らなくなり、
逃げてきたのはいいのだが、その途中で仲間が何者かに殺されてしまった。その正体を知
らないのはフィリモスが仲間を見捨て全速力で逃げてきたからだ。誰もいないから誰から
も責められないと安堵していたのだが、雨音がそれさえも許さないとばかりに勢いを増し
た。
「あー……これはしばらく動けないな」
これ以上体を冷やすことは得策ではないと判断したフィリモスは、仕方なく店の中で雨
宿りをすることにした。
乾いた音をたてながらドアは開いた。しばらく使われていないのか店の中は埃っぽく、大きく吸い込むことはできない。鼻で小さく呼吸し、店の奥まで進むと埃まみれではある
が一人用のソファがあった。フィリモスは座面を軽く払いゆっくりと腰を下ろす。少し狭
く感じたがこの際仕方ない。懐からタバコを取り出し、火をつける。小さな揺らめきが心
なしかフィリモスの心を落ち着かせてくれた。
「……ふぅ。一服したら少し寝るか」
指で挟んでいるタバコがちろちろと燃えている時、その火が一瞬で消えた。どこからか
隙間風が入ったかと考えたが、それはない。店の扉は締めてきたし窓はそもそも最初から
締まっていた。緩めていた気持ちが一気に緊張へと変わる。
「まさか……もう……」
タバコの火で辺りを照らすが、そこには誰もいない。誰もいないはずなのになぜか気配
がする……。今にも泣き出しそうなフィリモスは何かを感じた。それは体が冷えた時に感
じる冷たさではなく、もっと無機質な何か。そして、それは日常的に使っていて自分でも
それの存在は良く知っている。いつもそれを身に着けていているからこそ感じにくい何か
がそこにあった。やがてその何かは徐々に距離を縮めフィリモスの首元にまでやってきた。
そしてフィリモスは耳元で囁く美しい声を聞いた。
「大丈夫。痛みは感じないから」
その言葉を最後にフィリモスは仲間たちの元へと旅立っていった。